あの日、星降る夜に君を見たんだ。
森零七
プロローグ 焦心のサンライズ
焦心のサンライズ〜前編〜
「お手軽に旅気分を味わうなら夜行列車なんかおすすめだよ。」
「夜行…?」
――
―
東京駅発21時50分。夜行列車の車内に僕はいる。
友人の『
通路の両脇に個室がびっしり並ぶ特異な風景は新鮮で、すごく面白いと思う。各部屋が秘密基地のようで、最低限の寝台設備が整う。
『ガタンゴトン』
気分が高まったのも束の間、次々と襲い掛かる音と振動で眠ることなんかできない。ずっとこんな感じなのか…?何が『お手軽』だ、多岐め。
喉も渇いたな…車内になんか売ってんのかな。散策でもしてみるか。
そういえば、『ミニラウンジ』もあるんだっけ。
「ウェーイ!」
ん…随分盛り上がってるな。もう一つの方行ってみるか。
―
――
あったあった。よかったこっちは静かだ。
『ミニラウンジ』といっても、椅子とカウンターがあるだけのフリースペースだった。
そのラウンジの脇に自販機はあった。
『ゴトンッ』
もう夜も更けているが…普段ならこんな時間に飲まないコーラを選ぶ。
ちょっと悪いことをしている気分、これも夜行列車の醍醐味だろうか。
さっきの『ウェーイ!』と違ってこうも静かだと、『僕しか乗ってない』みたいだ。こういうのも、悪く無い。むしろ、良い。
「ん?」
なんだ、お尻の下に、なんか柔らかいものが…。
「なんだこれ…?」
なんかのマスコット?かぬいぐるみだった。落とし物か?
それで…絶妙にかわいくない。もし可愛かったら、すでに誰かの元に渡っているかもしれないと思うと、喜ぶべきやら悲しむべきやら。
車窓に流れる景色は、様々な人生を展開する。犬の散歩をする人、部屋の窓を開けて机に向かう人、車を飛ばす人。通り過ぎる明かり一つ一つが人生だと思うと、この世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいだと感じる。多岐は、これを実感させたかったのだろうか。
「あ、あの!」
ぼーっと外の景色を眺めていると、急に声を掛けられた。恐る恐る、振り返ってみる。
「はい?」
「こ、この『ちぃきも』のマスコット、お兄さんのでしょうか!?」
急な持ち主の登場に動揺を隠せなかった。しかも、女の人だ。
「え、あ、や…違います!」
「わ、じゃあここに落ちてたりしましたか?」
急激に間合いを詰めてきた。
なっ、僕が何をしたって!?
「あ、そうそう!気づかなくて一瞬尻に敷いてしまいましたが、そうですよ。」
「わ…わ…。」
「あぁ、これお姉さんのですか!?」
「はい!!ありがっ…わぁ、ありがとう!!」
「あぁ、いえいえ。たまたま見つけただけですし。じゃ、どうぞ。」
「取り乱してしまいました…。あ、ありがとうございました!!」
「いえいえ。あってよかったですよ。大事になさってください。」
正直なんて受け答えしていいか分からなった。にわかに火照った頬を、気づかれないようにクールダウンする。
ぬいぐるみを手渡すと、お姉さんはぺこぺこと頭を下げて帰って行った。
そして、再びの静寂。
あれ、『ちぃきも』って言うシリーズなんだ…。ほんと絶妙にかわいくない。目が死んでいて四角い赤いやつ。どういう層に受けるキャラクターなんだ…?
もうかれこれ30分くらい経っただろうか。流石に眠気を帯びてきた。さっきから欠伸も止まらない。
「寝るかな…。」
そう呟いた刹那、
「あ、あの!」
「え、あぁ、さっきの。」
また『ちぃきも』お姉さんだった。手には袋を提げ、緊張した面持ちだ。
「先ほどはありがとうございました。お礼に、お酒でも一緒にどうですか!?」
「え!?お酒!?あぁ…僕…まだ未成年なんですよ。」
「えぇ!?あ、ご、ごめんなさい。」
「折角なのにすいません。」
「あぁいえ、お礼ができると思ったんだけど。…こっちこそ、すいません。」
「いや、ほんと偶然なんで、気にしないでください。」
律儀な人だと思った。あのぬいぐるみは多分、お姉さんにとってはとても大事なものなんだろう。
「じゃあ、私が飲むので、少しの間隣にいてもらってもいいですか…?」
妙な展開になった。隣で…?飲む??
断る理由もないし、まぁいっか。
「僕でよければ。いいですよ。」
「ありがとうございます!!」
「いえいえ。」
そう言ってお姉さんは僕の隣に座った。
『プシュ』
「ゴクゴク…プハッ」
嬉しそうに缶を煽る。お酒、好きなんだな。
この時はそんな風にしか見えなかった。
しかし5分、10分と会話らしい会話も無かった。いやぁ流石にきまずいぞ…。
「お兄さん、未成年なんだ?」
急に、会話が始まる。
「え、あぁ、はい。16です。」
「16!?ごめんなさい。ぜんぜん見えなかったです。」
「あ、ありがとう?ございます。はは。年齢間違われるのは初めてです。」
勢いで年齢を聞き返しそうになったが女性に聞くのは失礼だと思い飲み込む。本当に、僕からかける話題は無い。
なにせお酒を飲める女の人と2人きりなんて初めてだから…。
「そうなんですね…。」
「あぁだから、僕に対して別に敬語でなくていいですよ。」
その方が楽だ。気を遣われるのも嫌だし、少しでも話しやすい雰囲気を作りたい。
「あ、そ、そう…?そういうとこが、なんか大人っぽいのかな、君は。」
「あはは…。なんか…照れますね。…お姉さんは、なんでここに?」
「んー。」
あれ、なんかマズかったか?
「え、どうかしました...?」
「彼氏と別れたんだよね。だから、傷心旅行中!みたいな。」
「へぇ!?あ、なんか…すいません。」
まさか。まさかまさか。大丈夫だと思いながら歩いていた道に地雷が埋まっているとは!?
見ず知らずの人との会話は何が起こるか分からなくて苦手だ。細心の注意をしていたのに…。
「いや、そこ重要だからだいじょぶ。」
「あ、そ、そうですか…。」
重要?何が…?
まぁでも大丈夫そうで良かった。
「そっちこそ、敬語やめない?」
「いや、僕はこれの方が自然というか、気楽なので。」
「そっか。」
懐の広いお姉さんに助けられる。
僕よりも何倍も何倍も楽しいことや辛いことを経験して、多少のことじゃ動じないのだろう。その胆力は、素直に羨ましいと思った。
てか、こういう場合はなんてフォローすればいいんだ?てか、フォローしてもいいのか?どうなんだ!?
「7年付き合ったんだ。」
「へ?」
「別れた彼氏と。」
「はぁ…。」
「好きだったのになぁ。」
7年、か。僕の人生の半分くらいを、一緒に過ごした人。そんな人でも、別れが来るんだ。
「7年。長いっすね。」
「長いよね。キミがまだ9歳?の頃から付き合ってたんだ。」
「そう考えると、より長く感じますね…。」
「だよね。でも、私にとっては一瞬だった。楽しかったことも、喧嘩したことも、お別れの言葉も。全部が一瞬。」
『一瞬』か。
その言葉に、重みを感じた。
「私もね。今の君の年齢くらいで彼と知り合ったんだ。部活のエースで、すっごく人気者だったんだよ。」
「はは、僕とは真反対の人ですね。」
「そう?キミも彼女とかいないの?」
「いないです!いないいない!!」
「へぇ。もったいないなぁ。青春は待ってくれないぞ。」
スポーツができて、こんなに可愛い彼女がいて。学校生活を謳歌している。
本当に、僕とは真反対だと思った。
青春。青春か―。
青春ってなんなんだろうなぁ。彼女が出来ること?友人と遊ぶこと?勉強を頑張ること??
「青春って感覚、イマイチわからなくて…。」
「えぇ~?これが世代のギャップ!?」
「世代なんですかね…。クラスには彼女いたり部活を頑張ってる奴もいるので、それは羨ましいなーと思うことはあります…はい。」
自分は根暗ではないけど、そこまで明るい方でもない…と思う。でも別に、今すぐ彼女が欲しいとは思わない。部活に人生をかけて、汗を流したいとも思わない。それより、誰も悲しむことなく、日々が平穏に過ぎればそれで良い。
「そっかそっか。そしたら、君も青春を味わえばその気になるのかな?」
「えぇ、まぁそうかもですね。てか、なんで別れちゃったんですか?」
「ズバリだねぇ。」
「あ、すいません…。」
少し踏み込み過ぎたか?と思ったけど、この際だ。えぇい!聞いてしまえ!!
「よっし。特別に教えてあげよう!」
そう言って缶を煽り、飲み切った。
いつしか僕は、お姉さんの横顔に見惚れていた。見ず知らず、今会ったばかりだけど。底抜けに明るくて、でもどこか影のある姿に惹きつけられ、もっと話を聞きたいと思った。
『ガタンゴトン』
夜行列車は、真っ暗な世界を照らしながら走っていく。
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