第6話 あの日の出来事
今日も、食後はマリアとのお喋りタイムだ。
これはリハビリの一環でもあるが、やっぱりどちらかと言えばご褒美だからね。
マリアは毎食後、決まって楽しい話題を持ってきてくれる。
大抵は他愛のない出来事が多いのだが、こういうさり気ない気遣いがとても嬉しいのだ。
しかし、そろそろこの癒しタイムを遮っても、あの日の出来事について詳しい話を訊きたい頃合だ。
当初はマリアがあまり触れたがらない話題だったから、無理にも聞かなかったのだが、今ではお互いに大分打ち解けてると思っている。
そこで、こう切り出してみた。
「なぁマリア、以前に落雷の時に、一緒に居たって話しをしてくれただろう?」
マリアはハッ!と一瞬体が硬直したように見えたが、直ぐにいつものように微笑みつつある種の諦念のような表情を浮かべながら、こちらに向き直った。
「何からお話ししましょうか?」
「俺は何を聞かされても、一切動揺などしないよ。ただあの日の一部始終を正確に知りたいんだ…いや、知らなければならないと思っている」
俺も自由に動かせない足は投げ出したまま、居住まいを正した。
「以前、お兄様の胸の
マリアは静かに語り出してくれた、あの日の出来事の一部始終を。
「あの日は、朝から日差しが刺さるほどに厳しい暑さでしたわ。お兄様とわたしは避暑を兼ねて、この地の
俺はとあるワードが気になったが、話の腰を折らないように先を促した。
「子供とはいえ王家の
そこで一呼吸をおいて、話を続けた。
「わたしはあまりの恐ろしさにしゃがみ込んでしまいました。何かが強い力でわたしを突き飛ばすと、同時に辺り一面が強い光に包まれました。その時になってお兄様が、わたしを突き飛ばしてくださったんだと気が付きました。そしてわたしがお兄様のほうを振り返ると、
改めて当時の光景を思い出そうとしているのか、視線を天井に逸らすと目を閉じてその先を続けた。
「その胸からは炎が立ち昇って、その時わたしには
マリアの閉じられた目蓋から、涙が一筋零れ落ちた。
「あの時、お兄様は
ここまで気丈に話してくれていたマリアだったが、遂に泣き崩れてしまった。
「つらい思いをさせたな、もう大丈夫だから、大丈夫だから……」
俺はマリアに何度も何度も言い聞かせながら、今聞いた状況をじっくり反芻していた。
(たぶん突き飛ばされたのは、落雷の衝撃の反作用だろう……ただ重要なのはマリアも炎の中に雷神を見たと言っていることだな)
俺はマリアの頭をゆっくりと撫でながら、今聞いた出来事を深く考察していた。
「もう大丈夫だね」
やがて泣き止んだマリアは、静かに
俺は最近ずっと悩んでいた。
いくら鈍いって言っても、ここまで色々聞かされては疑うほうが難しいだろう。
この時に、俺が異世界転生したのは間違いないだろう。
赤ちゃんからの転生でなかったのは、奇しくも俺の事故と同じ状況でこの時代のヲシリが命を落としたからかも知れない。
この国の成り立ちを聞いて、異世界だと思っていたこの世界が、過去……いや古代の日本ではないかと思わざるを得なくなっていた。
しかも恐らくは、邪馬台国があった時代だ。
俺はこの世界に転生してしまった影響が、未来に及ぼす影響を考えると、芯から恐ろしくなった。
因果律の分岐は過去に遡れば遡るほど、より些細な出来事が未来の分岐に大きく関わってしまう。
“ウシノヲシリ”という人物がいま生きていること自体が、既に大きく未来を改変してしまっているのかも知れない。
そして困ったことに過去へのタイムスリップものの小説なら、大抵の場合が当時の歴史的事実というものが分かっている。
“歴史知識チート”を使うも使わないも、本人に自由意志や選択権がある訳だが、邪馬台国があった時代の情報なんて一体どれだけあるっていうのか?
そもそも邪馬台国の記述がある『魏志倭人伝』なんて、確か『魏書』のなかの『東夷伝』という蛮族に関する注釈に記載された中に書かれている、『倭人条』という虚実入り混じった伝聞でしかない。
歴史的事実などは恐らく、魏国に対して朝貢するくだり位しかないに違いない。
つまりは歴史的因果律を変えた自覚がないままに、歴史に介入している可能性が十分にあり得るということだ。
俺のやらかした結果が、
日本の歴史は思い返せば思い返すほどに、時代が生み出した英雄がいなかったら?と考えずにはいられない。
いつの時代にも外国列強の脅威に晒されていて、どの段階で侵略されてもおかしくないほどに、危うい歴史を辿って来ているのだ。
俺は自分のエゴだけのために、大事な祖国を失いたくない。
遠く未来の身近な人々、両親や家族を失うなんて想像すらしたくない。
もちろん現代知識をフルに使えば、日本だけ技術革新を数世紀、いや千年以上進ませることだって可能かも知れない。
しかしその場限りの優位性が、後の時代になって更に大きな代償を支払うことになるのは、過去の歴史を見ても明らかじゃないか。
だからこそ深く深く、慎重に悩み判断すべきなのだ。
俺が自らの命を絶ったとしても、もしも俺がこの時代に転生してきたこと自体に、なんらかの因果律が存在していたとしたらどうだろうか。
歴史的事実に組み込まれた必然な出来事が、俺が居なくなったことで果たせなくなってしまっては、それこそ本末転倒になってしまう。
そうさ。
転生してきてからずっと、この世界のことを考え続けていたんだ。
特にヤマト國の宗女サグメ、あの
『
少なくとも俺が転生してしまったツケは、自らの手で片付けるより他にない。
ちっともマトモに動かせない身体だけど、敵の策謀だけは必ず阻止しなければならない。
「俺はこの時代の世界も、或るべき未来の世界だって、何も変えたくなんて無いんだ!心からこの時代の世界を大切にしたいんだ!!」
バンッ!
俺は気が付かずに、自らの動かない足を打ち据えていた。
「お兄様、どうなさったのですか!」
マリアの慌てた声が、深い思考の闇に沈み込んでいた意識を、現実に引き戻してくれた。
そして思考に耽っている最中も、邪魔にならないようにと静かに、傍らで待ち続けてくれたことに深い感謝の念が込み上げてきた。
(そうだ!今大事にしなければならないのは、この世界に居る家族じゃないか)
俺は一番大切なものを思い出し、改めて決心を固めた。
「マリア、大事なお願いがあるんだ」
マリアはその声色に応えるかのように、大きく頷いてくれた。
「これから
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