からくりの竜
風雲
第1話 『竜と宝探し』
大空を翔ける銀翼の竜。四肢はなく、長く鋭い角と、翡翠のように煌めくたてがみをなびかせ、蛇のような胴体から生えた翼は空を支配するほど大きく威厳に満ち溢れている。
その胴体には不思議なからくりを装備しており、一見すると竜らしさを感じさせない。そして、その竜の頭の上には、ぼさぼさの白髪が目にかかる一人の青年が座っていた。
「なぁ、グウィバー。この地図、いつの時代のものだ?地形も風景も全く合わないんだが」
「サクソン、地図が逆さだ。北を上にしろ」
まるで見透かされたかのように、グウィバーに指摘され、たじろぐサクソン。竜の長い年月を生きた賢さなのか、それともサクソンの行動が単に分かりやすいのかは分からない。ただ、一人と一頭の間には、確かな信頼関係が築かれている。
「それで、『叫びの峡谷』に本当に宝はあるのか?」
数日前、サクソンはクレオールという村に立ち寄った。酒を買う金もないことに気づいた彼は、ふと耳にした酒場での酔っ払いの会話に耳を傾けていた。
「知ってるか?また商人の馬車が襲われたらしい。最近、叫びの峡谷の街道ではハーピーの群れが出るらしいから困ったもんだ」
「産卵期には、やたらと人間を襲うって話だ。先日も、ヴィンデール国に献上するための金銀を積んだ荷車が襲われたらしくて、国も大打撃だとか」
ハーピーとは人間の女性と鳥の体が融合した怪鳥で、叫びの峡谷には彼女たちの巣が無数に存在している。この会話は偶然耳にしたものだったが、金のないサクソンには有益な情報だった。
「まさか、酔っ払いの話を真に受けて、わざわざ叫びの峡谷まで来るとはな…」
「どうせ金もないんだ。宝探しなら得意だろ!」
サクソンは手先が器用で、幼い頃から物づくりが得意だった。遊び道具のほとんどを自作し、時には大人に混じってカタパルト(投石器)などの兵器作りにも関わっていた。
加えて、彼はどんな宝箱も開けられるピッキングの天才で、大人たちに連れられてダンジョン探索にもよく同行した。
やがて、とある事情で故国を出たサクソンは、宝を探して生き延びる日々を送るようになった。しかし、彼の怠惰な性格から、金銭の管理が苦手で、いつも気がつけば無一文。今もそんな状態に陥っている。
「知っていると思うが、ハーピーは仲間の死に敏感だ。見つかってもなるべく殺すな」
「あいつら鳥目だから、物陰に隠れればすぐ見失うさ。宝を見つけたら角笛で合図するから、できるだけ近くを飛んでいてくれ」
「俺の姿を見られると、警戒される。上空を旋回しておくから、頃合いを見て合図を送れ」
「ああ!分かった!」
そうしているうちに、叫びの峡谷が見えてきた。サクソンは角笛と宝を回収するための袋を準備し、自分に装備している道具を調整し始めた。準備を終え、首にかけていたゴーグルを装着すると、グウィバーの頭からためらいもなく飛び降りた。
上空から物凄い勢いで急降下し、峡谷の険しい崖に差し掛かった時、サクソンは大の字に身体を広げた。
腕から足首にかけて分厚い布が展開され、彼は空中でフワッと滞空し始めた。モモンガのように滑空し、足場の良さそうな崖に無事着地。
「次からはこれで登場するか!」
得意げに鼻息を荒くし、自作の装備を自画自賛しているサクソン。しかし、目の前を飛んでいた数匹のハーピーに気づいていなかった。
「キィィ!人間だ!なぜ生きた人間がこんな所に?」
着地直後の出来事に、サクソンもハーピーも一瞬、状況を理解できなかった。慌ててサクソンは腰に付けていた煙玉を掴んだが、腕から足首まで布で繋がっている状態では、ハーピー相手に上手く逃げられないとすぐに冷静になった。
「……グウィバーには忠告されたが、この状況じゃ仕方ないよな」
煙玉を握った手を離し、サクソンは腕の装備を何やら触り始めた。手首からは矢尻のようなものが出現し、彼はそれを軽く握りしめた。
「この人間まさか……『あの方』への捧げ物を奪いに来たに違いない!」
「『あの方』?何のことだ?」
「しらばっくれても無駄だ!お見通しだよ!」
「まぁ、訳は知らねぇが、とにかく大事な物があるってことだな!」
ハーピーたちは慌てて仲間に知らせようと、一斉に逃げ始めた。
「そのまま動くな」
「早く、仲間に知らせ…!!」
しかし、次の瞬間、逃げようとしたハーピーたちの身体は真っ二つに裂かれた。サクソンが放った矢尻には強靭なワイヤーが繋がっており、横一直線に伸びたワイヤーがハーピーたちを次々に切り裂いた。
次々と地面に落下するハーピーたち。辛うじて生き残った一羽が、最期の力を振り絞って峡谷中に響く叫び声を上げた。
「おいおい...!ちょっと待ってくれって!」
急いで腕と足首を繋いでいた布をナイフで切り離すと、サクソンは腕をブンと振った。瞬時にワイヤーは腕の中へと収納される。
仲間の叫び声を聞いたハーピーの群れが次々と集まってきた。サクソンは再び腕のワイヤーを駆使し、別の崖へ飛び移ってその場を離れる。
「下が騒がしいな。サクソンの奴、早々にやりやがったな。」
上空を旋回するグウィバーも、ハーピーたちの叫び声を耳にしていた。しかし、彼にはハーピーとは異なる、別の何かが叫びの峡谷に潜んでいる気配も感じていた。
サクソンはハーピーたちに見つからないよう慎重に移動していた。結果的にハーピーたちが仲間の死で巣から離れていたため、金品を十分に漁ることができた。
袋の中が重くなり始め、頃合いを見計らって角笛を吹こうと崖の側面に生えた太い枯れ木の上で一息ついていると、ふと反対側の崖に洞穴があるのを見つけた。
「あの方への捧げもの…。」
ハーピーが言っていた言葉を思い出し、サクソンは期待に胸を膨らませた。きっと大きな宝が眠っているに違いない。彼は迷うことなくワイヤーを飛ばし、洞穴へと渡った。
「真っ暗だな…。」
洞穴の入口に到着したサクソンだが、中は何も見えないほどの暗闇が広がっている。
風に乗って血の匂いが鼻を刺し、水が滴る音が奥から響いてきた。普通の人なら躊躇して引き返すような場所だが、サクソンは知っている。
誰も近づかない危険な場所の先には、取り返しのつかないものか、誰も見たことのない宝が待っている。サクソンの直感はこれまで外れたことがなかった。
彼は装備品から松明を取り出し、岩肌で火を灯す。左手に松明を、右手にはいつでも対応できるよう腰の短剣を握りしめた。
足元には動物か人間か分からない骨が散乱しており、サクソンは音を立てないように慎重に進んでいく。
やがて洞穴の奥でかすかに何かが動く音が聞こえた。松明を少し前に突き出し、サクソンはすり足で進んでいく。すると突然、足元が滑った。
慌てて松明で足元を照らすと、そこには背中から大量の血を流す、まだ年端もいかない少女がうつ伏せで倒れていた。よく見ると背中には翼があったような痕跡が残っており、そこから血が滴っている。
「仲間割れか…?」
一瞬、ハーピーかと思ったが、よく見ると全身は人間に近く、その細身で透き通った肌はハーピーとは異なった。
「んっ…誰…?」
「いや…誰でもいい…もう殺して…。」
朦朧とした意識の中、かすかに息があった少女は、サクソンの姿に気づき、弱々しく自分を殺すように懇願した。
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