ようこそ!僕たち・私たちのダイバーシティ中学へ!
理性
HR:猫野 葉二
昼に食べたカツ丼が車の揺れに合わせてお腹の中で揺れ動く。
住宅街から山の方に五〇〇mほど進んだ先に赴任先の学校はある。
もともと森林だった場所にズドンと校舎を置いたような景観は、自然の中に近代的な建物が建っているわけで、違和感満載だ。
車から降りると、吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。演奏にかき消されそうだが、さまざまな部活が声を出したり、ホイッスルを使ったりしているのが聞こえる。
職員玄関の方に向かうと、中年のメガネの男性が立っていた。
「あ、猫野先生ですか?」
「そうです」
「お待ちしておりました。私、
彼は中学校名、役職名、氏名が書かれた名刺を取り出した。
「ダイバーシティ中学校のいしあたま教頭、、、」
「あ、いや、だいばあしてい中学校のいしづです(石頭は間違えんだろ)」
「失礼しました。
彼の作法に則って、前任校の名刺ではあるが名刺を渡した。
石頭教頭の案内で校長室へ向かう。
三度のノックの後、どうぞという返事をもらって、扉を開けると、ふくよかな白髪の男性が椅子に腰掛けていた。
彼は立ち上がると、のっそりとこちらに近づいてきた。
「校長の
彼が僕の前に伸ばした右手を握ろうとすると
「ねこのように先生ですね。よろしくお願いします」
「いや、猫野葉二です」
お互い不自然な位置で止まっていた右手で握手を交わす。少し強く握ってやった。
「ほ!ほ!ほ!それは失礼いたしました!ようじ先生でしたか!てっきり、ねこのように先生かと!猫みたいな方かと思っておりました!」
人の名前を間違えて何が面白いか分からないがとりあえず精一杯の作り笑いで合わせておく。
大したことのない世間話を終えると新年度から共に三年生を担当する先生たちに挨拶をすることになった。
三年二組を担当するのは
三年三組を担当するのは
校長室で彼らと挨拶を済ませると、新学年の打ち合わせをするため、校内の案内も兼ねて空き教室へと向かった。
ここ大婆氏邸中学校は小さな市にあるいくつかの中学校の中の一つで、年々減少する生徒数の煽りを受けて、ひと学年に三クラスしかつくれなくなった。
もともと大規模な学校を想定せず数十年前に建て替えられたため、スカスカだったり、老朽化が酷かったりで感じる寂しさはない。
二階の三年生の教室では吹奏楽が練習をしているため、三階の二年生の教室か四階の一年生の教室で打ち合わせをするということになったが、結局、三階の二年二組の教室で打ち合わせをすることになった。
「改めまして、一年間よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!!」
きっと犬田という教師は仕切りたがりなんだろう。走田は、、、知らん。
「あ、はあ、よろしくお願いします」
「猫野先生が学年主任ということで私たちは猫野先生についていくことになるとおもいますが、頑張りましょうね」
「え、はあ、頑張りましょう」
「ですね!三人寄ればなんとやらですから!」
ちょっとこの人たち苦手かもしれない。
「猫野先生は教師歴何年になるんですか?」
犬田が満面の笑みで質問する。
「私は今年で六年目ですね」
「え!?もしかして同級生!?」
「いや、今年で三十一になるので違うと思います」
「ああ、そうですか。何かお仕事された後に教師になられた感じですか?」
変な空気を自分でつくりだしてしまったのを取り返そうと必死だ。
「あ!わかった!大学院に行ってたとかでしょ!?」
走田は、、、知らん。
「はあ、まあ、そんな感じです。それより、何の打ち合わせをするんですか?」
話の腰を折る猫野の発言にペースを乱された犬田は小さく咳払いして本題に入ろうとする。
「まあまずは、生徒の情報共有をしておこうと思います」
「うちは特に大きな問題は起きないですが、癖のある生徒が多いですからね!」
走田の声量を絞るつまみはどこかについていないだろうか。
「それだったら、*指導要録を見ればいいのではないですか?」
*指導要録とは、児童生徒のこれまでの学習の課程や結果を記録し
ているもので、児童生徒の素性などプライベートな内容も細かく
記録してある。対外秘である。
「それは、そうなんですが、、、そこに載ってない情報とかありますし、、、」
「たしかに!僕らにしか分からないこともあるはずです!」
「でしたら、結構です。教師(人)の主観が多分に入った意見を聞いても先入観を得るだけです」
吹奏楽の演奏だけが響く教室でしばしの沈黙が訪れる。
そこで犬田と走田は思った。
((なんなんだこいつ!))
「他にありますか?なかったら、私は帰らせていただきます」
「え、あー、あ!学年目標を決めなくてはです!」
「それはお二人にお任せします。私にはここの生徒にあった学年目標を考えることはできないので」
「それでは、私はこれで失礼します」
猫野が去っていった教室で、しばらく二人はぼんやりとしていた。
沈黙を邪魔したのは走田の言葉だ。
「すごい方でしたね」
ほんとに胡麻を擦っているかのような手付きに機嫌をうかがう張り付いた苦笑いが犬田を覗き込む。
「はあ、、、これから一年が思いやられる、、、」
彼らはまだ知る由もない。ここ大婆氏邸中学校に数々の波乱が訪れることを。
車を出すと校門に大きな横断幕がかかっている。
『ようこそ!僕たち・私たちの大婆氏邸中学校へ!』
窓を開けると春を感じる風が入ってくる。
ここで猫野葉二の教師生活が新たに始まる。
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