タイムスリップした現代の天才武器少女と古代残虐鬼王の世界征服物語
海闊天空
第1話 自業自得
仙気門の向こう側にある不毛の丘には人がほとんど訪れない。早朝の今、山や森の中は静寂に包まれており、聞こえるのは風が木の枝をすり抜ける音のみであった。
あたりには甘い香りが漂っており、思わずその芳醇な香りに溺れたくなるほどだ。
絨毯のように厚く葉っぱで覆われた地面に、一人の女がうつぶせに倒れていた。季節は6月の夏、衣装は軽く薄く作られており、ひと目見ただけで魅了されるほど彼女の絶妙な曲線を強調していた。
「急げ!弐!お前は淫毒を飲んでもう4時間以上経っているんだ、早く出さないとおかしくなってしまうぞ。」
しわがれた男性の声が沈黙を破った。
曲がりくねった道から二人の男が現れた。左側で話している男は顔色が黄色く普通の風貌だが、弐と呼ばれた男は恐ろしく背が高かった。彼の顔は火を噴くのではないかと思うほど紅潮し、両目は充血し飛び出そうなほどギラギラとしていた。その目は、獲物を見つめる空腹のニシキヘビのごとく色欲にとらわれ、地面の女を見ていた。
弐はその風貌とは裏腹に不安そうに口を開いた。
「なぁ、肆よ。門主夫人が言ったことは本当だろうか?あの女を襲って、彼女の心臓の血を飲み干せば、この淫毒を解毒できるってのは、、、」
「お前をだまして何の得になるってんだ?それに、彼女は林の中で一晩中走り回り、迷甜花の香りをたっぷりと吸い込んでるから目が覚めることはない。早くしろ。」
肆はそう言いながら、女の美しい身体を見て唾をのんだ。
かわいそうな少女は迷甜花林に逃げ込めば追ってから逃げられると思っていたかもしれない。しかし、この迷甜花の香りは幻覚剤と軟筋散を混ぜ合わせた毒であり、大量に摂取すれば、仮に幻覚剤から目を覚ましたとしても指一本動かすことさえままならないはずだ。
弐は不安に駆られながらも、淫毒の影響で体を抑えることができなくなり、凄まじい雄叫びをあげながら倒れている女に突進していった。突き上げる衝動に自分の服をすべて引き裂き、彼女のもとにたどり着くころにはほぼ全裸だった。
その様子を見ていた肆は、弐に戦慄し、彼女を憐れに思った。なぜなら、ただでさえ巨体な弐の下半身は男から見ても震えがくるほどになっていたからだ。弐が落ち着いたら自分も味見しようと思っていたが、おそらく事を終えた後の彼女は生きてはいないだろう。
熊のように大きい弐の手は、身動き一つしない女の腕をつかみ、いとも簡単にひっくり返した。そして、もう片方の手で服をつかんだその瞬間、彼女と目が合い動きが止まる。
毒のせいで目を真っ赤に充血させた弐の視線の先には、まるで寒秋湖の水のように透き通った目があった。その目に早朝の光が降り注ぎ、虹彩の上に光の波が生まれた。
「この小娘、意識がある、、、」
異変に気付かなかった肆は、女が目を覚ますとは予想していなかった。しかし、すぐに弐を煽るようにこう言った。
「弐!意識があるほうがもっと興奮する。目を覚ましているくらいで怯むな。さっさとしろ。」
肆の声を聞いた小娘の視線が彼のほうに向いた。肆は彼女のことをただの16,7の小娘だと思っていた。その顔は、一晩中逃げ回っていたから唇は白くなっているが、顔が整っており、特に目が驚くほど美しかった。
その目を見たとき、肆は何かがおかしいと感じた。暗殺者を生業とする彼らの直感は鋭く、そこから短い時間で違和感の理由にたどり着くと、肆の心臓は高鳴っていく。
普通、身動き一つできず目の前の巨大な男に襲われる直前の女にあるべき感情、パニック、恐怖、嫌悪感、諦めといった感情が彼女の目にはなかったのだ。
逆に冷静すぎる。
依頼主からはこの小娘ができそこないだと聞いた。しかし、できそこないはこんな目をしない。感情の動きがなく、冷静で、まるで死人を見るような目で自分を見ている。
暗殺者としての直感が働いたとき、少女はすでに彼に微笑みかけていた。その微笑は、さっきまで薄汚れた人形のようなものではなく、生き生きとした人間のものだった。
彼の手は数えきれないほどの人々の血で汚れ、長い間優しさがどんなものであるかを忘れていた肆は、この瞬間、自分の心に百輪の花が乱れ咲いているように感じた。百花が咲き乱れ、蝶が舞う中、一緒に羽ばたいて遊んでいたいという衝動に駆られる。
”このわけのわからない衝動はなんだ?”
肆は違和感だらけの自分の状態に気付いたが、衝動に逆らえず、正気であれば死にたくなるほどありえない台詞を口にした。その口調はなぜか鳥肌が立つほど柔らかく、生娘を想像させるような恥じらいさえあった。
「弐様、もう我慢できません、早くあたしを抱いてください」
”なぜ俺はこんなことを!”
なぜ、自分のことを俺ではなく”あたし”といい、弐を誘惑するようなことを俺は言っているんだ?
先ほどまで固まっていた弐が、混乱する肆のほうを振り返る。その目は色欲に溺れ、ゆっくりと、一歩ずつ肆に近寄ってくる。
心では、”来るな、来るんじゃない、、、”と思いながらも、肆の口にした言葉は、先ほどと同じような口調だった。
「弐様、早く!お願い!」
弐に襲われながらも甘い言葉で誘惑してしまう肆は、その最中にある確信とそれに気づかなかった自分を呪っていた。
あの小娘はできそこないなんかじゃない。妖女だ。指一つ動かさず、言葉一つ口にせず、弐に俺を彼女だと勘違いさせ、弐に言いたくもない台詞を言わせた。彼女は妖術を使ったんだ。
「やれやれ、悲惨ね」
南离はまるで、彼らをこうさせたのは自分ではないかのように、ちらっと見てすぐ目を背けた。
ゆっくりと立ち上がり、ひどい状況になっている弐と肆を視界に入らないようにしながら、あたりを見回した。そして、まるで自分の家の庭であるかのように。先ほど枯れたが来た道に向かって歩いて行った。
彼らが来た方向に向かっていけば、この山林を抜け、人里のある場所に戻れるのだろう。
突然、眩暈がして、早くここから離れたいと思っていたが、南离は木にもたれかかって休むことにした。
こんなことでへばっているようではだめだ。
弐と肆が現れた時点で南离はすでに目が覚めていた。ただ、一晩中走り回ってへばっていた上、自分がどのような環境にいるかわからなかったため、毒がまわったふりをして機会を伺うしかなかったのだ。
幸い、先ほどの彼らの会話で、少しだけ今の状況が理解できた。彼らはどこかの門主夫人に命令され、自分を辱め、それから殺そうとした。どれだけ自分を憎み、どれだけ悪辣なのだろうか。
”まさか夫人の旦那でも寝取っちゃったとか?”
南离は自分の服を見た。青い布のスカート、青い刺繡の靴、これは古い時代の衣装だが、生地が安っぽすぎる。彼女は今までこんな安っぽい生地を着たことがなかった
南离は軽くため息をついた。
まさか自分は、悪辣な継母と姉妹に毎日のようにいじめられて、悲惨な生活を送っているできそこないのお嬢ではないだろう。もしそうなら、自分は我慢できず、そいつらを全員地獄送りにするかも。
「うん、横暴な考えはよくない」
先ほどやってしまった過去に蓋をするようにしまい込み、彼女は再び歩き出した。
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