ぼくたちの関係は恋愛じゃない(はず)

@andynori

第1話 破局(A)

「ぁ……ぁあっ、そこっ……そこダメッ……もっ……ぅ……ダメェ――ッ! んっ、チュッ」


 たっぷりと時間を掛け、トロトロに溶かしきった秘部を二本の指を使って優しくかき回してやると、息も絶え絶えになった紗友美が俺の首に両腕を回し強引に唇を重ねてきた。


「んむっ――」


 差し入れられた紗友美の舌に応えつつ、中の指はそのままに親指の腹で小豆ほどに膨れたクリトリスを嬲るように擦ってやれば、


「んっ、アッ――、いく……コウくん、あたしもうイッちゃうぅ――ンンッあぁあぁっ!」


 彼女は全身を小刻みに震わせ果てた。


「――ハァッ……、ハァ……、はぁ……。んっ……ふぅ……、はぁぁぁ……。……ね、もう入れよ?」

「ん」


 絶頂の余韻を引きずりつつ挿入続きを望む紗友美に軽く頷き、「したらばゴムを―」とベッドサイドで待機中のコンドーさんに手を伸ばしかけたところで、


「待って」


 紗友美が待ったを掛けた。


「……」

 

 ――またかよ。めんどくせぇなぁ。

 内心で毒を吐きつつ俺は無言で彼女を見下ろす。自分のことだからいちいち鏡を見なくたって分かるが、たぶんいま俺の表情は完璧に抜け落ちている。それはおよそ恋人に対して――それもセックスの真っ最中に――晒すような顔ではないのだろうが、おそらくはこの後、紗友美が高確率で口にするであろう言葉がありありと想像出来てしまう――因みにその言葉はこれまでに幾度となく俺を閉口させてきた――ため、沸き起こる負の感情を抑えようもない。

 ああ⋯⋯萎えそう。つい先程まで元気いっぱいだったのに、このままでは息子の戦闘形態が解けてしまう。

 しかして紗友美は、自分の恋人が暗黒面に堕ちかけていることなど知ってか知らずか――まあ、たぶん知ってるんだろうけど――熱く潤んだ瞳で俺を見つめ、俺にとってはもはや嫌な意味でお馴染みとなってしまったセリフを口にする。


「今日、大丈夫な日だから」

「……」


 だから生で致そうと。

 ねーわ。




 ここ半年ほどだろうか。こんなふうに紗友美が繰り返し「生でしよう」アピールをしてくるようになったのは。

 彼女の狙いは分かっている。俺との間に子供を作ろうとしているのだ。さらに言えばその先に俺とのできちゃった結婚――最近では授かり婚と呼ぶのが主流らしいが――を目論んでいる。その根底には――俺が言うのもなんだが――俺を絶対に離したくないという想いがあるようで、それ自体は嬉しく思う。 たしかに重い想いではあるが別に重荷には感じない。

 俺だって紗友美のことは好きだし、好きと具体的に何がどう違うのかはよく分からないがたぶん愛してもいる。俺としてもできればずっと一緒に居たいと考えいるが……しかし、それはそれとして結婚については今のところ全く考えていない。ましてや子供を作り育てていくなど想像の上ですら埒外である。考えたくもない。

 一応、誤解のないよう述べておくが、これは別に相手が紗友美だから嫌なのではなく、青井航汰という個人の抱く主義主張の問題だ。

 俺は恋愛期に於ける情熱によって結ばれた関係が、婚姻届という紙切れ一枚を通して「夫婦」という社会的な型枠に嵌められるた結果冷めてしまうかもしれないのが嫌なのだ。「役割性格」という言葉があるように、人の性格はその人に与えられた社会的役割によっても作られる。夫婦という役割ロールを得たことによって、互いの性格が夫とその妻という役割らしいものへと変化し、結果その後の人生が単に「いわゆる一般的日本人の考える理想の夫婦像」を目指すなり演じるなりするためだけのロールプレイのようになってしまうのが何よりも怖い。

 怖いといえば紗友美の子供を使って俺を自分の元に縛り付けようとする姿勢もだ。子供というものは男女間の駆け引きの道具として使って良いようなものではないだろう。きっと、たぶん、何かもっと尊いもののはずだ。子供なんて絶対に欲しくない俺だが、そのくらいの倫理観はある。その点、躊躇がなさ過ぎる紗友美はたぶんマジ○チだ。

 第一、わざわざそんなことをしなくても、俺からは決して紗友美お前と離れたりしないとこれまでに何度も何度も……それこそ口を酸っぱくして伝えているというのに。こうなるともう全てが徒労に思えてくる。まったくもってため息しか出ない。




 実のところ俺達は過去に一度だけゴムの被膜を介さずに繋がったことがある。それは俺達が初めて致した日のことだ。当時の紗友美はまだ正式には俺の恋人ではなかった。今野紗友美という女性は、ある日俺が正社員として勤める職場に派遣社員としてやってきた。可愛らしい容姿をしていたが、どこか陰がある女性、というのが初対面での印象だった。

 たまたま教育係に任命された俺は、仕事の合間に交わした私的な会話から彼女には「DV癖のあるヒモ野郎」という大層ろくでもない彼氏が居ることを知った。大変苦労している様子で、本人は懸命に誤魔化していたが顔面に明らかに暴力によって付けられたとしか思えない痣を拵えて職場に来たこともあった。

 義憤に駆られた俺は、遠回しに「そんなやつとはさっさと別れたほうがいい」と何度も説得を試みた。が、紗友美は「ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」と言って力なく笑うばかり。彼女の煮え切らない態度に業を煮やした俺は最終的にキレた。……まあ、アレだ。その頃にはもう彼女のことが好きだったのだ。

 もはや義憤ではなく私的な怒りが爆発した俺は紗友美に対し「もう放って置けるか、俺が話をつけてやる!」と迫った。紗友美は困ったようなでもどこか嬉しそうな顔をしつつそれでも「大丈夫です」と繰り返したが、最終的には「このままではこの人は俺が納まらない」と判断したようで、「じゃあ、今夜話を聞いてもらっても良いですか?」と俺を私的な会合――というか二人飲み――へと誘った。無論、俺に否はない。

 後になって冷静に振り返れば、あれは紗友美がDV彼氏から逃れるため自分に気のある男に自身を略奪させようと――要するに乗り換えようと――目論んだ策略だったのかもしれないが、その時点で俺はすでに彼女のことが好きだったので何も問題はない。まったくもって女性とはたとえ弱っていても斯くも強かな生き物なのである。

 そしてものの見事に手のひらで転がされた俺はその夜、晴れて紗友美と結ばれることになったわけだが……そこで紗友美に求められたのがコンドーさんの介入を排したノーガードでの頂上決戦だったのだ。もちろん俺としてはかなり躊躇した。が、「(今の彼氏と別れるために)勇気が欲しい」と言われてはさすがに断れなかった。それは俺の願いでもあったからだ。酔った勢いというのもあっただろう。それが俺と紗友美の最初で最後の生ックスである。ちなみに中出しだけは意地で回避した。正常位で果てる直前、腰を脚で固定だいしゅきホールドされた瞬間はかなり本気で焦ったが。

 後に本人から「安全日だった」と打ち明けられたが、そんなものはあくまでも「女性が妊娠し難い日の目安」なのであって、決して「安全日なら中出ししても妊娠しない」というわけではないのだ。要するに男女が剥き身で粘膜コミュニケーションを行えばそこには常に妊娠の可能性というリスクが付き纏うのである。

 物理的にも精神的にも準備万端で子宝を望むというのならともかく、二人の愛情を確かめ合うため、あるいは単に快楽を求めたり性的欲求を満たすためにセックスをするのであれば、コンドームによる避妊は絶対に行われるべきだ。ピルという手段もあるが確実ではない。やはり破損さえしなければほぼ百パーセントの避妊力を誇るコンドーさんこそ避妊具界の王者――いや守護神と呼ぶに相応しい。

 ノーモア、生ックス。

 ビバ、ゴムックス。

 ……正直、初生合体から二ヶ月程の間は気が気ではなかった。




 ――。

 さて、モノローグに浸るのもこれぐらいにして、いい加減現実に向き合わねばなるまい。具体的にいうと今も俺の下で生挿入を待つ紗友美に。

 俺は重く澱んだ気持ちに喝を入れ、さらには先程達した際に見せた紗友美の可愛らしくもいやらしい表情を思い返して勃起パワーを維持しつつ、努めて優しく口を開いた。


「紗友美。安全日でもデキるときはデキるよ?」


 そうなったら困るよね? という思いを言外に込める。


「その時はその時でしょ。あたしはそうなっても全然構わないし」


 けろり。いったい、それの何が困るの? といった表情で俺を見つめ返す紗友美さん。


「……」

 

 まあ、そりゃそうよな。お前さんは寧ろそれを狙っているわけだし。でも、俺が困るんだよ。だって、


「んー……俺としては別に子供とかいらないかなぁ……って」


 俺はずっとこう言って主張してきたわけだし。


「どうして」

「どうして、って……。そりゃ――……」


 もう何度も答えただろうよ。いまさら「どうして」とか言うなし。あー、なんかもうダルいなぁ……。でももう少しだけ頑張るかー。


「――俺が好きなのはあくまでも紗友美本人であって、その子供にまでは俺の好意の範囲は及ばないかもしれないよって、何度も話したよね」

「でも、実際に生まれたら変わるかもしれないよ? みんな、自分の子供は違うって言うじゃない。コウくんみたいなことを言ってる人に限って、将来子煩悩なパパになったりするんだよ」


 それで、実際そうならなかったらどうするんだよって話なんだけどな。

 まあ、ここで正論を返しても紗友美はさらに感情的になってしまうだろうし……少し攻め方を変えてみるか。


「俺は紗友美がママになって子育て中心の生活になるのは嫌だな。たぶん俺、子供に嫉妬すると思う」


 我ながらずいぶんとまあ恥ずかしいことを言っているなあと思うが、これは本音でもある。たとえ相手が自分の子供であっても恋人との時間を取られたいとは思わない。


「えぇ~、コウくん嫉妬とかあんまり似合わないけどなんかちょっと嬉しいかも」


 そう言ってニヨニヨと口元を歪める紗友美を見て、この路線に手応えを感じた俺はさらに踏み込む。


「それに妊娠・出産て世間じゃ簡単に言うけどさ、実際はけっこうリスクあるよね? しかもそのリスクの大半を背負うのは女性側だし。俺は紗友美にそんなリスクを背負わせたくないし、万が一のことでもあったら生きていけないよ」

「コウくん……」


 少し湿った声で呟くように俺の名を口にする紗友美。その瞳が先程までとは違った潤いを帯びているのは決して気の所為ではあるまい。ふはは、勝ったな。

 勝利を確信した俺はすっかり待ちぼうけを食らったコンドーさんに改めて手を伸ばす。


「着けるよ?」

「……うん」


 少しだけ拗ねたような顔をしたが、今度は紗友美も止めなかった。


 「……いい?」 


 ゴムを着け終えた俺ははち切れそうな分身を紗友美のクレバスにあてがいつつ尋ねた。

 こういうとき、何か一言言わずにはいられないのって、何でなんだろうな。


「うん、きて」

「んっ」


 紗友美の同意を得た俺は腰に力を入れ、彼女の内側へゆっくりと侵入を果たした。


「アッ――」

「くっ……」


 キツい。どうやら入れただけで甘イキしたらしく、膣圧がハンパない。

 そもそもが小柄なせいか紗友美の膣はとても狭い。俺が前戯に時間を掛けるのも、彼女のデリケートな部分になるべく負担を掛けたくないからだ。よって、入れた後も馴染むまではしばらく動かずにイチャイチャするのがいつもの流れだった。


「いま、軽くイッたでしょ」

「……そういうこと、いちいち言わなくていいから」


 紗友美が恥ずかしそうに目を逸らす。もう何百何千回と行為を繰り返してきたのにも拘らず、こういう初々しさを失わないところも好きだった。


「ん」


 なんとなく愛おしくなり、唇を重ねる。舌先で紗友美の唇をこじ開け、上下の歯茎を丹念に舐めてやると、


「んんぁっふぁっコウ……っくぅん」


 彼女も鼻に掛かった吐息を漏らしながら懸命に舌を使い好き勝手動く俺の舌を絡め取るように応えてくれる。俺達は互いにキスに夢中になり薄暗い室内に暫しの間クチュクチュという淫靡な音だけが鳴り響いた。


「んんっ……ぷはっ」

「んふぁっ……ハァッハァッ……」

「生きてる?」


 ややあって長い口づけを終えると、あまり体力の無い紗友美はすでに満身創痍といった有り様ですっかりできあがった顔をしていた。


「……ぅん、なんとか。いまさっき死ぬところだったけど。んねぇ……もぉ動いて」

「はいよ」

「んっ……んぁっ、んっ、ンンッ……ンァァァアアアッ――」


 求めに応え、紗友美の反応を確かめつつ徐々に抽挿を強めていくと、それに従って彼女の喘ぎ声もくぐもったものから徐々に甲高い悲鳴のようなものへと変化していく。


「気持ちいい?」

「んっ、あ! きもち……ぃ! ィイのぉ! もうダメッ、ダメダメッイクッ、あたしイッちゃうからぁあッ」

「はは、ナカ、めちゃくちゃ締まってるよ? ほら、ここでしょ? ねえ? ほらほらほら」


 軽く言葉で嬲りつつ、知り尽くした紗友美の弱いところを集中的に攻めてやれば、彼女はイヤイヤをするように髪を振り乱し俺の背中に爪を立ててくる。


「――アッアッアッむりっ、無理っ、死ぬっひんじゃう! あっくるっスゴいのキちゃう――ねぇ、イッていい? あたしもうイッてもイイ!?」

「くっ……ああ、ほら……っ、イケよ……思いきりイッちゃえ!」


 そう言ってラストスパートを掛ける。

 そして、


「――ック、イクの……イッちゃうぅ~! あっぁっああああぁァァアアア!!」

「うっ」


 紗友美が果てるのと同時に、俺も彼女の中で――無論ゴム越しに――精を解き放った。



「ああ……なんかめっちゃ出た気がする」

「出てたね」


 コトを終え、しばらくは紗友美に覆いかぶさったままだらけていたが、息子も徐々にフニャってきたことだしいい加減抜くことにする。


「ん? 思ったより少ない……」


 にゅるんと抜き出されたオティンティン――に被さったままのコンドー氏。しかしながらその溜まり部分に溜まっている精子が思いのほか少ないような気がした。出したのは三日ぶりだったし、本人の感覚としてはこの倍はあってもおかしくないというか……


「!」


 ――まさか。

 脳裏に電撃的嫌な予感が走った俺は、コンドームの開口部側を左手の親指と人差し指で摘むと、だらりと垂れ下がったそれを右手の親指と人差し指で挟み上から下へと扱き下ろした。

 するとどうだろう――


「げっ」


 本来、押された空気で先端の溜まり部分が僅かに膨らむはずのコンドーさんは、悲しくもしおしおと萎んだまま先っちょからぴちょんと白濁した水滴を零したではないか。


「……穴」


 穴、空いとるやないかーい! 

 なんということでしょう。股間のSPことコンドーさんであっても、これではさすがに全く仕事が出来ていないではあ〜りませんか。

 いやいや、嘘だろう? 嘘だと言ってよバーニィ……。

 経年劣化? いいやあり得ない。今回ご登板願ったコンドーさんには製造年月日的な瑕疵など全く無かったはずだ。大体にして破れるんならともかく穴? それもピンポイントで先端に? 

 いや、ねーわ。

 これはもう十中八九人為的破壊工作の賜物である。たぶん安ピンか何かでブスリとやったのだろう。

 そして俺の周りでわざわざこんなことをする人物もそれによって何らかの利益を享受し得る人物も一人しかいない。


「……ちょっと、紗友美さん?」


 俺はこの件に関して目下のところ最も疑わしき人物をじとりと睨んだ。

 いやもうね、疑わしいというかほとんど真っ黒ですわ。こんなの見た目は子供、頭脳は大人なメガネくんに毎回のように眠らされているポンコツ探偵にだって解ける謎ですわ。


「……コウくんが悪いんだよ」

「はい?」

 

 先程までの蕩けた表情は何処へやら。ハイトーンの消えた瞳、全体としては虚無。え、怖いんたが。


「あたしはコウくんと結婚して、コウくんの子供を産んで、コウくんと幸せな家庭を築きたいの。なのにコウくんたらいつまで経っても結婚も子供も嫌だいらないって……ならなんであたしたち付き合ってるの!? 結婚する気もない相手と一緒に住んでるの!? あたしはコウくんの何!? セフレなの!? ただ楽しければいいの!?」

「お、おい」


 ちょ、一旦落ち着こうか。ダメ?

あっ、ハイ。ですよね~。


「ねえコウくん、あたし達付き合ってもう三年経つよね。お互いにいつまでも若いわけじゃないんだよ? コウくんなんてもうアラサーでしょ。将来とか老後のこととかちゃんと考えてる? 子供は絶対にいたほうが良いよ? ちなみにだけど妊娠や出産に関するリスクなんて言われなくても分かってるよ?  だから焦るんでしょ? 初産が高齢出産だなんて絶対に嫌だから今のうちに産みたいの。できれば最低二人は産みたいの。一人目は絶対女の子。コウくんが好きだから、好きな人の子供だから産みたいって思うんだよ? ねえ? これって、そんなに変なことかな? あたし、おかしい? おかしいのはコウくんのほうでしょ? ねえ? なんとか言ってよ!」

「……」


 まさかここまで思い詰めていたとは……。

 ぐうの音も出ない俺は無言のままベッドから降りると、おもむろに膝をつき土下座した。


「………………ごめん、別れよう」

「………………本気で言ってるの?」

「ああ」

「ずっと一緒じゃなかったの?」

「いまでもそうしたいと思ってる。……でも、紗友美の希望は俺には叶えられそうもない。それじゃ駄目なんだろう? だからごめん」

「……そう。わかった」


 頭上から沈んだ声が降ってくる。

 

「……とりあえず、今夜はネカフェにでも泊まるよ」


 そう告げた俺はあまり紗友美のほうを見ないように立ち上がり、適当な服を身に着けると、サイフとスマホだけ持って部屋を出た。

 玄関のドアを閉める際、奥から聞こえてきた嗚咽が胸を締め付けた。 




「はぁ……」


 とぼとぼと夜道を歩きつつため息を漏らす。

 

「あーあ」


 思いきり傷つけちゃったなあ……。大事にしたかったのに。何やってんだろ俺。


「おかしいのは俺のほう、か……」


 いやはや、まったくもってごもっともすぎて返す言葉も見つからない。男女関係の在り方についてはたしかに俺のような考え方のほうが少数派――異常だろう。

 それでも紗友美とは三年近くも続いた訳だし、いつかは理解してもらえるんじゃないかと思っていたのだが……まあ、


「無理だよなー……」


 何しろ俺自身も全く変われないのだから相手にだけ変化を求めるというのも道理が通らない。

 結局、俺と紗友美の譲れない一線は互いに決して交わることのない平行線だった――と、それだけのことなのだ。


「はぁ……」


 だからといって早々に割り切れるはずもなく。さすがにしばらくは引きずりそうである。




 ――などと考えていた時期もありました。


「………………は?」


 翌日、朝イチで帰るのもなぁ……まだ顔合わせたくないなぁと、うだうだ午後遅くまでネカフェで過ごし帰宅した俺を待ち受けていたのは、たった一晩ですっかり変わり果てた我が家であった。

 ……いや、変わり果てたというか。ナニコレ原状復帰? というか。

 各所を見て回った結果、


「紗友美の私物は当然として――。はぁ〜テレビも無ェ、レンジも無ェ、家電はほとんど残って無ェ……ってか」


 あとは紗友美のお気に入りだったソファに、ロボット掃除機とダ○ソンも無ェな。

 さすがに冷蔵庫に洗濯機、エアコンといった大物家電やベッドは残されていた。

 テレビ? うちにあったものは三十ニ型でさほど大きくはなかったのよね。むしろ今時としては少々小さいくらいだろう。

 他にパソコンと周辺機器――まあ、さすがにこれは完全に俺の私物だしな――も残っていた。


「いやー、見事にやってくれたなー」


 あまりにも見事というか、鮮やかすぎて怒りも湧かない。むしろ清々しくすらある。


「まいったね……」


 と、伽藍洞になった部屋を眺め憮然としていると、


 ――♪


 不意にラインの通知が届いた。


『見当たらないものは全て私がいただきました。ごめんね。慰謝料を払ったとでも思って諦めてください』

「……まだ三年経ってないんだが」


 ――♪


『いままでありがとう。元気でね』

「………………お前もな」


 まあ、いっか。とりあえず、刺されなかっただけ良しとしよう。


「さて、これからどうすっかねぇ」


 この約三年間、プライベートな時間のほとんど全てを紗友美と過ごすことに費やしてきた俺である。何もかもが彼女ありきの生活であったため、いざこうして独り身に戻ってみるとこのあり余った時間をどう使い過ごしたらいいのかが分からない。


「んーむ」


 久しぶりに友人らを誘って飲みに行くのはどうだろう。しかしながら連中ともここのところすっかり疎遠になっており、こちらから誘うというのもいまさら感があって若干抵抗がある。


「あ」


 ――そうだ、もうすぐアレがあった。

 閃いた俺は、おもむろにスマホを開くと検索サイト経由でとあるイベントのオフィシャルサイトにジャンプした。


「えーと……。チケ、チケ……先行は当然終わってるとして一般は〜……っと、おぉっ、まだ買えるじゃん。やったね。ほい、ポチッとな。っし。いや〜、クッソ久しぶりだなぁ」


 オラ、わくわくすっぞ!


「さて、参戦を決めたからにはこうしちゃおれん」


 まずは買い物だ。


「よーし」


 散財するぞー。

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