第11話 陰謀の証拠

 第三の策とは、山門やまと國と二人の社主やしろぬしの陰謀を暴くことである。


 つまりは、証拠を手にすることである。

 実際に国家の利権を恐喝して奪おうとしたという、動かぬ証拠さえ手に入れてしまえば、他の策はあまり重要ではない。

 何しろ、侍従長が手に入れた山依やまゐ國との念書があるのだ、大抵は宗主国からの処分または圧力で封じ込むことが出来る。


 恐らくは、山門やまと國の巫女が潜伏していた以上、このやしろに相応の証拠が残っていると踏んでいた。

 しかし、集めた証拠が穴だらけで不十分だった場合には、念書の効力も薄くなってしまう。

 その場合は正攻法で、身の潔白から敵の悪事までを立証する必要があるのだ。


 こうした状況下で、これから目的のやしろに向かっているのである。


(まるでRPGのダンジョン攻略みたいではないか。目的の宝箱を探しにメンバーは三名、転生者のヲシリ、神官のウズメ、忍者のカラス…)


 本心ではそうしたかったのだが、未だに俺の足での歩行はムリ中の無理な訳で、俺は護衛の衛士えじ五人に囲まれて、輿に乗せられての移動になった。

 総勢八人で輿に担がれていてはRPG感が台無しではあるが、深い森を抜け参道を登りやしろが見えてくると、結構感慨深いものがあった。


(ずっと部屋で、引き籠もり生活だったもんなぁ…)


 やしろの中に入ると輿から降ろされ、中でも屈強な衛士えじ二人に支えられて…っというかなかば担ぎ上げられて屋内に入った。

 さすがに今回の作戦が出来レースだっただけはあり、攻略とは名ばかりで流血の痕どころか、屋内の備品類も掃除したてのように整然としていた。


 屋内に入ると“日の神”を祀る広間に入った。

 正面中央には御神体を祀る祭壇が設けられていて、その手前には御簾が掛けられていた。


(まぁ、普通に日本の神社を思いだすよなぁ)


 そんな風に思いつつも若干の違和感に気が付いた。


(これって、もしかして…)


 俺は宗守そうもりのウズメに直接聞いてみた。

「ここのやしろでは、春と秋に御神体を公開する儀式などはおこなってませんか?」


「はい。若王わかぎみヲシリ様は、色々と良くご存じでいらっしゃいますね。春の種蒔の祭事と秋の収穫の祭事の折には、あの御簾を上げて御神体を直接お祀りたてまつりますわ」

 ウズメは、ニッコリと微笑みながら説明しながら続けて言った。


「これから神殿の奥に入る前に“日の神”様に対して、祝詞を捧げたてまつります。神殿の最奥には最小人数でご同行頂きたいので、決めておいて下さいましね」

 そう言うと神殿前の茣蓙に座りながら、いつの間にか手にした祭事道具を振り翳し儀式の準備を始めていた。


「それにしても、宗守そうもりのウズメ殿の巫女装束からは、何でも出てきますね」

 俺が呆れながら呟いていると、ウズメは茶目っ気タップリに、コッソリ教えてくれた。


「この装束は、『神御衣かむみそ』と申しますのよ。神事に臨む巫女は、こうした神具しんぐを常に身に着けておりますわ」


(絶対に嘘だ!)


 周囲では見た目と異なり、衛士えじ達も意外に信心深い様子で、ウズメの後ろに整然と並んで手を合わせていた。

 俺も皆に倣いカラスの肩を借りながら傍らに座り、同じように合掌して儀式の終わるのを待った。


 やがて祝詞を謡い終わると、手にした神楽鈴かぐらすずのような神具をシャンシャンシャン…と鳴らすと儀式は終了した。


 ウズメは俺とカラスに向かって、厳かに言った。

「“日の神”様が両名を奥へと通す旨をお許しになられました。それではわたしの後に続いて、奥の間を拝殿下さい」


 そしてその場でスッと立ち上がると、俺達に附いてくるように促した。

 俺はカラスに抱えられるように立ち上がると松葉杖を突きながら、先導するウズメの後にゆっくりと続いた。


 御簾を揚げて奥に進む際に、俺は御神体が手のひらサイズの銅鏡であるのを確認していた。

 俺の違和感の正体は、現代の神社が概ね南向きに本殿を構えているのに対して、ここは東を正面に向いていることに気が付いたからだった。


(成程、信仰を集めるには神秘的な現象っていう、神の奇跡が必要な訳ね。“日の神”ならご降臨っていったところかな)


 俺達三人は御神体の脇を進み、奥の壁の前まで進んだ。


(あれ?いきなり行き止まりじゃん)


 そんな風に思ってウズメのほうを見ると、丁度振り返って厳かに声を掛けた。


「此処から先のことは、一般の方には他言無用に願います」

 ウズメはそう言うと、深々と頭を下げていた。


 俺は侍従長を見遣ると、目で了承の意を伝えていたので、俺も了承する旨を口頭で伝えた。


 するとウズメは、壁の模様に巧妙に隠されていた、小さな鍵穴三か所それぞれに、お揃いの鍵のような物を差し込んだ。

 カチャッと仕掛けの動く音がしたかと思うと、取っ手のような窪みが現れた。

 ウズメは取っ手に両手を添えて、力一杯引くと奥には隠し部屋が広がっていた。


 三人は社主やしろぬし代行が言い残していた文机ふづくえの前まで進むと、机の上には紙に包まれた木簡が並んでいた。


(なんか一枚一枚が、御神札おふだみたいだな…)


 そんな感想を抱いていると、ウズメとカラスは競うように木簡を読み込むと、二つに拠り分けていた。

 一通り作業を済ませると、二人はニタリと笑みを浮かべていた。

 俺も木簡の一枚を取り上げて見ると、中々に難解な文字が並んでいた。


(うーん、篆書体に旧字体かぁ。しかも表韻文字の羅列が延々と連なっていて、一種の暗号のようにも見えるなぁ…)


 そんな風に眺めていると、脇を支えながら同じように木簡を読み込んでいた侍従長が、俺に報告してくれた。

「片方の山にある木簡は通字つうじで書かれておりますが、もう一方の山の木簡は符牒ふちょうで書かれておりますな」


 本当に暗号だった。


 俺はウズメにも訊いてみたが、静かに首を振って言った。

通字つうじで書かれている木簡だけでは、単にやり取りが有ったことの裏付けにしかならないわね。符牒の木簡にこそ、陰謀の詳細が書かれているようだわ」


 俺の手元にある木簡も符牒の木簡だ。

 俺は改めて、手元にある木簡を調べてみた。

 真っ先に怪しいのは、貴重なはずの紙で包まれていたことだろう。


 丹念に調べてみても、厚手の和紙っぽいってことで、何かしるしが書かれていたり、色が異なってたりはしないようだ。

 もちろん、炙り出しのようなものではない。

 炙り出しなら、読むために既に文字が炙り出されていなければならない。

 紙を光にかざしてみたが、特に透かしが入っている訳ではないようだ。


 文字を追っていきながら、ふっとあるヒントに気が付いた。


 俺はカラスと宗守そうもりのウズメに向かって訊いてみた。

「ところで牛って、表韻文字で表すとどう書くか知ってますか?」


 ウズメは神御衣かむみそから、木簡と竹で作った筆記具でさらさらと何かを書いたかと思うと、俺に木簡を手渡してくれた。


(それにしても、ウズメさんの神御衣かむみそからは何でも出てくるなぁ…)


「そこに書いた上の『宇斯うし』が一般的な牛のことですわ。ちなみにウシ國は大陸の使節は下に書いた『宇志うし國』とか、略して『宇士うし國』って表記する文書を目にしたことが有りますわ」

 俺は予想通りだったので、読み取る法則を探し出した。


(道理で『宇』とか『之』が多く、使われていると思った…)


 俺は先に暗号を読み解いてしまうと、その符牒がどこに隠されているか考えてみた。

 そこで木簡を包む紙の巻き方が、何パターンか有ることに気が付いた。


(ここでシャーロック・ホームズなら、先に暗号を読んで見せて、最後に種明かしをするんだろうな)


 そんな誘惑にも駆られたが、木簡の山を見て諦めた。


(俺は名探偵にはなれないな…)


 そこで二人に向かって、木簡と包まれた紙を並べて説明した。

「ここにある符牒の書かれた木簡には、この様に紙で包まれています。しかし包み方には、三様(3パターン)の折り方が有ることが分かります。三つ折りと四つ折りと六つ折りですね。そこで、手元にある木簡には三つ折りに、紙に包まれていました。そこで木簡に書かれた文字を三つ毎に拾って読むとこうなります」


 俺はそう言いながら、木簡を手に取り読み上げた。

宇士之彌呼柄邑うしのみこへいゆ(うしのみこへいゆ) 耶馬奴之對佳伊二やまとのつかいに(やまとのつかいに) 宇斯之利鬼拘うしのりきく(うしのりきく)」


 それを聞くと二人は、競う様に木簡に手を伸ばした。


(それにしても、まだ正式に漢字が輸入される前だと言うのに、既にアナグラムを使った符牒を使ってるなんて、歴史の考古学的情報と本来の実態では想像以上の開きが有りそうだな…)


 俺がそんなことに感心しているうちに、目の前の二人は黙々と作業を進めていく。

 そして事前の取り決め通り、山門やまと國の陰謀が分かる内容の木簡を二組取り出して、二人で等分になるように選り分けていた。


 俺はその間に周囲を見渡してみると、祭事用の青銅器を見つけた。

 興味本位で、手に取るとすごい仕掛けが有ることに気が付いた。


(こんな時代に、ここまでのトリックが存在するなんて、驚いたなぁ!)


 俺は仕分けが済んだところを見計らって、宗守そうもりのウズメに訊いてみた。

「この青銅器、今日持ち帰ってもいいですか?」


 ウズメはビックリした様子で、口元に手を遣り小声で呟いていた。

「まさかこの仕掛けを見ただけで理解しちゃったのかしら…」


 結局、仕掛けを無闇に口外しないことを条件に貰い受けることとなった。



(まぁ、この手の物を一から作るのは、大変だからね)

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