70歳階層の近く深くで隠居生活をどうぞ

ちびまるフォイ

人間の価値基準

年齢階層の従業員エレベーターを待っていると、

緊張を察してか先輩が声をかける。


「お前、70歳階層は初めてなんだろ?」


「はい。60歳階層の清掃まではやったことあるんですが」


「どうだった?」


「なんか……変な匂いがして大変でした。

 やたら絡まれるし……」


「あの年齢は俺らみたいな若いやつと絡みたがるんだ。

 清掃員が来ただけで大喜びさ」


「70歳階層はどんな感じなんです?

 先輩は行ったことあるんですか」


「まあ……ろくなもんじゃないよ」


エレベーターが到着し、地下70階へと向けて動き出す。

次にドアが開くや腐臭が立ち込めて吐きそうになった。


「うぇ……なんですか、この匂い……!」


「70歳前後でだいたい人は死ぬからな。

 でも地下深いから清掃も行き届かず腐っていく。

 さあ、片付けるぞ」


「はい……」


地下60歳階層のほうがまだマシだった。

生きてるのか死んでるのかわからない人をモップでどけて、

汚物や体液で汚れた壁や床を掃除していく。


「うし。俺はあっち掃除するから、そっちはまかせた」


「はい」


掃除を続けているときだった。

枯れ木のような手で足を掴まれる。


「うわ!?」


「お前さん……どうか、どうか助けてくれ」


「え?」


70歳をゆうに過ぎているおじいさんだった。


「もう老い先短いのは自分でもわかってるんじゃが

 どうしても……どうしても、上位階層の孫に会いたい」


「孫は来てくれないんですか?」


「何十回層もの階段を登り降りして、

 こんな汚い場所へ来るもの好きなんていない……。

 

 わしも足がよわって動けない。

 ただ死を待つだけの人生なんじゃ……。最後にひとめ、ひとめだけでも……」


「おじいさん……」


政府の決めた法律により、年齢に応じた地下階層へと軟禁される。

若い人はまだ陽の光が届く上位階層。

でも年をとればとるほど、地下深くへと押し込まれていく。


やがて誰からも忘れられてひっそりと死んでいく。

なんて悲しい人生だろう。


「おじいさん、僕がなんとかしますよ。

 実は従業員エレベーターがあるんです。

 それならお孫さんに会えますよ」


「ほ、本当かぃ!」


「ええ。ちょっとまっててください」


先輩がいないのを確認してからエレベーターを呼ぶ。

おじいさんと一緒に上階層へと移動する。


「お孫さんの名前、なんて言うんですか?」


「なんじゃっかたのう」


チン、とエレベーターが止まる。

扉が開くとおじいさんは服の下に隠していた爆弾を取り出した。


「ワシらを地下においやって、のうのうと過ごすゴミめ!!

 みんな死んじまえ~~!!」


「ちょ、ちょっと!?」


おじいさんの言葉はすべて嘘だったのだろう。

爆弾のスイッチをいれると、若者の集団に突進し自爆テロを起こした。


幸いにも自分は命こそ助かったが、

凄惨なテロ事件を手引した人間として階層警察に捕まった。


「聞いて下さい。僕は騙されただけなんです。

 ただ、孫に会いたいと言われてそれで……」


「仮にそうだったとしても、低階層の人間をエレベーターに乗せるのは違反だ」


「それに貴様のせいで人的価値のない高齢者1名で、

 未来に資産価値のある若者の何人もが死んだんだぞ」


「それは……」


言い返す言葉もなかった。

すべては人を甘く信じた自分が悪かった。

もうただ罪を甘んじて受け止めるしか無い。


「それで……僕はどうなるんでしょうか。

 犯罪者階層へと放り込まれるんですか?

 それとも生き埋め?」


「いや、貴様は最上位階層へと運ばれることとなった」


「さ、最上位!? それってVIPってことですか!?

 陽の光が浴びられるんですか!?」


「ああ。嫌と言うほどな」


警察用エレベーターに捕まり、上位階層へと向かう。


年齢が若い人ほど上位階層で地上近くで生活できる。

これだけ大きな事件を起こしてなお上位階層に入るなんて。


「こんな幸せなことがあっていいのかなぁ」


「そう思えるのなら幸せだ」


エレベーターが止まる。

ドアが開くとそこはすでに地上からは遠く離れた雲の上だった。


「え……」


「ようこそ最上位階層へ。そしてさようなら」


階層警察は雲の上にあるだだっ広い地面へと蹴りいれると、

あとはお役御免とばかりにさっさとエレベーターで帰っていった。


「最上位階層って……もはや地上ですらないのか……」


おそるおそる雲の上にある床のはしっこで、下を覗いてみる。

雲の切れ間から見えるあまりの高さに絶望。


どんなスーパーヒーローでもここから飛び降りたら死ぬだろう。

そこからは地獄のはじまりだった。


「あ、暑い……」


床は雲の上にあるので太陽を遮るものが何もない。

熱光線に毎日さらされながら過ごす。


かと思えば太陽が沈むと今度は冷え込み、

とても眠れるような状態ではない。


本当に死んでいい人間だけがこの場所に送られるのだろう。

自分以外に人がいないのは、早々に限界を感じて飛び降りたに違いない。


「こんな生活をずっと続けるのか……?」


ゾッとした。

それはどんな拷問よりも辛いだろう。


飛び降りる覚悟を決めたときだった。

警察用エレベーターが止まる。


「おい大丈夫か!?」


やってきたのは階層清掃員の先輩だった。


「せ、先輩……」


「話は聞いている。あれほど階層住民とかかわるなと言っただろう」


「すみません……かわいそうに見えてしまって……」


「お前は悪くない。だからとっておきの情報を持ってきたんだ」


「え?」


「実は、あと数日で台風がやってくる」


「いや危ないですよ!? ここ空の上ですよ!?」


「チャンスだと考えろ。ほらここにパラシュートも持ってきた。

 台風のどさくさで脱出できるチャンスだ」


「先輩……!」


「きっと、もうあの縦階層の場所には戻ってこれないだろう。

 だから台風に乗って別の新天地に行ってこい。

 お前みたいな優しいやつ、こんな天上で死ぬことはない」


「あ、ありがとうございます!!」


先輩はすぐにエレベーターで帰ってしまった。

天上の階層に長居できる人など誰もいない。


それは警察も同様で警備も甘くなっていた。

ここに通された人はすぐに死ぬか、ゆっくり死ぬしか無いから。


でも……。


「こんな場所、脱出してやる!」


思えば、年齢に応じた階層をつけて人間価値を決め

働けない年齢ほど下位階層へと押しやるあの場所は嫌だった。


同じ価値観や同じ年代だけでつるむだけじゃなく、

他の年代の価値観と関わることで人は成長できるはずなんだ。


台風が来ると、予想通り空の上は大荒れだった。


「どうせここにいても死ぬしかない! とりゃーー!」


覚悟を決めて空の上からダイブ。

パラシュートを開くも、強風でわけわからない場所へと飛ばされる。


「うあああーー!!」


前後左右もわからなくなるほど吹き上げられた。

台風に巻き込まれてぐるぐると回されるうちに意識を失った。




「う、うーーん……」



次に目が覚めたのは地上だった。

何十年ぶりに触った地上の土の感触が懐かしい。


「大丈夫ですか?」


その声に顔を上げると、若い人が手を差し伸べていた。


「あ、こ、ここは?」


「ここはホリゾンタルの街です。

 あなたは台風であおられてここまで飛ばされたんですよ」


「よかった……。前の年齢階層には戻らなかった……」


「年齢階層?」


「はい。人間の年齢に応じて居住階層を決めるんです。

 若い人は地上に近く、健康的な居住エリアを。

 でも、高齢者ほど地下の暗い場所に押し込められるんです」


「なんてひどい……」


「でしょう。だから逃げてきたんです」


「安心してください。ホリゾンタルの街は

 若い人も高齢者もみな平等に地上で過ごしていますよ」


周りを見渡すと、にこやかに言葉を交わす人たち。

それらはさまざまな年代をまたいでいた。


「なんて素晴らしい場所なんだ。やっぱり人間活動はこうでなくちゃ」


「ところで、ひとつ伺ってもいいですか?」


「はい?」


「あなたの年収はいくらですか?」


「年収? どうして……?」


その疑問にホリゾンタルの住民は当然のように答えた。



「決まっているじゃないですか。

 ここは年収◯億以上の居住エリアです。

 年収が一定以下の人間は郊外のゴミために排除しなきゃ

 ここの秩序が保てなくなりますから」



自分がすでに職を失ってることなど、とうてい言えるはずもなかった。

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