義妹の応援が僕を救う 〜覚醒したお兄ちゃんはダンジョン配信で人気者へ〜

イコ

第1話

「やっと……倒せた」


 僕は深く息をついて、ゴブリンが動かなくなったのを確認して、ヒノキ棒を杖代わりに一息ついた。


 Eランクダンジョンのゴブリン一匹に、ここまで苦戦するとは思っていなかった。


 テレビやネットで見ていた頃は、バッサバッサと冒険者が倒している光景を見たんだけどな。


 視界の隅に表示された視聴者のコメントが、ぽつぽつと流れていく。


『やっとかよwww』

『こんなに時間かかるとかw』

『まぁ、初戦だしな。てか、武器がヒノキ棒ってwww』

『お疲れさまです、初心者だし、よく頑張ったね!』


 冷やかしが3人、応援してくれる1人。正直、こうやって見てくれる人がいるだけでも嬉しい。


 初日ということもあるので、ライブ配信をしても0人というのも覚悟していたけど、やっぱり流行りのダンジョン配信に興味を持っている人がいるんだな。


 新人を確認しようとしてくれる。一人でダンジョンに挑むのは怖かったけど、こうやって誰かに見守ってもらえるならやる気も少しは湧いてくる。


 どれだけ少人数でも、僕の頑張りを見てくれる人がいるってありがたい。


 なんとか前に進める気がする。


「見ていただいて、ありがとうございます。なんとか初めての戦闘に勝てました」


 僕はカメラに向かって軽くお礼を言った。少しでも応援してくれる人にはちゃんと返事をしたい。


 まだ視聴者は4人しかいないけど、それでも見てくれている人がいるって、やっぱり励みになる。


「えっと、自己紹介がまだでしたね。僕の名前はユウタです。高校を卒業したで、18歳の駆け出し冒険者です。新人講習を受けて、ウォーリアのジョブを得ました。まだEランクのダンジョンしか挑戦できませんが、こうしてダンジョン配信を始めましたので、どうぞ今後ともよろしくお願いします」


 僕は、今の自分の状況を簡単に説明する。御手洗優太ミタライユウタという本名から名前をカタカナにしただけの名前にしたのは、考えるのが他に思いつかなかったからだ。


 冒険者としてのキャリアは本当に始まったばかりだ。


 普段はアルバイトをしながら、冒険者としての活動を少しずつ広げようとしている。


 初日なので、武器も一番安いヒノキ棒しか買えなかった。これでも魔力が帯びていて、モンスターを倒すことができる。何よりも壊れない武器なのがありがたい。


 僕にはどうしても成功しなければならない理由がある。


「えっと、何を話せばいいかわからないのですが、初日なので、僕について話ますね。実は、僕には妹がいるんです。名前はサクラ、まだ5歳ですけど、すごく可愛くて……。彼女のために、僕はこのダンジョンでの活動を頑張っているんです。妹には、できるだけいい暮らしをさせてあげたいんですよね」


 妹のことを話すと、自然と顔がほころぶ。


 サクラの笑顔を見るたびに、この世界で何としてでも生き延びて、彼女を幸せにしてあげたいと思うようになった。


『おっ! いい話じゃん。だけど、両親はどうした?』

『そうだそうだ。両親は毒親か?』

『それとも両親に追い出されたか?』


 冷やかしの三人が両親のことを聞いてきた。


「えっと、両親は二週間前に交通事故に遭って……。はは、俺の親父と、新しく義理の母になる人だったんですが、顔合わせをして、2人が一泊二日のささやかな新婚旅行に出かけた際に、僕らは義理の祖母の家に預けられて、両親は事故に遭って……残酷ですよね」


 僕はできるだけ明るく話したつもりだったけど、コメントが止まってしまう。


『頑張って! 応援してるから!』


 唯一心配してくれたコメントをくれた人が、応援してくれた。


 そう、僕は両親を失って、義理の妹と、義理の祖母と共に暮らすことになった。

 どうして僕がって思う人もいるかもしれないが、戸籍上でも、今の僕にとって家族は妹のサクラだけだ。


 だから、彼女のために危険でも、僕はダンジョンに入る決心をした。


 この世界は数年前にダンジョンが現れた。


 それは政府や軍でも対応しきれない未知の存在だった。いつの間にか世界中にダンジョンが出現し、次々とモンスターが湧き出てくるようになったんだ。


 最初は混乱が広がったけど、人々は次第にそれを新しい仕事の機会だと捉えるようになり、冒険者という職業が生まれた。


 ただ、ダンジョンは「汚くて」、「危険で」、「気持ち悪い」三Kと呼ばれる職業で、物語で語られるほど人気があるわけじゃない。


 最近は、政府やダンジョン配信を行う配信者の影響で、冒険者を目指す人もいるけど、正直儲かっているのは一部の上位層だけで、新人冒険者の稼ぎなんて、普通にバイトをするよりも安い。


 今倒したゴブリンなんて、一匹倒して数百円。進化したホブゴブリンを倒せれば数万にはなるけど、そんなのは一年ぐらい活動して始めて倒せるようになる。


「僕も配信を通して、少しでも視聴者さんに見てもらえるように、人気が出ればそれで収入も増えます! サクラにもっといい暮らしをさせてあげるためにも、ここで諦めていられません。どうぞフォローと高評価をお願いします!」


 視聴者たちの反応は様々だ。冷やかす人もいれば、少しでも応援してくれる人もいる。どんな言葉も、今の僕には何よりも大きな励みになる。


『妹のために頑張ってるんだ、仕方ねぇな。応援するわ!』

『お兄ちゃん、偉いなぁ。頑張れ!』

『これからも続けてくれよな』


 今日見てくれた4人がフォローしてくれて、視聴者を増やすことができた。


「ありがとうございます、これからも頑張ります」


 僕はそう言って、次の部屋に足を踏み入れた。


 ダンジョンの中は暗く、湿っぽい空気が漂っている。ヒノキ棒を持つ手が汗で滑りそうになるが、何とか気を引き締めて進んでいく。


 部屋の奥に目をやると、またしてもゴブリンが2匹現れた。


 しかも、さっきよりもさらに手ごわそうだ。今の僕にこの2匹を倒せるだろうか?少し不安が胸をよぎるが、ここで立ち止まるわけにはいかない。


「次も……やるしかないな」


 僕はヒノキ棒をしっかりと握り直して突撃する。


 ゴブリンを倒して一息ついた。


 薄暗いダンジョンの中で、ようやく少しだけ余裕ができたが、体力も消耗していた。この調子で次の部屋に進んでいくには、少し休む必要がある。壁にもたれかかって、呼吸を整える。


「……やっぱり、厳しいな」


 戦いの中でふと思い出したのは、サクラのことだった。


 今頃、家で僕の帰りを待っているだろう。


 5歳の義理の妹、彼女のために僕はここにいる。ダンジョンでの成功を収めて、稼いで、彼女を守りたい。その思うだけで、こうして危険なダンジョンに挑める。


 あの日、僕たちの生活は一変した。


 二週間前、両親が事故で突然亡くなった。


 その日、僕とサクラにとってはあまりにも重く、そして衝撃的な出来事だった。


 新しく家族になって、幸せになるはずだった。両親は心から僕たちのことを大切に育ててくれた。


 サクラは突然、お母さんを失って、僕という他人を受け入れるしかなかった。


 戸籍だけの兄妹。


 義理の妹、家族としてのつながりなど何もない。


 僕にとって、サクラは他人の子で、特別な存在じゃなかった。


 だけど、あの日、両親の葬儀の日。


 ただ、呆然として僕にサクラは聞いた。


「お兄ちゃん。どうして、お母さんは起きないの?」


 幸い、義理の母は遺体が帰ってきた。父さんは事故の影響で遺体もなかった。


「……うるさい」


 僕はまだ5歳のサクラに強く当たってしまった。

 だけど、そんな僕をサクラは――。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 心配して、ギュッと抱きしめてくれた。


「えっ?」

「大丈夫だよ。お兄ちゃん頑張って、お兄ちゃんにはサクラがいるよ!」


 彼女は自分の母親が死んだことがわかっていないのかもしれない。

 だけど、起きないお母さんを見ても、僕を励ましてくれた。


 僕は5歳のサクラにしがみつくように泣いてしまった。


 僕には祖父母はいない。サクラにも祖父や父親がいなかった。


 ただ一人、70歳になるサクラの祖母だけが、大人で、僕らは身を寄せ合うように三人で家族になった。

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