第4話 戦う勇者
朝の通学電車、いつものように彼が座っている。窓の外をぼんやりと見つめ、耳にはイヤホン。そう、彼はいつも音楽を聴いている。私の中で彼が「音楽好き」というイメージがどんどん膨らんでいた。きっとおしゃれな洋楽とか、知る人ぞ知るアーティストの曲を聴いてるに違いない。そんな彼の音楽センスに、私も近づきたいと思った。
「よし、私も音楽好きアピールをしてみよう!」
そう決めたのは、彼がイヤホンをしているのを何度も見かけたからだ。音楽を通じて何か共通点を見つけられるかもしれない。それに、音楽の話題なら話しかけやすいんじゃないか? そんな淡い期待とともに、私は今日、イヤホンを装着して電車に乗り込んだ。
ただ音楽を聴くだけじゃだめだ。彼に気づいてもらうためには、少し音漏れさせて、私も音楽を楽しんでいることをアピールしなければ。こうして私は、いつもよりボリュームを上げてイヤホンを耳にセットした。
電車が動き出し、彼の姿をちらりと確認する。今日も彼は、いつもの席でイヤホンをしている。心臓がドキドキしてくる。ここだ、チャンス! 彼が私に気づくかもしれない!そう思うと、一気に緊張が高まる。
「少しだけ音を上げてみようかな……」
手元のスマホを操作して、ボリュームをさらに上げた。音楽が耳の奥に響く。ちょっとだけ音漏れしてるんじゃないかと不安になりつつ、でもこれくらいでちょうどいいはず。彼も気づいてくれるかもしれない。そう思いながら、私はさりげなく彼の反応をうかがう。
その瞬間、イヤホンがスマホからプツンと抜けた。
「あっ……」
気づいた時にはもう遅かった。スマホから爆音が響き渡り、電車内に広がったのは――まさかのアニメソング!それも、オタク界隈では熱狂的に支持されているザ・アニメソング。バスッ、バスッ、と電子ドラムが炸裂し、熱血系の男性ボーカルが電車内に響き渡った。
「おまえの〜なみだは〜♪」
嘘でしょ!? なんでこんな時に限ってこんな曲が流れるの!? 心の中で叫びながら、私は慌ててスマホを操作しようとするが、焦りすぎて手が震え、うまく止められない。車内の乗客たちが一斉にこちらを振り返る。彼も、ついに私の存在に気づいた。いや、気づいてほしかったのは「音楽好き」アピールであって、こんな爆音アニメソングじゃない!
「早く止まって……お願い……!」
何度もスマホの画面をタップするけど、画面は反応しない。まるで私の恥ずかしさを助長するかのように、熱い歌声が続く。
「たたかう〜ゆうしゃ〜〜♪」
やっとのことで音楽を止めることができたときには、もう手遅れだった。車内の全員が私を見ている気がする。視線が痛い。彼も驚いた顔で私の方を見ている。
「……終わった」
頭の中が真っ白になり、何も考えられない。私の「音楽好き」アピールは大失敗どころか、逆効果。しかも、流れた曲がアニメソングだったことが、さらに事態を悪化させていた。
顔が熱い。いや、もう火が出そうなくらい熱い。ここにいたくない。できることなら、今すぐ消えてしまいたい。そんな思いでいっぱいだった私は、次の駅でそそくさと電車を降りることにした。
ドアが開くと、私は逃げるように外に出た。彼の視線がまだ背中に突き刺さっているような気がして、振り返ることもできない。足早にホームを歩きながら、心の中で何度も「ああ、もうダメだ……」とつぶやいた。
++++++++++
「ねえねえ、聞いた? 朝の電車でさ、ものすっごい音でアニソン流した奴いたんだってよ!」
その話題がクラスで広まっているのを耳にしたのは、次の授業が始まる前のことだった。教室のあちこちで、私の失敗が語られている。しかも、どうやらかなり面白おかしく話されているらしい。
「マジで? どんな曲流してたの?」
「なんか、めっちゃ熱血系のやつ。昭和っぽい感じの!」
「へぇ~、それは恥ずっ!誰だろう?」
誰だって? そう、私だよ……。心の中でひっそりと自己紹介しながら、机に顔を伏せた。ここでも恥ずかしさから逃げることはできない。まさか、あの場面がこんなに早く話題になるなんて。私は自分の運の悪さにがっくりと肩を落とした。
授業が始まるまでの間、私はひたすら教室の隅で小さくなっていた。誰にも顔を見られたくない。いや、むしろ誰とも目を合わせたくない。
++++++++++
お昼になり、いつものように真由と一緒に昼食を食べていると、彼女がニヤニヤしながら話しかけてきた。
「ねえ、凜。今朝の電車でなんかあった?」
「え、何もないけど」
必死にごまかそうとしたけど、真由はすでに私の失敗を知っているようだった。ニヤリと笑うその顔が、何もかもお見通しだということを物語っている。
「うそつけー。あのアニメソング、あんたのだってみんな言ってたよ。大丈夫、私はそんな凜も好きだから」
「もう、それ言わないでよ……」
顔を手で覆い、私は深いため息をついた。真由はそんな私を見て、肩をすくめる。
「まあ、でもさ、ある意味目立てたんじゃない? 彼だって、少なくともあんたの存在に気づいたと思うよ?」
「いや、そんな形で気づかれたくなかったよ……」
「でも、これで覚えてもらえたかもよ?」
「そ、そうかな……」
「うん、次はもう少し冷静にアピールしなよ。期待してるから!」
真由に励まされて、少し元気になったけど、やっぱりあの恥ずかしい瞬間を思い出すと顔が熱くなる。次こそは、もっとスマートに彼にアピールできるようにしよう。もう、あんな失敗は繰り返したくない!
でも、さすがに熱血アニソンな印象が強すぎると思うからしばらくは大人しくしとこ…かな。
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