第10話大晦日と現実

 雪化粧が屋根を白くする12月末、各々の家庭が大掃除に勤しむ。

 古賀峰家も恒例行事の如く、せっせと大掃除の真っ最中だ。

 のはずだが、奈南だけは違った。


「あー! また負けた! 怜強すぎるよ!」


 バトフレのフレンド対戦で全敗中の奈南、大掃除そっちのけで無我夢中で3時間以上も続けているのだ。


「姉さん……そろそろ掃除したいんだけど」

「ダメ。勝つまでつーくんは離さないもん」

「えぇ……」


 背後から抱き着き、肩越しにゲーム画面を見る斬新プレイ。

 月乃は逃げようにも逃げられないのだ。

 まさに囚われの姫状態。

 尿意の限界も間近、大掃除も早く済ませたいのだ。

 そんな窮地に救世主が現れるのを、ひたすらに願う月乃であった。


「どう月乃? 片付け終わ……」


 母親によって開かれた扉で、目が合った奈南は青ざめる。

 非常に最悪な場面に居合わせ、言い逃れ出来ない自業自得状態だ。


「奈南。月乃の部屋で何してるのかしら」

「か、買い出しじゃ?! ひぃ!?」


 母親の笑顔に涙目な奈南。

 ようやく月乃も解放された。

 無慈悲にスナッチを没収され、落胆のまま自室の大掃除を始めるのだった。


 口を尖らせ衣装棚を整理、デブ時代の名残が何着か残っていた。


「倍以上の体重だったもんね……もう着れないよね」


 体の上から仮着替えするが、胸元以外はダボダボな衣服。

 何となく試着するも、分かり切った結末になった。


「ん……デザインが好きだったけど、やっぱり無理あるな~でも胸キツイ……」 


 記念に一着だけ残し、衣服の大掃除と部屋掃除が完了する。

 母親の許しを貰い、スナッチが返却。

 再び月乃の部屋でプレイをするのだった。

 ただし今度は邪魔せず、ベッドで1人ゴロゴロ、チラチラと掃除の様子も窺っていた。


「……何で僕の部屋なの?」

「つーくんが好きだから~えへへ~」

「……」


 姉がブラコンであるのは昔から変わらない事。

 だがビフォーアフター後から更にスキンシップが増加してるのだ。

 居心地の良さはあるもプライベートの考慮がない。

 きっと今のままでは自分も姉も巣立ちできない、月乃は今まで言えなかったことを発言した。


「姉さん。そろそろ彼氏の1人でも作らないとダメだよ」

「むぅ……意地悪つーくんだって人の事言えないでしょ? んふふ~」

「……ま、まぁソウダネ」


 ぎこちないウソ下手な答えに、奈南はただならぬ危機感を覚える。

 愛しの弟に彼女の存在可能性大。

 ゲームを放棄する程に月乃に詰め寄る。


「え? ウソウソウソ?! 相手いるの?! 誰誰誰!?」

「ちょ、ちょっと詰め寄り過ぎ?! うげ?!」


 問答無用で押し倒され、胸板に潰される立派なメロン。

 加えて強烈な抱き締め、幸福と痛感のダブルインパクトが襲う。


「うえぇ……つーくんの浮気者……スン」

「ち、力強……ね、姉さんギブ……」 


 凶悪で凶暴な奈南のわがままボディーに、月乃は成すすべなく白旗。

 ベッド上で互いに向き合い正座。

 真剣な眼差しの奈南は思う。

 由々しき事態の解決先は、愛する弟から直接真実を語って貰う事であると。


「つーくん……何時からなの」

「も、もうすぐ2年……経つかなー……」

「に、2にぇん……しょんな前から……」


 胸の締め付けられる破壊力、今にも失神し掛けるも持ち直す。


「つ、つーくんが好きになったの?」

「りょ、両想い……恥ずかし……」

「はぐぅ……」


 間髪入れずに強攻撃、後ろへ倒れそうになるも鍛えた腹筋で復帰。

 このまま心的ダメージを負い続ければ、立ち直れなくなると確信する奈南。

 相手が両想いだろうと、自分が認めなければ認めないと、面倒臭い性格の姉が決断をする。


「お姉ちゃんジャッジが必要だよ……」

「え?」

「今度つーくんの彼女をジャッジします! 決定事項です! 逃げられません!」

「……」


 渋々スマホをいじり、画面を姉に見せる月乃。

 月乃と彼女の仲睦まじい姿のツーショットに、奈南はあっけにとられた。


「……璃子りこちゃん……だよね? よく遊びに来る……え」

「うん……璃子さんが彼女」

「な」


 絶句、ただひたすらに絶句をせざるを得ない。

 芭蕉雲ばしょううん璃子りこは両者ともに中学からの仲なのだ。

 奈南とも2人で遊びに行く大仲良し、妹も同然であった。

 萎んだ風船みたいに脱力し、ピクリとも動けなくなった奈南。


「だ、大丈夫姉さん?」

「ほぁ……」


 放心状態のまま自室へ向かう奈南、月乃の声も届かない程にショックであった。


♢♢♢♢


 大晦日になり、もぞもぞと布団に籠って過ごす奈南。

 怜からバトブラの誘いがあるも、手が付けられない状態だった。


「……つーくんと璃子ちゃんが……か……」


 思い返せば璃子が遊びに来た際、月乃についての相談を度々されていたのだ。

 好物や趣味、好みのタイプや髪型などなど至れり尽くせり。

 小柄で小動物みたいに可愛い璃子に、知らぬ内に数歩先を行かれていた現実。

 モテるとはいえ、交際経験皆無な奈南とは、もはや別次元の存在なのだ。

 それでも変わらないものが彼女の中にある。


「2人とも可愛いくていい子だもんね……お姉ちゃんが応援しないと!」


 2人に幸せになって貰う事が一番の幸せ。

 奈南は布団を飛び出し、月乃の部屋へ突入する。


「つーくん!」

「姉さん。もう大丈夫なの?」

「うん! つーくん! お姉ちゃん応援してるからね!」

「うん、ありがと」


 にこやかに空気のまま平和解決。

 月乃も奈南の笑顔に安堵を浮かべた。

 自室へ帰還した奈南は、速攻で布団を被り、大きく息を吸い言葉を放った。


「あぁああああ! つーくんが大人の階段上っちゃうぅううう! ほぁああああ!」


 絶叫、ひたすらに絶叫マシーンと化す奈南。

 2人のあれやこれやを勝手に妄想し悶絶、夕食前まで続いた。


「さぁ! 今日はお肉を奮発したすき焼きよ!」

「和牛だね。美味しそう」

「どうしたんだい奈南?」

「ピンク……肉……」

 

 現在奈南の頭の中はピンク一色。

 和牛の肉色でさえ妄想材料になる重症っぷりだった。

 すき焼きの身にもなって欲しい材料達であった。

 

 悶々と夕食を済ませ、ダラダラと年越しバラエティー番組と歌番組を切り替えて過ごす。


「蕎麦できたわよー!」

「あ、海老天付きだね」

「蕎麦美味し……ズズズ……」

「な、奈南? 上の空だけど大丈夫かい?」

「蕎麦……ズズズ……」


 すするマシンの如く、年越し蕎麦を平らげた直後、インターフォンが鳴る。

 父親藤四郎とうしろうが対応し、奈南を手招きする。


「奈南、お友達だよ」

「ふぇ?」


 足早に玄関外へ向かうと、もふもふに着込んだ小柄のクォーター美少女がいた。


「れ、怜!? ど、どうして家に!?」

「やっぱLINS見てなかったか。同好会で初詣行くぞ」

「え? あ、うん! すぐ着替えるから! あ、中入って!」

「ん」


 2階の自室へ招き入れ、テキパキと着替えを始める奈南。

 一方、部屋とエロい着替えを眺めつつ、ベッドで待ち惚けする怜。

 ふと手に触れた物を取り、まじまじと凝視。

 立派な黒のランジェリー、色香の漂うエロ品である。


「何この下着、エロ」

「お気に入りなの! あ、着けてみる?」

「支えるもんがねぇよ」

「あ、ごめんね……」


 圧倒的なカップの差、スカスカとバインバインは残酷であった。

 ランジェリーを頭や目元に被せ、暇潰しする怜は意外に楽しんでいた。


「着替え完了!」

「ん。じゃ行くか」


 家族に一言残し、怜も挨拶を済ませ家を後にする。

 チラホラと外を出歩く人達の、白い吐息が夜空に溶ける。


「寒……」

「だね……あ」


 ハンドバックをいそいそと漁り、怜に何かを差し出す。


「はい、カイロ袋!」

「いいのか?」

「うん! 体温高いから平気だよ!」


 先程まで手に息を当てていた奈南。

 見え透いた優しい嘘である。

 怜はカイロを揉み解し、そのままカイロごと奈南の手を握った。


「れ、怜?」

「こうすりゃお互い温かいだろ?」

「う、うん!」


 そっと握り返す手、少し熱いぐらいの心地良い温かさだ。

 仲睦まじく集合場所の神社へと向かう2人だった。

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