第13話 暖炎に心ほどけて ー アオイとナオユキ

 昼食を終えた後、ナオユキは手際よく後片付けを始めた。彼は自然環境に配慮しながら、流れるように片付けを進めていく。すべてが終わると、まるでここで食事をしていたことが嘘のように、元のきれいな状態に戻っていた。


「コーヒーを飲む前に少し歩きませんか?」とナオユキに誘われ、テッシュウと共に散歩に出かけた。


 ナオユキは、食べられる野草やキノコの見分け方、火の起こし方、野生動物と遭遇したときの対処法など、さまざまなサバイバル術を教えてくれた。


 テッシュウは、並んで歩いていたかと思うと、突然走り出したり、森に向かって吠えたりと、自由気ままに散歩を楽しんでいた。


 ナオユキの話に感心し、大自然の中で躍動するテッシュウの姿に感動した。


 テントに戻ると、1時間以上経っていたことに驚いた。


「こんなに歩いていたなんて信じられないくらいあっという間でした」


「疲れたでしょう。アオイさんはイスに座って、焚き火に薪を入れて、もう少し火を大きくしてください」


 そういうとナオユキは、コーヒーを淹れる準備を始めた。


 教わった通り、小さな枝から少しずつ入れ、炎が成長するのに応じて徐々に太い木を加えていった。途中、ナオユキに「上手ですね。初めてには見えません」と褒められ、少し恥ずかしかったが嬉しかった。


 ミサキからネクタリンのタルトをもらっていたのを思い出し、リュックから取り出して机に置いた。


「これ、来るときにミサキさんにもらったんです」


 それを聞いて、ナオユキは目を輝かせて喜んだ。山の中にいるので、甘いものに飢えているのかもしれない。


 大自然の中で焚き火を見ながら飲むコーヒーは絶品だった。ミサキの作ってくれたタルトも甘すぎず、コーヒーの苦みととてもよく合った。ナオユキも嬉しそうにタルトを口に運んでいる。


「山で暮らしていて怖いこととかないんですか?」


「訓練でよく山に入ってたんで慣れているというか、怖いと感じたことはないですね」


 ナオユキは焚き火の炎を見つめたまま答えた。


「そっか、自衛隊というと、災害のときに活躍しているのしか見たことがありません」


 ナオユキはコーヒーを一口飲むと、焚き火をじっと見つめながら静かに口を開いた。


「自衛隊にいた頃、色んな訓練をしてきました。射撃や格闘技、相手を倒すための訓練も含まれていました。でも、どれも現実感がなくて、ただこなしているだけという感じでした。多くの隊員も、同じように現実味を感じていなかったんじゃないかと思います。でも、災害派遣は違いました。目の前にいる人を助けるというリアルさがあって、その時初めて、自分が人の役に立っていると強く感じたんです。自衛官になって良かったとさえ思いました」


 ナオユキは少し間を置いてから、小さく息を吐いた。


「でも、ある日ふと考えてしまったんです。本当に現実的に、自分は人を殺せるのか、と。考えれば考えるほど怖くなって、それが理由で自衛隊を辞めました。結局、僕はただの臆病者なんです」


 ナオユキの言葉にどう返せばいいのかわからず、ただ黙っていた。


「アオイさんは不思議な人ですね。僕はどちらかというと人見知りで、初対面の人にこんなに自分のことを話したのは初めてです」


「そうですよね、ミサキさんからナオユキさんは人見知りだって聞いていたのに、全然そんなことないなって思ってました」


「ほんとに不思議です」と言いながら、ナオユキはアオイのカップにコーヒーのお代わりを注いでくれた。


「もしかして、私のこと人だと思ってないんじゃないですか?」


 ナオユキを軽く睨んだ。


「そ、そんなことないです!」


 ナオユキが慌てて両手をバタバタさせる。その様子が可笑しくて、思わず笑い出し、ナオユキもつられて笑った。二人の間に柔らかな空気が広がった。


 その時、寝ていたテッシュウが急に頭を上げ、森の方を見て「ヴゥゥ」と唸った。その瞬間、ナオユキの顔が険しくなる。


「ヘンリー、アラートチェック」とナオユキが言うと、机の上に地図が現れた。


 地図の中心がテントの位置になっており、番号の書かれた記号がテントを囲むように10個ほど配置されている。よく見ると、3番の記号が赤く点滅している。


「ナンバースリー、センサーステータス」


 ナオユキは表示された画面を見つめている。


 いつの間にか、すぐそばにテッシュウがピッタリとくっついていた。


「大丈夫ですか?」


「おかしいんです。この時間帯は、野生動物が近づいてくることは滅多にないし、近づいてきたとしても周辺に設置したセンサーが判別して記録するはずなんです。人であればN3の信号で人であることはわかるはずですし」


「でも、そのどっちでもなかった」


 ナオユキはうなずいた。


「このエリアからは離脱したようなので大丈夫とは思いますが、一応管理事務所に報告しておきます」


 ナオユキは、管理事務所に状況報告をした後、ぶつぶつと独り言を言いながら、ホログラムディスプレイを操作している。


「そろそろ帰ります。とても楽しかったです」


 立ち上がると、ナオユキはディスプレイから顔を上げた。


「こちらこそ、とても楽しい時間でした。予備のテントがあるので、今度は泊まりで遊びに来てください」


「できれば、ミサキさんも一緒に」と、小さく付け加えた。


 私がひとりだと不安に思うだろうから、ミサキも一緒にと言ってくれたのだろう。なんと気遣いのできる人なんだと感心した。


 森を抜けた先の道路まで送ってもらい、家に着くまで管理局事務所にモニタリングをしてもらうことで、家まで送ると言い張るナオユキを納得させた。


 ミサキの家に着くと不在だったので、メッセージを残して自転車を元の場所に返した。


 家に帰ると、さすがに少し疲れを感じたが、服や髪の毛に焚き火の煙の匂いがついていたので、脱いだ服をすべて洗濯機に放り込み、シャワーを浴びた。


 リビングに戻ると、テーブルに新着メッセージのアイコンが表示されていた。アイコンをタップするとメッセージはミサキからで、もう一度タップしてメッセージを開いた。


『明日の朝一番で私の家に来て。話しておきたいことがあるの』


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る