星のない夜

悠真

 オレは右だと言われたから素直に右に行ったのに、なぜ左に行かないんだ、となじられた。


 正直、オレは左右どっちでも良かったんだ。だから、言われた通りにしたら、奴は同じ口で逆のことを言い出した。

 朝令暮改。

 それは別に構わない。君子豹変するとも言うしな。間違いに気づけば、変えたらいい。

 が、その自覚がない人間は本当にうんざりする。

 気分でオレを振り回して怒鳴りつけてくるだけに映る。

 ほんと、こいつだけはあり得ない。



 結局オレが何をしようと気に食わないだけなのかもしれない。

 世の中必ずアンチはいるものだ。それと出くわして腰が引けるようなら、家に籠もって誰とも会わない方がいい。

 聖書だっけか。

 右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ、という文句がある。

 オレはこいつがわりあい気に入っている。

 なぜって、一発痛い目に遭っても、ひるまず前に出る精神が好きだからだ。

 次の一発に対して覚悟を決められると、たとえ負が連鎖しても動揺しなくなる。

「え? それだけか? 来るなら来いや。あ?」

 そういう心意気だ。



「嘘はつくためにある」と言って憚らないシンは、パチスロにでも勝ったのか、オレを酒に誘った。

 あいつとはもう人生の半分以上の付き合いだが、俗にいう腐れ縁というやつかもしれない。

 シンは、無職だった。

 相手の女に無心しては、遊び回っているようだった。


「珍しいな、オレを酒に誘うなんてよ」

 街灯に凭れたままシンは、白い歯を見せて笑った。

「ま、たまにはお前と飲みたくてな」

「また今の女に飽きてきたのか」

「酷いこと言うな」

「単なるオレの予想だ」

 あいつは、わざとらしく肩をすくめた。


 

 が、オレの読みは外れていたようだ。

 あいつは、そわそわしていたかと思うと、だしぬけにいった。

「金を貸してくれないか」

 オレは、がっくり来た。

 今夜は理由つけて来なければよかった。

 女に金をもらえなくて、オレのところに来ただけなのだろう。

 競馬なら年間で収支トントンになる線で当てられるのに、これはいわば鉄板レース。

 あいつが友情を持ち合わせていないことは、中学で出会ったときから明らかだったのに、なんでそういうイージーな予想ができなかったのか、オレは内心自分を責めた。


 こいつが泣き落とししてまでも訴えてくるしつこさを知っているオレは、今さらそういう茶番劇でエネルギーも時間も無駄にしたくなかった。

 黙って万札を1枚、指で挟んでから宙に飛ばす。

 シンはそれに飛びつくと「話が早いな」と、にんまりした。

「ま、必ず返すからよ」

「当たり前だ」

 が、全額返ってきた試しはない。

 こいつの言う「また今度」はおそらく来世の話をしているのだ。

 オレは自分にそう言い聞かせている。

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