転生したらロザラインだった件~ロミオは私がいただきます~

チヌ

第1話 花のヴェローナ

 舞台を照らす78番。

 満月の代わりのスポットライトの中、彼は朗々と台詞を読み上げる。


「今日この限りを持って、僕の名前はもうロミオではありません。あなたがそう望むのならば、この仇敵かたきの名前など今すぐ破り捨てましょう!」


 その声に応えるように、衣装とウィッグをふわりと纏わせながら、恋する乙女は舞台装置から身を乗り出す。


「ああ、ロミオ様!あなたはどうして…」




「…様、お嬢様。起きてくださいまし」


 目の前に、やたら完成度の高いメイドさんがいた。いや、メイドさんというには少し年上な気がする。どちらかというと、そう、中世ヨーロッパ演劇によく出てくる乳母さんのような。


「お寝坊の癖は治りませんね、お嬢様。ほら、お仕度なさってください。本日はキャピュレット家の晩餐会がおありですからね。お忘れになったわけではありませんでしょう?」


 てきぱきと、目の前の乳母さん(?)によって身支度が整えられていく。ワンピースのような服を脱がされ、ドレスみたいな服が用意されて…。

 …いや、ちょっと待って。


「今、キャピュレットとお言いになってって言いました?」


 本当に待って。

 今、発言したのは俺のはずだ。それがなぜ、こんなに聞き覚えのない可愛い声で、しかも微妙に古臭い、わざとらしい言い回しになってるんだ?


「ええ、そうですよ。キャピュレットの晩餐会です。ジュリエット嬢はもちろん、あのパリス様もいらっしゃるそうですからね。張り切っておめかししていただかないと」


 俺は、稽古のやりすぎでついにこんな夢まで見るようになってしまったのか?

 それにしてはリアルすぎる。ベッドのふかふか具合とか、いかにも貴族の部屋っぽい内装とか。っていうか俺、どう考えてもそのふりふりふわふわドレスを着せられそうになってるよな?


「さ、お嬢様立ってくださいまし。鏡の前に。ほら」


 ぐいぐいと引っ張られながら鏡の前に立つ。

 磨き上げられた鏡面には、つやつやさらさらのブロンドの髪と、60番前半くらいの薄い水色の瞳。黒髪黒目の日本人男性とは似ても似つかない、色白の可愛い女の子が映っていた。


「…これが?」


「そうでございますよ、ロザラインお嬢様」


 いやいや、冗談。乳母さん(仮)は全く気にしてないけど、今まさに大問題が起こっている。

 ロザラインだって?

 落ち着け、状況を整理しよう。

 どうやら妙にリアルな夢を見ていることは確からしい。世界観はシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』、そしてなぜか俺はロザラインになってる。この、嬉々として世話を焼いてくるこの人はロザラインの乳母さんで間違いないとして、今夜キャピュレットの晩餐会が開かれるって言ってたから、その時に恐らくロミオがジュリエットと出会う。今は物語が動き出す前、といったところか。

 よし、状況はわかった。確実に稽古のし過ぎでこんな夢を見ている。『ロザライン』なんて、物語でロミオから一目惚れされましたっていう情報しかないキャラクターになってるのが何よりの証拠。夢でくらい男役になりたかったが、仕方がない。


「さあ、お嬢様。参りますよ」


 考え込んでいたらいつの間にか支度が整えられていたらしく、俺は衣装さながらの煌びやかなドレスを着せられていた。

 いや、普通に可愛いな、俺。というかロザライン。ロミオが一目惚れするのも頷ける。ロザラインがこんなに可愛いということは、ジュリエットはどうなるんだ?天使か女神に見えるんじゃないか?確か台詞にも実際にそんなくだりがあったような。


「お嬢様!」


「い…今行くわ」


 慌ててドレスの裾を持ち、乳母さんを追いかける。こんなところで稽古の成果が出るとは思わなかった。女性らしい仕草も、歩き方も、研究してきた甲斐がある。あんまり嬉しくはないけど。

 乳母さんに見送られ、恐らくロザラインのご両親と一緒に馬車に乗る。フィクションでしか見たことないけど、我が夢ながら完成度が高い。ロザラインの家や、このヴェローナの街並みも、戯曲一本の情報から作り上げられたにしては。っていうかロザラインの家が思ったよりデカい。確か、ジュリエットの家がキャピュレットの本家的なあれで、ロザラインはその遠い親戚とかだったはず。となるとやっぱり、ジュリエットの家はあれよりもデカいのだろう。親戚中を呼び集めて晩餐会が開けるくらいには。

 …待てよ。こういうのって、貴族のマナーとか、作法とかが必要なやつなんじゃないか?

 気づいてしまった。やばい。どうしよう。中身が男性バレはしないにしても、ナイフとフォーク、いやそれ以前に貴族同士のガチの挨拶なんか知らない。あれか、なんかこう、恭しくお辞儀するよな?何だっけ、カーテシー?とか?いうやつ?それこそドレスの裾持ってやるやつだよな?待ってくれ、そもそも、ヴェローナってどこだよ!?


「どうかしたの、ロザライン?」


「そわそわして、どうしたんだい?」


 ああ、ご両親が何だか微笑ましい目でこっちを見てる。

 そうか、すっかり忘れてたがジュリエットって確か14歳とかそこらじゃなかったか?ということはロザラインも必然的にそのくらいの年齢で、つまり場慣れしきってないお子様という目で見てもらえるのでは!?

 いや、この時代だとそうもいかないか。ジュリエットの婚約の話とか普通に出てるし。晩餐会もジュリエットと婚約者候補パリスの顔合わせが目的みたいなもんだし。

 頑張れ俺のアドリブ力。なりきるんだ、ロザラインに…!


「その…少し、緊張してしまって。お母様、おかしいところがないか、後で見てくださる?」


「まあ、そんなこと。あなたも色を知るお年頃ね」


 ひとまず、危機は脱したようだ。目の前でふふふと上品に笑うお母様に悟られないよう、深く息を吐き出す。つい呼吸を忘れていた。

 どうせ夢だから、こんなに焦らずとも上手いことなんとかなるんだろうが、自分の役には忠実でいたい。いい加減な受け答えはロザラインにも失礼だろう。これは俺のさがというか、癖みたいな、職業病なのかもしれない。

 馬車に揺られること体感1時間。もしかしたら10分くらいかもしれないが、やることがなさすぎてやけに長く感じたのかもしれない。ロザラインはもともと無口な少女なのか、俺が何も言わず窓の外を眺めていても、ご両親は俺に構わず談笑している。この時点で既にロミオとは一方的なエンカウントをされているはずだが、そんな話も特にされなかった。それもそうか、ロミオはロザラインをただ遠めに見て勝手に一目惚れしただけで、ストーカーとかそういうのではないわけだし。キャピュレット家の親戚としては、わざわざ敵方の息子の話なんかしたくもないだろうし。

 俺は脚本を思い返していた。晩餐会が始まり、ロミオとジュリエットが出会えば、ロザラインはお役御免になる。舞台なら別の役として後半に登場することもあるだろうが、今回はどうなるんだろう。普通に考えれば夢から覚めるんだろうけど。ってか長いなこの夢。ずっと馬車に揺られていると、段々電車に乗ってるような気分になって、夢のはずなのに眠気が襲ってきているような、いないような。夢の中で寝るなんてこと、あり得るのか?


「着いたわよ、ロザライン」


 うとうと微睡んでいるうちに、馬車はデカいお屋敷の前に止まっていた。エスコートされ馬車を降り、お屋敷を見上げる。

 いや、デカいな。デカい。もうデカいしか言えない。想像はしてたが、想像の倍くらいデカいし、壁とか天井とか柱には教会でしか見ないような装飾が彫られてる。ジュリエットの家がこうということは、つまりロミオの家もこうである可能性が高いわけで、そりゃあ両家の喧嘩は是が非でも止めたくなるよな。喧嘩っていうか戦争になりかねない家のデカさだこれは。


「ご招待いただきまして光栄です、キャピュレット様」

 

 ご両親の後ろを不自然じゃないくらいの近さで着いて行く。挨拶をしているこの人が、キャピュレット、つまりジュリエットの父親で、隣にいるのが母親。

 ってことは、この、美少女が、ジュリエット?


「お久しぶりね、ロザライン」


 いいんですかそんな可愛い声でそんな眩しい笑顔を俺に向けてありがとうございます!?やばいロミオの気持ちがわかる。これは惚れるわ一目惚れだわ。 彼女の前じゃ男はみんな詩人になるわ。この美しさをどうにかして広めて後世に残そうと思うわ。


「お、お久しぶり、ジュリエット」


 平静を装えてるかは微妙だが、何とか喉から声を絞り出す。年が近い親戚の子だから、面識があるのは当然だけど、こんなに自然な笑顔を向けてもらえる仲だなんて知らなかった。これはロミオ以上の役得なんじゃないか?


【こんな可愛い子が最後…。】


 ふと頭に浮かんだ、予定された物語の結末。世界一有名な悲劇と言っても過言ではないこの作品の最後。

 役者にとって、脚本は絶対だ。だから今、俺が考えてることはきっと許されないことなんだろう。

 でも、でも!これは俺が見てる夢だ。だったら演出も、監督も、脚本だって、俺が改変していいはずだ!俺は最初から、ロミジュリの結末に納得がいかなかった!例え二人が幸せだったとしても、俺はハッピーエンドしか認めない!


「ロザライン?」


 不思議そうにこちらを見つめる天使のような彼女の手を取る。そして、ロザラインとジュリエットのご両親に、伺うような視線を向ける。大丈夫、演技は得意だ。


「お父様、お母様。もう少し、ジュリエットとお話しても良い…?」


「そんなこと。構いませんよ。」


 目線の先、入口の方に仮面をつけた三人組の男性の姿が見えた。そうか、外向けには仮面舞踏会として開催されているんだっけ。遠目で見てもわかる、身なりの良さと紳士の振る舞いと、何より溢れ出てる主人公オーラ。俺はあの三人組からジュリエットが見えなくなるような位置に立つ。


「ありがとう、ロザライン。私もね、もう少しあなたとお話したいと思っていたの」


 照れてはにかんだ笑顔のジュリエット可愛すぎないか?絶対に守る。神様仏様シェイクスピア様に誓う。

 ジュリエットのハッピーエンドが何なのかはわからないが、ここでロミオと出会えば間違いなく原作ルートに突入する。考えろ、いくつか分岐があるはずだ。ロザラインという立場でどこまで介入できるかもわからないし、確実なところから攻めて行こう。

 まず、ここでロミオをジュリエットに会わせないことが重要だ。ロミオは作中でも散々『顔が良い』と言われるほどの美青年。会えばジュリエットも一目惚れしてしまう。それはいけない、本当にいけない。


「今夜、パリスさんという方とお会いすることになっていてね…ヴェローナの太守様のご親戚で、とても良いお方だというのはわかっているのだけれど、私も初めてお会いする方でしょう?お父様は気がお早いから、もう結婚を決めてしまうのはどうかって仰るのよ」


「それは…急なお話ね。私だったら、もう少し、そのお方のことを知る時間がほしいわ」


「そうでしょう?良かった、あなたならそう言ってくれると思ってた」


 うん、俺、絶対この子を幸せにする。

 ジュリエットはパリスとの結婚に乗り気じゃないのか。見ず知らずの相手の嫁になれって言われてるんだから、そりゃそうか。じゃあパリスと結婚ルートも排除しつつ進める必要があるな。


「叔父上!なぜです!?」


 突然の怒鳴り声に思わずそちらを向くと、ジュリエット父に青年がものすごい勢いで迫っていた。なんかもう、すごい剣幕で。古い表現だけど、頭から湯気が出るんじゃないかってくらい。


「あれは憎きモンタギューの…!」


 あ、わかった。恐らく、あの怒ってるのはジュリエットの従兄弟、ティボルト。キャピュレットの催しに何でモンタギューのロミオが~って感じだった気がする。

 ジュリエットは、というと、何だか呆れた顔でティボルトを見ていた。


「いつものことなの。気を悪くしないでね」


 よし、原作には全くないけどティボルトのルートも排除しよう。このくらいの年頃だと、ああいう少し危なっかしいのに惹かれる可能性もあるし、何よりティボルトは、原作だと死んでしまう。そんなのハッピーエンドじゃない。


だったら、ジュリエットに悲しい思いなんてさせないのに…」


 うわ思わず声に出てた。

 ジュリエットが驚いたようにこっちを見てきた。やばいどう誤魔化そう。


「その、ね?人に迷惑をかけてはいけないでしょう?」


「…ふふ、変なロザライン。でもありがとう」


 立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花、その微笑みは薔薇の花。ついつい無駄なことを考えてしまうほど、何度見ても可愛いなジュリエット。守りたいこの笑顔。


「ロザライン!」


 目の前に仮面をつけた青年が来た。ロザラインの名前を嬉々として呼ぶということは、間違いなくこいつがロミオ。ちくしょう、仮面越しでも顔が良いのがわかってものすごく悔しい。でもひとまず、まだジュリエットのことは気づかれていないようだ。


「ああ、こんなところで出会えるなんて、きっと神様の思し召しだ。ねえ、僕の妖精。覚えているかい?君に囚われた憐れな羽虫のことを?」


 流れるような仕草で手の甲にキスをされ、よくわからない口説き文句を聞かされている。こいつモテるんだろうな。なんだろう、周囲の女性たちの視線も相まって無性にムカつく。突然着てる服が木っ端微塵にならないかな。


「キューピッドの矢は今になって君の元へ届いたんだね。数多の人々が集う中で、僕がこうして君を見つけられたのはきっと運命に違いないよ。それともこれは、都合の良い夢でも見ているのかな」


 ふと、誰かに腕を組まれたような気がした。見ると、なんとジュリエットが!ロザラインの!腕を!ふくれっ面で組んでる!しかもロミオを睨んでる!えちょっと待ってどういう状況?


「失礼、どなたか存じませんが、ロザラインは私と楽しくお喋りをしていたの。水を差すのは野暮ではなくって?」


 ん?


「やあ、これは失礼。ロザライン、君は本物の妖精のお友達がいたんだね。小さすぎて気がつかなかったよ」


「ロザライン、あなたは本当にいろんな方に好かれているのね。でも悪い虫には気をつけなくちゃ」


 待て待てこれは。


「僕の海よりも広く、谷よりも深い愛がわからないのか?」


「リボンで彩られた私たちの絆が見えてらっしゃらないの?」


「縛られた小鳥に大空の素晴しさを伝えるのが僕の使命だ」


「そこに温かい毛布と十分なお食事があればのお話でしょう?」


「「ねえ、ロザライン?」」


 これは…予想外過ぎる!!

 え、何でロミオとジュリエットが言い合ってるの!?

 ロミオとジュリエットはお互いに一目惚れし合うんじゃなかったの!?

 考えてる暇がない、二人はロザラインの返答を待ってる。明らかに待ってる。もう、あなたは私を選んでくれるよねって目だもん。圧がすごい。どうしよう。


「え…えっと…私のために、争うのは、やめてほしい、わ…」


 くっ、我ながら苦しすぎる発言。しかしどうやら二人には効果があったらしい。


「ごめんね、ロザライン。君に迷惑をかけるつもりじゃなかったんだ」


「ごめんなさい。嫌いにならないでね?」


 しゅんとして上目遣いでこっちを見てくるジュリエット可愛い。って、今はそれどころじゃない。

 選択肢の一つで、ロザラインがロミオと結ばれる、というのも考えてはいた。そうすれば、最悪死ぬのはロザラインってことになるし、ジュリエットの安全は保たれる。でもこの状況だと、どうやらそうもいかなそうな予感がしてる。なぜかロミオに敵対心バチバチのジュリエット。ここでロミオを選べば、それはそれでジュリエットを傷つける結果になるかもしれない。いやでも、うーん…。


「おい、ロミオ。その子が噂のロザラインか?へえ、こいつはお前が恋に患うのも納得だな。月の女神、太陽の女神、海の女神だって敵わないって気持ちがわかるぜ。で?お前の病は治る兆しが立ったのか?どうなんだ?」


「口を慎めよ、マキューシオ。ロミオ、そろそろ時間だ」


 また面倒そうなのが集まってきた。えっと、こっちのよく喋るのがマキューシオ、ってことはもう一人の方がベンヴォーリオか。マキューシオはヴェローナ太守の親戚、つまりパリスとも遠い親戚で、ベンヴォーリオはロミオの従兄弟だったはず。長ったらしい名前しやがって。マキオとベンでいいか。


「なんてことだ。これから愛の詩の朗読をしようというところだったのに、時間だなんて。こんなに時の巡りを恨んだのは初めてだ」


「恋は重ねるほど燃え盛るって話だ。明日にはさらに勢いを増してるな。賭けてもいい。お前は今晩、寝る間もなく女神への称賛と賛辞の詩を書き連ねるつもりだろ?」


「おい、その、後ろの女性…」


 ベンは何やら慌てた様子でジュリエットを見ている。あれ、ここって恋愛フラグあったっけ?いや違うわ、あれだ、こいつら、まだジュリエットがキャピュレットの娘だって気づいてないんだ。


「女神のお付きの妖精が何か?」


「馬鹿、彼女はキャピュレットのご令嬢だ。まずいぞ、お前の女神もキャピュレットの一族だ」


「なんだって?ああ、神よ」


 ロミオは結局、ベンに引きずられるようにして屋敷を出て行った。しかしまだ気は抜けない。この後、本来ならジュリエットのバルコニーにロミオが不法侵入するイベントがあるはずだが、今回のロミオはまだロザラインのことしか眼中にない。


「道理で、お顔立ちの良さしか取り柄のない方だと思ったわ。あの人、モンタギューのご子息だそうよ。ロザライン、怖かったでしょう?」


 そんなそんな心配してくれるんですかありがとうございます。いやいや喜んでる場合じゃない。原作通りなら、ロミオはしばらく屋敷の周囲をうろついてるはずだ。突拍子もない行動をされるのが一番困る。ロミオの行動を把握するためにも、ここは。


「ジュリエット…今晩は一緒にいてくださらない?とても、一人きりで部屋にいることなんてできないわ…ねえ、お願い。私のわがままを許してくれる?」


 正直、やりすぎだと思う。いやいや考えるな。今の俺はロザライン、ロザライン。思春期真っただ中の女の子。見せるんだ、俺の役者魂を。ここで発揮しなくていつ使うんだ。


「まあ…もちろんよ。お父様にお話ししてくるわ。今夜は私たち、一緒のお部屋で過ごすわ、って」


 ジュリエットは何だか嬉しそうにしている。可愛い。

 これで、ロミオの不法侵入イベント自体は発生するはず。問題は、そこで話をどこに持っていくかだ。正直、ロミオがずっとロザラインを見てくれるなら、それはそれで上手くかわし続ければいいだけの話だから楽なのだが、いつどこでジュリエットの気が変わるかわからない。かといって安易にロミオと婚約をして、俺が死ぬエンドに向かうのはジュリエットが悲しむ。いっそのこと、ロミオとマキオ辺りでBLルートでも開拓するか…?いや待て早まるな。ロミオと婚約したとして、俺はこの後に起こることを知ってる。つまり、上手い具合に死なないようなルートを開拓することができるんじゃないか?となると、次の障害はロレンス神父か。


「お泊りなんて、久しぶりね。何だかわくわくしちゃうわ」


 ジュリエットの部屋は、ロザラインの部屋より広く、凝った家具がたくさん置いてある。そんなことよりパジャマに着替えたジュリエットが可愛い。わくわくうきうきしてるのも可愛い。そしてきっとロザラインもお揃いのパジャマを貸してもらっているので可愛い。生地も上質な感じがするし。これを、この状況を外から眺めることが出来ないのが唯一の不満だ。


「来て、ロザライン。ここから星が見えるのよ」


 ジュリエットと並んでバルコニーに立つ。さりげなく下を見ると、生垣ががさごそ動いていた。確実にロミオだな。さて、会話の中でどうやって切り出そうか。


「それにしても、あんなに失礼な殿方だとは思わなかったわ」


 おっと、ジュリエットから話題を振ってくれるのはありがたい。ここは便乗させてもらおう。


「ええ、そうね。でも、あんなに真っ直ぐに見つめられたのは初めてだわ」


「ダメよ、ロザライン。相手はあのモンタギュー。長く憎んできたあの家の人間なのよ」


 うん、ごもっとも。でも、それに対する答えは、原作のジュリエットが既に出してる。


「『名前がどうしたの?私たちがバラと呼んでいるあの花の、名前がどう変わろうとも、香りに違いはないはずよ。彼もきっとそう。仇敵かたきはその名前だけ』」


 視界が歪む。突然のことで咄嗟に手すりを強く握る。いや、握っちゃダメだって言われてたんだっけ。誰に?そう、確か本番前の、最後の通し稽古の時…。


「ロザライン?」


 至近距離に美女がいる。眼福とはまさにこのことか。


「お言葉通り、頂戴しましょう。ただ一言、僕を恋人と呼んでください」


 地上から聞こえる声に、ジュリエットがバルコニーから身を乗り出す。危ない、いや、危なくない、のか?金属製の手すりは頑丈で、ちょっとやそっとの衝撃じゃ壊れそうもない。どうしてこれが壊れるなんて思ったんだろう。


「誰なの?夜闇に紛れて、乙女の秘密を盗み聞くなんて」


「おや、その声は我が女神の妖精じゃないか。おかしいな、僕の耳が女神の声を間違うはずがないのに」


 ジュリエットの隣に並び、バルコニーから下を覗く。すると、この距離でもわかるほど、ロミオの瞳が輝くのが見えた。もう仮面はつけていない。やっぱり、思った通り顔が良すぎてムカつく。


「『そのお言葉の響き、声にはっきり聞き覚えがありますわ。あなたはロミオ、モンタギュー家のロミオじゃございませんか?』」


「あなたがお嫌いなら、僕はそのどちらでもありません」


「まあ、口では何とでも言えるでしょう。ここで私たちが大声を上げれば、あなたはたちまち殺されてしまうのはわかっていらして?」


「よく囀る妖精だなあ。僕は今、ロザラインと話しているんだ」


 本来なら、ここで2、3ページ分くらいのかなり長い尺を取って、ロミオがいかに本気でジュリエットを愛しているかの問答が入るのだが、まあ、それは割愛するとして。頭の中で脚本をめくり、目当ての台詞を探し出す。


「『もし、あなたの愛が真実まことの愛であり、そして本当に私と結婚なさるおつもりなら…』」


 さて、この先はどうしようか。結婚する気はないが、近くにいてもらう必要がある。 あ、いいのがあるじゃないか。日本が誇る、伝家の宝刀。


「…それに見合ったお品物を持ってくるのが筋ではなくって?」


 かぐや姫形式で行こう。ただ問題は、当時の有力貴族の経済状況をよく知らないことだ。何を持ってこさせよう。手に入れられそうで出来なさそうな、かつ時代と地域に見合った女性がほしがる品物。


「いい考えだわ、ロザライン。持ってくるのは妖精の羽根にしましょう、ね?」


 これまたありがたい助け船が来た。こちらの意図を瞬時に汲んでくれるなんて、ますます好きになっちゃう。


「そうね、妖精の羽根がいいわ」


「…それが君の望みなら、必ず。待っていて、ロザライン。君のために持ってくると誓うよ」


 若干の罪悪感がないわけではないが、これでひとまずロミオは妖精の羽根を探すだろうし、進捗の報告に会いに来るはずだ。そして知恵を借りるために、ロレンス神父にも会いに行くだろう。うん、付け焼刃にしては、上出来なんじゃないか?


「嬉しいわ、しばらくうちに泊まってくれるのね、ロザライン」


「え?」


「だって、そうでしょう?ロミオにあなたの家の場所を教えるわけにはいかないもの」


 そうか、考えてなかった!ここでロミオとのイベントを進めてしまったから、これ以降もロミオと会うのはこの場所になって、つまりそれはジュリエットとしばらく一緒に過ごすということで。まあ、ロザラインが普段何をしているのか全く知らないが、何とかなるだろう。

 ジュリエットが手を握ってきた。そのまま、一人で寝るには広すぎるベッドに二人で潜り込む。女子同士の距離感ってこんなに近いものなのか?それとも俺の頭が勝手に都合の良い幻影を作り出してるだけ?


「おやすみ、ロザライン。良い夢を」


 ジュリエットはそう言って目を閉じた。寝顔も可愛い。

 っていうか、これは夢、だと思っているんだが、夢だよな?まあ、細かいことはいいか。夢だけどいろいろあって疲れたし、大人しく寝よう。美少女と添い寝なんて、滅多にない経験だし。

 夜空に瞬く、数多の星に見守られながら、1日目は、そうして過ぎていった。

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転生したらロザラインだった件~ロミオは私がいただきます~ チヌ @sassa0726

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