第15話 余田の独白
ここから先はあの腹パン野郎もとい余田の独白だ。
この会話はのちほど誠司さんから直接聞くことになるのだが、先に記しておく。
ちくしょう、うらやましいぜ。
アパートに帰ると日野さんは白い顔をしてドアを開けてくれた。
「どうしたんだよ。具合でもわりいのか」
「余田さん――ごめん」
綺麗な目からぽろぽろぽろぽろ涙がこぼれる。
「俺――俺――ごめんなさい――」
どうせあいつ、沢渡の件だ。
俺がさっき奴から聞いた話を日野さんは俺にしようとしているに違いない。
ドアに鍵をかけ、靴を脱ぎ、俺は日野さんを抱きしめた。
「だめだよ……どうして……」
「落ち着けよ」
「俺――あやまらなくちゃ……ごめんなさい」
「落ち着けって」
しばらく両腕で日野さんを包む。
日野さんはせわしなく息を吸ったり吐いたりしながら泣いている。いつもはハグすると俺を抱き返してくれるのに今はそうしない。
日野さんの頭を撫でながら俺は言った。
「日野さん。好きだぜ」
「だめだよ……余田さん……俺……隠しててごめんなさい……ずっと……黙っててごめんなさい……だめだよ……余田さん、離れて……俺のこと抱かないで……俺……」
「俺は決めたの。日野さんの全部、受けとめるって。だからどんな日野さんも好きなの」
日野さんが顔を上げる。涙のあとがほっぺたにくっきりついててもイケメンだ。
日野さんの肩に手を乗せて、涙が止まらない目を真正面から見る。
「落ち着いて、聞いてくれな」
「……うん……」
「俺な、沢渡に、会いに行っただろ」
「……うん」
「あいつから、全部、聞いた」
日野さんが下を向く。
「俺……健とキスして裸で抱きあった」
日野さん、きっと、墓場までこの話、持ってくつもりだったんだろうな。
「健がうらやましくて……俺もそうなりたいって思って……気づいたら聡に出会う前の自分みたいに思えてさ……自分がしてほしかったこと全部してあげたくなって……だけど余田さんのこと忘れてたわけじゃないんだ……余田さんのこと好きだよ……だけど健のことも心配で放っておけなくて……もう余田さんには絶対に言わないって決めて、健がほんとに誰かを大切にできるかなって試したんだ……それで健はちゃんとできたから……」
「ありがとな、話してくれて」
日野さんが俺を見る。親に叱られる前のちっちゃい子みたいな顔だ。
俺も、悩んだ親父が家に火をつけて巻き添えになったすぐ下の弟の朋也も叱られるのなんか平気だったけど、親父や母ちゃんや朋也と一緒に焼かれた一番下の弟の光だけはこんな顔することが多かったっけ。
「怒らないの?」
「怒るわけねえだろ」
「余田さん以外の男と俺、寝たんだよ?」
「戻ってきてくれたじゃん」
日野さんが俺にしがみつく。
「もうしません」
「別にしたってかまわねえよ」
「やだ。余田さんがいい」
沢渡が聞いたら怒り狂うだろうな。まあ俺も、日野さんからめっちゃ気にされてるあいつがうらやましかったから一発ボディーブローかましてやったけど。
「ほら、もう泣かない」
もう一度胸に日野さんを抱いて、頭をよしよしと撫でてあげる。
俺にぺったりくっついていた日野さんが俺を見る。もう俺と同じ二十六歳の顔に戻ってる。
「余田さん」
「落ち着いた?」
「落ち着いた」
「大丈夫?」
「大丈夫」
日野さんが洗面所に入る。蛇口から水が勢いよく出る音が聞こえた。顔でも洗ってるんだろう。
俺は台所のすぐ近くにあるテーブルに寄る。日野さんが洗面所から出てきた。前髪が濡れてて、さっぱりした顔をしてる。
「ごはん、食べようか」
「作ってくれたんか」
「これから用意する」
「俺も一緒に作るよ」
日野さんが明るく笑った。
「おう」
「これからは、黙ってると辛いなら話してくれよ」
「そうする。余田さんもそうして」
「おう」
日野さんの唇が俺に、俺の唇が日野さんに近づき、触れあう。お互いの体をそっと抱きしめる。
「余田さん、好き」
「俺も日野さん、好き」
「これからもよろしく」
「決まってんだろ」
「健が何かしたら、俺に知らせて」
日野さんがにやりと笑うので、俺もにやりとする。
「どうすんだよ」
「ぶっ飛ばす」
「できんのか?」
「やる」
二人で笑ってしまった。
「沢渡に言うのか?」
「この会話?」
「おう」
「伝えてもいい?」
「いいぜ」
日野さんはほんとに沢渡に全部伝えたそうだ。まあ、あいつは日野さんにとっては彼氏でもあるし弟でもあるし後輩でもあるから、このあとも面倒を見るつもりなんだろう。
だけどこの件のあと、俺と日野さんの間の風通しはよくなった気がする。
沢渡の反応は日野さんに言わせると、
「喜んでた。変なの」
あいつ、ほんとに日野さんが好きなんだな。
第二部 完
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