変わり者の伯爵令嬢は、魔宝石を愛している
藤崎珠里
第1話
確かに物心つく前から、誰もに褒めそやされてきた。天使や女神と勘違いされたことも数知れない。
結婚適齢期になってからというもの、毎日のように求婚をされるようになってうんざりしていた。断り続け、今では行き遅れと呼ばれるような年齢だ。
「家のことなんて考えず、ベルちゃんは好きな人と結婚してね!」なんて、恋愛結婚をした愛しの両親は言ってくるのだけど、あいにくと私は恋愛にまったく興味がなかった。
私にとって興味があるものは、たった一つ。――
(ああ……今日も美しいわ)
壁の棚に、ずらりと並ぶケース。
真っ赤な大粒のルビーは火属性の魔力を帯びていて、その輝きが炎のように揺らめいている。
ダイヤモンドは色、濃淡がグラデーションになるように並べてある。そのすべてに魔力がこもっていて、時には木漏れ日のような、時には虹のような不思議な輝きが、宝石の表面から浮き出るように放たれ、色を変え、表情を変える。
他にもサファイア、エメラルド、ガーネット、トパーズ、オパール、トルマリン、アクアマリン――名前を挙げていけばきりがないほどの宝石がここにはある。そのすべてが魔宝石だ。
魔宝石は、普通の人間が見ればただの宝石にしか見えない。けれど魔力のある人間が見れば、宝石本来の輝きと魔力の流れが合わさり、独特の輝きを生むのだ。
私はその輝きに、一目で惹かれた。一目惚れ、と呼んで差し支えないだろう。
以来、魔宝石にしか興味がないと公言しているので、一部の人間には『変わり者』と裏で揶揄されることもある。
そういった人間でも実際に話せば褒め言葉しか口にしないのだから、私の美貌は確かなものと言えるのだろうけど……。
「……こんなに美しいものがあるのに、私がこの国で一番美しいなんて笑ってしまうわ」
つい、独り言をこぼす。
そもそも、この国で一番美しいと呼ばれる人間はもうお一方いらっしゃる。第三王女殿下だ。
ご挨拶させていただいたことがあるけれど、美しいものを見慣れた私でも見惚れるほどの美しさで――それでも思ってしまった。
魔宝石の美しさには敵わない、と。
人間と宝石を同じ尺度で測るのはおかしい。
そう理解していても、初めて魔宝石に出会ってからというものの、自身に向けられる賛辞が何も響かなくなった。……訂正します、家族からの言葉だけは素直に嬉しい。
私は魔宝石を愛しているけれど、家族のことも愛しているのだ。だから、どうにか結婚はしなければならない。
両親の期待を裏切りたくないし、孫の顔を見てほしかった。兄や姉たちのおかげで、伯爵家の後継者に不自由はしていないのだけれど。
さて、私は誰となら恋愛ができそうだろうか。
今までのパーティーで出会ってきた紳士の方々を思い浮かべても、誰一人印象に残っていない。顔と名前くらいは覚えているけれど、どんな方だったかはまるで記憶になかった。
リングやブローチ、カフスの宝石のことは覚えているのに……。(私は魔宝石はもちろん、普通の宝石も好きだ)
「――あら?」
そこではたと気づく。
私は魔宝石を愛している。
つまらない賛辞ばかり向けてくる男性と話すより、魔宝石を愛でたい。
それなら?
……ひらめいた考えは、なかなかに素晴らしい気がした。
そうと決まれば、魔宝石の輝きを今日も目に焼き付けてから部屋を出る。
――優秀な使用人たちや愛しのお姉様方に、噂を流していただこう。
* * *
ベルナデット・ミュラトール伯爵令嬢は、一番心惹かれる魔宝石を見せてくださった方と結婚する、と言っているらしい。
そんな噂が流れた日から、屋敷には大量の宝石が届くようになった。
(私は、見せてくださった方と、と言っただけで、贈ってくださった方とは言っていないのだけど……!?)
とはいえ確かに、そう受け止める方は多いのだろう。流す噂を間違えてしまった私に責がある。
反省しながら、私はせっせと宝石を送り返す手配をした。
素晴らしいことを思いついた、と浮かれていた結果がこれなので、使用人たちにお願いするのも申し訳ない。誰かに手伝ってもらうこともなく、一人で作業を進める。
でも、魔宝石ならまだしも、普通の宝石を送ってくる方はなんなのかしら。商人に騙されて売りつけられた?
魔力がないのなら、魔宝石なんて難しい商品、信頼のおける店で買うべきなのに。
そんなことを考えながら作業をしていたら、一つの魔宝石に目が留まった。
「――……きれい」
思わずため息がこぼれる。
鮮やかな緑から青、紫、ピンク、赤へ。
風属性の魔力を帯びているのか、様々な色の輝きが、いたずらなつむじ風のようにくるくると回っている。
魔宝石のトルマリンには地属性の魔力が馴染みやすいから、この輝きはとても珍しい。うっとりと我を忘れてしまうくらい、とっても可愛らしかった。
これだわ、絶対これ!!
逸る心のまま、トルマリンを手に両親のもとへ向かう。今日のこの時間は、二人きりで庭でお茶会をしているはずだ。
仲のいい両親のお邪魔をするのは本意ではないけれど、お互いを愛しているのと同じくらい私のことも愛してくれているから問題はない。
「あら、ベルちゃん?」
「どうしたんだ、そんなに顔を輝かせて」
すぐにこちらに気づいた二人が目を瞬く。
「――お父様、お母様。私決めました、この魔宝石の持ち主と結婚いたします!」
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