生か死か

138億年から来た人間

第1話 プロローグ

この世の中はパンデミックに襲われた。人々は生か死かを選ぶ時、生きたいと懇願する者で溢れた。

死とは限りなく近い存在であるが故に理解出来るような錯覚を覚えるが、生きている人間には自身が死に会うまで分かることはない。

人間は分からないと言う物事には臆病で脆いのである。

それは社会という世界が人々の認識という言語で統一されているからであり、この世に人間と言うものはそもそも存在していないからである。




四駄よんだ郡西町、この国土の山間地域には細菌による感染症が蔓延していた。




感染症、微生物が人に寄生し増殖しながら病気を齎す事を言う。




「お父さん、細菌怖いかや」


蛭田ひるたトマキは地デジのニュースに流れる感染による死者の数字に怯えながら夫の蛭田少佐郎こさろうに小声で呟いた。


「怖いかや言ったってんどうじゃあれしゃん」


少佐郎は迫りくるこの町の総感染に打つ手が無いとしか言えなかった。


「このままただ死を待つしか手立てはないのか、国は何をしているのか、具体的な政策を示すべきだ。」


心の中には言いたい事が山程あったが僻地へきちの一市民が何を言ったところで国が変る筈も無い事は誰しもが思っている事だと、捨て切れない気持ちを毎日一杯の玄米茶と一緒に何度も呑み込んできた。

地デジニュースは総理の緊急記者会見の映像に切り替わった。


「皆さんの命は私が守っていきます。ウイルスをこの国から消し去る為に科学技術省と防衛省が連携し抗細菌拡散装置を開発中で有ります。これが出来上がれば細菌をこの国から消し去ることが可能となり皆さんに平穏な暮らしが戻る事をお約束出来ます。それまで自粛をお願いします。」


この非常時に冷静沈着な表情で淡々と喋る口調が支持率の低下を招いている事は、一部を除いて市民の心には納得出来ていた。




「夕飯にすっかや」


トマキはこんな時にと思いながらも


「人間は食べんと死っかや、しょうないっかや」


そう心に言い聞かせ少佐郎に食事を促した。




生きたい、そう考えたのは彼女一人ではない。

しかし、この国には生きたいと願う者を否定する人間も存在している事も事実としてある。

「人間は遅かれ早かれ死を迎える」

大勢の人達はこの言葉に納得して仕舞う。

死を経験していない生きている人間のその言葉を信じている。

それが真実ではないとしても・・・。




トマキはいそいそと無地の白い皿に乗った焼き鯖と夫婦茶碗にご飯、わかめの味噌汁そして白菜の漬物を炬燵テーブルに用意した。

少佐郎は無言で手を合わす、トマキもはんで押すように倣った。

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