その願い、十万円まで無料で叶えます(※現金払い不可)

沙崎あやし

その願い、十万円まで無料で叶えます(※現金払い不可)



『貴方の望むモノ、なんでも届けます。——十万円まで無料!』



「……なんじゃ、こりゃ?」


 あたしは思わず声を上げた。学校から帰ってきてベッドの上でだらだらとスマホを弄っていたら、見るからに怪しい文言がSNSメッセージアプリで飛んできた。


 相手先の名前を見るが、■■■。文字化けしていて読めない。そんなヤツを「ともだち」登録した覚えは無い。何かの広告か? 無料アプリだから使っているけど、最近はヘンな広告を流してくることが多い。


「新手の通販サイトの広告? ちっ、ウザいなあ……」


 もしそうだとしても、何々が無料とか、そういうのに引っかかるほどウブではない。きっと何か裏があるのだ。定額課金とか、解約が面倒だとか……そもそも百万円まで無料なんていうのが実に怪しい。そんな美味い話が世間に転がっていないことは、高校生のあたしにだって分かる。詐欺だ、詐欺。


 もうアプリ自体削除するか? でも本当の友達との連絡にも使っているからなあ……どこかに広告無しで無料のサービスはないものか……。


 その怪しいメッセージを削除しようとすると、再び送られてくる。



『貴方が叶えたいコトでも大丈夫! あらゆるコトを金額化し、叶えます。——十万円まで無料!』



「……うわ」


 あたしはドン引いた。願いを叶えますだって。コレもしかして、通販じゃなくって新興宗教か何かか? どう考えても、関わりたくない界隈だ。あたしは相手をブロックしてからメッセージを削除した。


 なんだかスマホを弄る気力もなくして、あたしはベッドの横たわる。お腹が空いてきた。そろそろ夕食の時間だが、食事を用意してくれる様な母親じゃない。まあ冷蔵庫には食べ物はあるが、起き上がって探しに行くのも面倒だ。


「あーあ……何か楽しいことないかな……」


 あたしは小一時間ほど微睡んでから、結局空腹に耐えかねて自室を出てリビングで冷凍食品を解凍して食べた。



 —— ※ —— ※ ——



「——ねえ? 十万円さまって知ってる?」


 唐突にそう聞いてきたのは、友達の由里だった。学校の屋上、昼休み。あたしは昼ご飯が到着するまで、空腹を紛らわす為にスマホを弄っていた。——今日は面白い動画、ひっかからないな。


「ねえ、輝夜(かぐや)、聞いてる?」

「えっ? なになに」


 突然名前を呼ばれて、あたしはスマホを落としかける。どうやら由里が話しかけているのに気づかなかったらしい。


「十万円さまの話」

「なにそれ」

「なんか新しい通販サイトらしくって、十万円まで無料で欲しいもの届けてくれるんだって」

「……あー。なんかそんなの来てたな」

「え? 来てたって?」

「昨日、メッセにそんなのが届いてた気がする」

「うっそ、見せてよ」


 由里があたしの腕にしがみついて、スマホの画面を覗き込んでくる。


「もう消しちゃったよ」

「えー、うっそー。見たかったなー。私のところにはまだ来てなーい」

「どうせ嘘広告でしょ?」

「でもさ、本当に商品届いたって人がいるんだよね」

「うそくさ」

「もう輝夜ってば、もうちょっと乗ってくれてもいいんじゃなーい?」


 そんな他愛もない話をしていると、すっと人影が近づいてきた。あたしは気がついて顔を上げるが、視線は合わせない。誰が来たかは分かっている。同じクラスの仁美だ。


「か……買ってきたよ」


 仁美のおどおどした声が聞こえてくる。あたしはイラッとする。仁美はいつも相手の表情を伺っておどおどしている。だからみんなに虐められる。その気持ちは分かる。


 あたしは仁美から菓子パンを受け取る。お腹が減っていたので、すぐに口にする。代金は払わない。


 周囲に漂う微妙な空気を斬り裂いて、由里が叫ぶ。


「あっ! 来たー! たぶんコレだよ」

「あー、これかー」


 由里がデコレーションされたスマホの画面を見せてくる。



『貴方の望むモノ、なんでも届けます。——十万円まで無料!』




 同じだ。やはり相手先は■■■で文字化けしている。昨日あたしが受け取ったメッセージと一緒だ。


「すごーい! 本当にあるんだー」

「由里、ともだち登録してたの?」

「ううん。してないよ?」


 ともだち登録無しでメッセージが届いたことに、由里はまるっきり疑問を感じていない様だ。この情弱娘め。やっぱりこれは胡散臭い。まさかアプリ会社とグルなのか?


「……『彼氏下さい』っと」

「あ、由里!?」


 あたしは止めようとしたが、由里はそのままメッセージを返信してしまった。そしてぱぱっと手早く操作して、相手先をブロックして削除する。


「あぶないことするなー」

「あははー、さすがにあたしだって本気にしないよー。揶揄ってみただけー」

「本当に届いたらどうするんだよ?」

「え、彼氏が? それはそれで面白くない? 宅配便で届くのかな? ——……やっば、想像したら面白くなってきた。あははははっ」


 そして今度はあたしのスマホがぶるっと震える。何かメッセージが届いた……と画面を見て、あたしは苦虫を噛み潰した表情を浮かべる。


 相手先、■■■。昨日ブロックして削除したはずのアレが、また復活している。イラッとする。削除しても復活するとか、マジでむかつく。




『貴方の望むモノ、なんでも届けます。——十万円まで無料!』




「……はーおかしい。輝夜も何か送ってみれば?」

「どうしようか……ちょっと揶揄ってやるか」


 あたしはうーんと考えた。でも何も面白いことが思いつかなかったので『腹減った』とだけメッセージを飛ばした。


「なによそれー、輝夜センスなーい」

「うるさいなー。由里だって同じ様なもんだろ」

 あたしたちにあるのは食い気と色気だけか。青春万歳。——あたしはそこで、ずっと立ったままだった仁美に気がつく。まだいたのか……ひょいひょいと手で追い払う。すごすごと校舎へと消えていく仁美。その丸まった背中が気に入らない。


「……ん?」


 メッセージが再び届く。どうやら■■■からのメッセージには続きがあった様だ。あたしは昨日は斜め読みしかしてなかったメッセージを、詳細に読んでいく。



『貴方の望むモノ、なんでも届けます。——十万円まで無料!』

『貴方が叶えたいコトでも大丈夫! あらゆるコトを金額化し、叶えます。——十万円まで無料!』

『※十万円を超過した分に関しては当社規程の方法でお支払いいただきます』



「やっぱりか」


 十万円以上使うと支払義務が発生する様だ。コレ、結局全額支払うことになるんじゃないのか? しばらく待っていると、続きのメッセージが届いた。



『※現金払い不可。貴方を当社規定の方法で現金相当額として査定し、お支払いいただきます』



「……は?」


 あたしは目を丸くする。訳分からん内容が出てきた。現金払い不可? 人生を算出? なんだそりゃ。ますます怪しくなってきた……というか、ちょっと怖い。日本語が通じてない感がある。冗談でも関わってはいけないオーラが感じられる。


 あたしは速攻で■■■をブロックし、メッセージを削除する。その時丁度、次の授業の開始を知らせる鐘が鳴った。


「やっば。行こう輝夜」


 あたしたちは慌てて屋上から校舎へと戻った。だから気がつかなかった。メッセージで返信が来ていたことに。



『承りました。——返品不可』



 —— ※ —— ※ ——



 次の日。昼休み。


 あたしは屋上で一人ぼんやりとしていた。由里は欠席だった。


 風邪でも引いた? 昨日の夜メッセでやり取りした時には、そんな話は出なかった。担任教師に理由を聞いたが、なぜか理由は教えて貰えなかった。


「……どうしたんだろ?」


 あたしは相手の出ない通話をオフにした。スマホで由里に電話してみたが、出ない。おかしい。……何か由里を怒らせる様なことでもしたっけ?


 うーむと考え込むあたしの前に人影が立つ。あたしはイラついた声を上げる。


「遅いわよ、仁美」

「え?」

「え?!」


 しかし、仁美ではなかった。短く髪を切り揃えたスポーツ男子が、戸惑った表情で立っている。誰だ? 何となく見覚えがありそうでない。


 スポーツ男子は少し躊躇ってから、「あー」と前置きしてからあたしに声を掛けてきた。


「桜井輝夜さん、だよね?」

「そう……だけど?」

「由里、知らないかな? 如月由里。友達なんだろ? 今朝から連絡取れなくってさ」

「は?」


 あたしの頭の中ではてなマークが乱舞する。これでも由里と幼稚園以来の付き合いだ。あたしの友人イコール由里の友人ってぐらい中も良い。……なんで見知らぬ男子が、由里と連絡取ろうとしているの?


「あんた、由里の何さ?」

「あー、うん。まだ聞かされていないのか……か、彼氏だよ」

「はあ!?」


 あたしは思わず立ち上がる。驚いたなんてもんじゃない。あの由里に、彼氏が、いたとか! 初耳なんですけど。ちょっと傷つく。そんな……なんでも話し合える仲だと思っていたのに……。


「いや……あたしも連絡とれなくて困ってるとこ」

「ああ、そうなのか。うん——悪かった、ごめんね」


 そういってスポーツ男子は爽やかな笑顔を残して去っていった。あ、名前聞き忘れた。


 あたしは昼休み中ずっと屋上にいたが、由里がやってくることは無かった。……お腹が空いている。そういえば仁美もこなかった。あいつめ……。


「桜井さん」

「はい?」


 鐘が鳴って教室へ戻る所で、担任教師に呼び止められた。次の授業は担当の化学ではないけど……担当教師は少し強張った表情をしている。そしてその後ろには、薄汚れたコートを着た中年男性が立っている。あたしが視線を送ると、中年男性は軽く会釈をした。


「墨東署の、田町といいます」


 指導室で二人きりになると、中年男性は黒い手帳を見せてきた。警察手帳だ。ドラマでよく見る。……前から思っていたんだけど、本物を見たこと無いから、見せられても真贋なんて分からなく無い?


「……失踪?!」


 あたしは思わず声を上げ、慌てて口を塞いだ。田町と名乗った刑事は、由里が失踪してその捜査をしていると告げてきたのだ。


「今朝、自宅から忽然といなくなったそうです。何か心当たり、ありませんか?」

「……いいえ。昨日の夜までは元気で、そんな素振りは……」


 あたしはじっと机の上に視線を落とす。少し手が震えている。失踪? なんで? 何か悩み事でもあったの? そんなの全然気がつかなかった。


 田町はすっと、あたしの視線の下に一台のスマホを差し出してきた。綺麗にデコレーションされたスマホ……由里のだ!


「自室に残されてました。これから鑑識に回しますが……」


 田町は手袋をした指でスマホの画面に触れる。すると待ち受け画面が映る。ロックがされているので、そこまでしか見えない。


「……!?」


 あたしはぎょっとした。スマホの待ち受け画面には、メッセの着信報告が表示されている。相手先は■■■。内容は「彼氏お届けしました。五十三万円に」とある。これ以上はロック画面を解除いないと見れない。


「あ……ッ」


 しかしそれだけで、あたしは察した。あの怪しい通販メッセージだ! 彼氏届けました?! それってまさか、あのスポーツ男子のとこ? それに五十三万円って……。


 ふと脳裏に、あのメッセージが蘇る。



『貴方が叶えたいコトでも大丈夫! あらゆるコトを金額化し、叶えます。——十万円まで無料!』







「——十万円さまって、聞いたことあります?」


 ぎく。

 あたしは視線を下に落としたまま、動けなくなった。


「どうやら若い子の間で流行っているらしいんですがね。なんでも十万円まで商品を無料でくれるっていうんですが」

「へ、へえー……そ、そうなんですか……」

「あまり良い噂がなくってね。何人か行方不明にもなっている……まだそれが原因だとはっきりはしていないんですが」

「は、はあ……」

「ま、何か思い出したことがあったら連絡ください」


 町田はそういって、名刺を一枚置いて立ち去った。あたしは指導室の椅子に座ったまま、しばらく動けなかった。



 —— ※ —— ※ ——



 帰宅後。あたしはベッドの上で丸まっていた。



『※十万円を超過した分に関しては当社規程の方法でお支払いいただきます』

『※現金払い不可。貴方を当社規定の方法で現金相当額として査定し、お支払いいただきます』



「それって……行方不明になるってこと?!」


 貴方を査定しお支払いいただくってそういうこと? つまり文字通り身体で支払うってこと?! なにそれ、ワケ分からない! 一体どう言う絡繰りなの? 誰かが来て誘拐しているの? でも「彼氏を届けた」って、どういう意味?


「はっ!?」


 あたしは慌ててメッセアプリを立ち上げる。そういえばまだあの相手先をブロック削除していなかった。震える指先で昨日送信したメッセージを探し出す。



『腹減った』



 ……あった! あたしはそのメッセージを長押しし、削除を選択する。



『削除実施中』



 アプリ上に砂時計が表示される。どうやら削除の作業が進行中らしい。


「はやく……消えろよ!」


 思わずイラついて叫ぶ。砂時計はなかなか消えない。十秒……二十秒。まだ消えない。


「ッコラ! 輝夜ッ、返事ぐらいしなさい!」


 突然、女性の怒声が響き渡って、あたしは顔を上げた。自室のドアの方に振り返ると、おたまを振りかざした母親が口を大きく開いている。怒っている。


「……か、かあさん……?」

「ど、どうしたのよ………その顔?」


 母親の怒りの形相が、ちょっと心配そうな顔に変わる。どうやらあたしは酷い表情をしているらしい。手にしたスマホの上では、未だ砂時計が廻っている。


「な、なにかな……? かあさん」

「いや、その……たまには夕食作ってやろうと思って……」


 ぎくり。


 そういえばカレーの良い匂いがしている。どうやら母親は夕食にカレーを作っているみたいだ。え、この万年不良母親が、娘に食事を作る? いったいどういう風の吹き回しだ……。



『貴方が叶えたいコトでも大丈夫! あらゆるコトを金額化し、叶えます。——十万円まで無料!』



 まさか、十万円さまの力で?! うそ、まずい。それはまずい。あたしは慌ててスマホの画面を連打する。


(……削除削除削除削除削除削除ッ!)


 なにか狼狽えた顔で母親が近づいてくるが、構わす連打する。この願いが幾らかは分からないけど、もし十万円を超えてしまったら……由里の様に消えてしまうのかもしれない。


 びろりん。


「あ……」


 あたしは画面を見て、大きく息を吐いた。『削除されました』とのメッセージが表示されている。やった…! メッセージは削除された。これできっと十万円さまへの願いもキャンセルされたはず。


「……あれ? あたしなんでカレーなんて作っているんだっけ?」


 母親がふと我に返ったかの様に、首を傾げている。え、マジであたしの願いを叶える為にカレーを作っていたの?!


 あたしはほっと安堵の溜息をつく。どんな理屈かは全く分からないが、どうやら母親は十万円さまの願い通りに動いていたらしい。まあ、そうだよな……そうでもなければ、この母親がそんな母親らしいことをするワケがない。


 あたしは一安心して、ベッドを降りる。とりあえずあたしの危機は去った。——腹が減ってきた。


「腹減った。カレー、食べても良いの?」

「ん、あ、ああ。……好きにしなさい」


 母親はあたしに関心を失ったのか、おたまをあたしに押しつけると自分の部屋へと帰っていった。それを見てあたしは鼻を鳴らす。……まあ、いいわ。


 あたしは食堂へと足を向けた。由里の件はまだ解決していないけど、まずは腹ごしらえだ。まったく酷い目に合った……。



 —— ※ —— ※ ——



 夜。


 輝夜の家を見上げる、一人の少女がいた。彼女の名前は雨宮仁美。彼女は夕方からずっと、物陰に隠れて、じっと輝夜の家を見つめている。


 彼女の瞳は虚ろで、表情も冴えない。ただ、何かを期待していた。一筋の期待が、彼女を突き動かしていた。


 ——しばらくして。


 遠くから救急車のサイレンの音が響いてきた。それは一度遠ざかった後、戻ってきて輝夜の家の前に止まった。救急隊員が慌ただしい雰囲気で家の中に飛び込んでいく。



 ぴろりん。


 仁美が右手に握り締めたスマホにメッセージが着信する。



『桜井輝夜が腹一杯になって死にます様に。をお届けしました。三十五万円になります』



 担架に乗せられた輝夜が上から運び出されてくる。その顔色は青く、そして身体に掛けられたシーツのお腹の部分が、赤色に変色している。


 担架は救急車に乗せられ、サイレンが急速に遠ざかっていく。


 びろりん。



『雨宮仁美の査定終了。十二万円になります。初回ご利用キャンペーン適用され、残額は十三万円。こちらは次の人生に持ち越されます。なお利子に関しては別途資料ほご参考下さい』



 ぐわりと。


 仁美の周りに大きな闇が持ち上がった。それは仁美を一瞬で咀嚼した後、再び夜の闇へと同化して消えた。



『またのご利用をお待ちしております』



 そして——仁美のスマホだけが、路上に残されてメッセージを表示していた。



【完】


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その願い、十万円まで無料で叶えます(※現金払い不可) 沙崎あやし @s2kayasi

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