世界で一番嫌なヤツと季節はずれの桜が咲いたあの冬

清見こうじ

世界で一番嫌なヤツと季節はずれの桜が咲いたあの冬

「もう、終わりにしようか」


 突然告げられた、別れの言葉。


 高校2年生の春に初めて付き合った相手だった。

 1歳上の先輩。

 

 3度目のデートで初めて手をつないで、5度目のデートで初めてのキスもして。

 イマドキにしてはゆっくりペースだけど、着実に深めていった2人の関係。


 そのあとは、まあ、平穏な、でも楽しい日々。


 夏休みにはプールにも行って、秋には美術館巡りもして。


 クリスマスには、彼の大好きなイラストレーターの画集をプレゼントしたいなって、貯めていたお小遣い。

 目標達成して、準備もできた、そのころ。


「……なんで?」


「うーん、なんか、飽きた、かな?」


 あっさりと答えて、「じゃ、そういうことで」と手を振って彼は去っていった。


 暖冬で、近くの公園に季節はずれの桜が咲いたから見に行こう、ニュースで見て、彼を誘った学校の帰り道。


 楽しみにしていた冬の桜を背景に、見送る背中は、どんどんにじんでいった。


 初恋ではなかったけれど、本気で好きになって、初めて告白した人だった。

 ……それが、私の中で世界で一番嫌なヤツになるなんて。


 ハツカレと季節はずれの桜、どっちが一番嫌なのか分からないけど、どっちももう見たくはなかった。


 私の願いを叶えたのか、桜はあっという間に木枯らしに散ってしまい、彼の姿は学校でも見なくなった。


 3年生は受験で登校したりしなかったりだから、最初は気付かなかった。


 あの人がずっと、学校に来なくなっていたことに。


 卒業式は、インフルエンザで欠席したので、その時にも、知らなかった。



 季節が春になり。


 季節通りに桜が咲いた、4月の入学式を少し過ぎて。


「……さん、ですよね?」


 新入生が声をかけてきた。


「私、……の妹です」


 それは、世界で一番嫌なヤツの名前だった。





 季節はずれの桜が咲いた木の下で。


 私は、ちゃんと咲いた桜を見上げていた。



「ホントに、嫌なヤツ」


 両手に抱えた、表紙が少し破けた、画集。

 ラッピングを破いて、でも捨てられなかった。


 彼の大好きなイラストレーターの、描いた表紙が桜の風景なんて、皮肉が利きすぎてる。


「本当に、永遠の別れになるなら……せめて、最期まで、一緒にいたかったよ……バカ」


「……どうせ泣かせるなら、いなくなって清々したって思われたいって」


「……ホント、嫌なヤツ」


「バカですよね、本当に」


 そんな彼の想いを知って、志望校まで変えて、私を探すために入学してきた彼の妹も、相当、バカだ。


 ……悲しくて、ホント申し訳なくなる。


「私、一生忘れないから。世界で一番、一番、嫌なヤツ……絶対、忘れない」


 あの、季節はずれの桜と、あの人を。




 だから、今は、……。



 桜色の表紙に、ぽたりと、落ちたしずく。



 ちいさなレンズに、嫌になるくらい、澄んだ空が、映って、いた。


                           【了】

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世界で一番嫌なヤツと季節はずれの桜が咲いたあの冬 清見こうじ @nikoutako

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