5 明日

 12月の末。

 お正月は家に戻ってきなさいとさすがに実家からお達しがあった。そりゃそうだ。電車で2時間ぐらいかかるけど近いといえば近い。お盆以来帰ってないから、いい加減両親も怒るだろう。一応、兄がいるけどひとり娘なのだ。

 ある程度予想はしていた。帰るべきだとも思った。元気な姿を親に見せるのも仕送りをしてもらって学生生活をしている身分である自分には当然の義務だろう。月数回の電話じゃ足りないだろう。

 だけどね。さすが実家。旅行でもなんでもない、自分が住んでた家に帰るというのは特別何かをするわけはないということだ。

 ヒマ。いえ、ちゃんと年末大掃除には参加しましたよ。両親が忙しく家の中をごしごし掃除してる中、一人だけ寝転がってゲームしてる場合じゃない。それも昨日で終わり、そしてゲームもテレビも読書も飽きてしまった女がここに一人。自分の部屋でぼーっとするだけ。

 一年の最後の日がこんなのでいいのかと思いもするが、今日が終わったとて明日はやっぱり普通の日。人間一人の生活サイクルが劇的に変わるわけではない。晩御飯もお蕎麦も食べて、後は除夜の鐘が聞こえてくるのを待つばかり。

 とか思いながらベッドの上に投げていた携帯電話に視線を落とす。

 その向こうに思い浮かぶのはハニーのすました顔。ハニーとすごした一年の最後の日。そう考えるとどきりとする。

 私という人間は明日になれば歯を磨いてご飯を食べて、またゲームなりをするのだろう。今日と明日は何も変わらない。

 でも。ハニーと私は明日も今日と同じだろうか。毎日ハニーとは電話で話をする。声を聞く。昨日だって今日だって、毎日のことだから挨拶程度にそんなに時間をかけないけど声を聞いた。

 でも。明日は本当に聞けるのだろうか。わからない。一年の最後の日だからという「最後」に囚われて意味のない感傷が訪れているだけかもしれない。これまでだって電話は毎日しても一週間会えなかったこともある。電車で2時間という距離がそう思わせているんだろうとも思う。

 だけど。誰もわからないではないか。人と人との関係において、今日があるからといって明日があるとは限らない。

 12月31日、23時30分。

 電話帳を開くことなく、自分の指で数字を押す。確実に、それでも急いで。

 明日が来る前に。今日と明日をつなぐために。

「ごめん、また電話しちゃった」

―うん? いいよ。お昼はあんまり話しなかったし。

 多分切羽詰った私の声は彼女にも届いていただろうと思う。それでも返ってきた声と言葉はいつものもの。

 この声が明日も聞けるのだろうか。

「大晦日って、嫌い」

―そう? 私はそうでもないよ。

 携帯の向こうのハニーは楽しそうに微笑んだ。

―昨日までは好きでも嫌いでもなかったけど、今は好き。勝手な思い込みだけど愛されてるなって思える日になったから。

 何かに祈る。

 この人とずっと、共にいさせてください。

 こんなにも大事なんです。こんなにも好きなんです。

 この人と一緒にいない明日なんか、いりません。


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