第27話 星空の女子会 - アオイとミサキ
「何日も、自転車ありがとうございました」
アオイは、バターとミルクをミサキに渡した。
「どういたしまして。こっちこそ牧場まで行ってもらってありがとう」
ミサキは、アオイからバターとミルクを受け取ると、怪訝そうな顔をした。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもない」
そう言って、ミサキはキッチンの方へ行ってしまった。
「あと、自家製のブルーチーズも分けてもらったんです。ミサキさん、ブルーチーズ食べられます?」
「やった!大好き。リョウコさんの作るチーズ、どれも美味しいんだよね」
ミサキは冷蔵庫から赤い液体が入った瓶を取り出し、振って見せた。
「これも自家製。今日は泊まってきなよ。女子会しよう」
「え、いいんですか。ってかそれって…」
アオイが指さすと、ミサキは口の前で人差し指を立ててウィンクした。
「そうと決まれば、アオイちゃん、先にシャワー浴びてきて。新品の下着とパジャマ出すから。その間に簡単なつまみを準備するわ」
ミサキは、「やー、女子会なんて何時ぶりかな」と嬉しそうに言いながら、クローゼットのある寝室に消えていった。
アオイに着替えとタオルを渡すと、ミサキはそのままシャワールームに案内した。
「やっぱり」
キッチンに戻り、キッチンスケールの数字を見ながらミサキはつぶやいた。先程感じた違和感に間違いはなかった。アオイからバターを受け取ったとき、わずかにいつもの量より多い気がしていた。いつもはピッタリ500グラムの分量でもらっていたため、少し気になっていた。ミサキは、自分の感覚に間違いがないことに満足すると、バターを冷蔵庫にしまった。
いくつかのおつまみが出来上がったところで、アオイが戻ってきた。キッチンにあるものを何でも使っていいからと言い残し、ミサキはシャワールームに向かった。
人の家のキッチンを勝手に使うことにはじめは躊躇ったが、ここがBIC特区であることを思い出し、保管している食材をひと通り見た後、料理を作り始めた。
テーブルには、二人の作った料理が所狭しと並べられていた。プラムと生ハムのカナッペ、青パパイヤのソムタム、サーモンのカルパッチョ、きのこのアヒージョ、料理は、どれも美味しかった。
アオイは、初めて食べるソムタムの不思議な味に驚いた。
「それね、ソムタムっていうの。甘くて、辛くて、しょっぱくて、酸っぱいでしょ」
「初めて食べました。美味しいです」
「アオイちゃんの作ってくれたサーモンのカルパッチョも美味しいわよ。ピンクペッパーを散らすあたりがアオイちゃんらしくてかわいい」
「ミサキさんのキッチンには、すごくたくさんの瓶詰めや香辛料があるんですね」
「うん、いろんな人からいろんなものを分けてもらうから。油断すると食糧庫がいっぱいになっちゃうんで、塩漬けやオイル漬けにして瓶詰めにしたりしてるの」
「ですよね、私もそう思ってルイのところで干し網をもらってきたんです」
「ルイ君?あの子も不思議な子だよね」
「そうなんです。気付いたら、タメ語でしゃべって、大笑いしてました」
「人の心に入り込むのが上手いというか。そういえばナオユキ君は、アオイちゃんには初対面なのに色々しゃべっちゃったって不思議がってたわよ」
なぜナオユキがいろんな話をしてくれたのかわからないが、ミサキのことを何でも話せる姉のような存在と感じていたように、もしかしたらナオユキもアオイのことを妹のように思ってくれたのかもしれない。
夕食が終わると外のポーチに移動して、チーズをつまみに二本目のワインを開けた。
「アオイちゃんって、お酒強いんだね。全然酔ってないでしょ?」
少し顔が赤くなってきたミサキが、グラスを手に取りながら言った。
「そんなことないですよ。でも、会社員時代、接待で鍛えられたので」
「そう、私も税理士時代はいろんなことがあったな」
ミサキは一口ワインを飲むと夜空を見上げた。アオイも、同じように星空を眺めた。
しばらく二人で黙って星を見ていると、ミサキが静かに語りだした。
「前にアオイちゃんに特区で暮らしていくと、いろんなものの価値観が変わるって言ったんだけど」
「はい」
「私、最近思うんだよね。私、何のために生まれてきたのかなって。税理士をやっていたときは、たくさんのクライアントに感謝されて、上司にも認められて、世の中の役に立ってるって思ってたんだけど、特区は、そうじゃないじゃない。確かにお菓子作って美味しいって言われると嬉しいし、やりがいも感じるんだけど、このままおばあちゃんになるまでお菓子を作り続けている自分の姿が想像できないの」
珍しく感傷的になっているミサキの姿を見つめ、次の言葉を待った。
「結婚して子供でも作れば、少子化対策に貢献できるんだろうけど」
「えー、ミサキさんならまだまだいけますよ。美人ですし」
「私、もう38歳だよ。アオイちゃんはまだ若いからいいかもしれないけど」
「私だって、もう28歳なんで結構なおばさんですよ」
「アオイちゃんが結構なおばさんなら、私は随分なおばさんってことか」
「いや、そ、そんな意味じゃないです」
慌てるアオイの姿が可笑しくて、ミサキは大笑いした。二人の笑い声は、夜の静寂の中に響き渡った。
「いやぁ、ちょっと酔っちゃったかな。もう、入ろっか」
立ち上がろうとしたミサキにアオイは話しかけた。
「ひとつだけ聞いていいですか?」
「うん、どした?」
ミサキはアオイの方に向き直って座った。
「ここ数日、いろんな人に会ってタダシさんの話を聞いてみたんですけど」
「うん、聞きに行くって言ってたね」
「で、思ったんですけど、タダシさんて実在します?」
ミサキは驚いた表情でアオイを見た。
「もしかして珍獣じゃなくて幻獣なんじゃないですか」
そこまで言うと、ミサキが勢いよく笑い出した。
「ぶっ、あははは、真剣な顔して話し出すから何を言うかと思ったら。あはは、アオイちゃん面白すぎっ」
「いや、みんなの話があまりにつかみどころがなくて、本当はいないんじゃないかなって」
「あはは、いるいる。そのうち現れるよ。あー、笑った。じゃ、入ろっか」
ミサキに続き、部屋に入った。夜風が静かに彼女たちの笑い声を運んでいった。
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