第21話 何気ない有意義な勉強会 前編
金曜日に生方と
「……で、ここのXをこうすると」
「あ、そういうことか」
タケルは放課後、バイトに行く前に生方と一緒に勉強をしていた。中学時代の成績がボロボロなのをわかっている爺さんと店長から、バイトは一週間の金曜日を除いた祝日だけと言われ、土日の生方と勉強する日を設けるようになった。
そのおかげで一人で徹夜して勉強しなくてもスポンジみてーに難しかった問題を吸収していっていた。生方からは、地頭がいいからコツを
「すごい、56点! 段々と点数上がって来てるねっ」
「マジか!? ……いや、80点台を取りてぇからまだまだだ」
生方が作った問題用紙に赤ペンで彼女に採点してもらうと、中学時代の成績よりもぐんと上がっていた。昔は不良やってたから成績がボロボロだった。
そのうえで、高校一年から成績を上げていかなきゃいけない。
自分一人で勉強するのはどうも効率が悪く、メンタル面も
ことわざでもあったっけ。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥……って奴。
「確かタケル君は弟さんを大学に行かせたいんだよね」
「俺もできるれば大学に行きてーんだ。高卒だと大卒よりも給料が低いしな」
「え? どれくらい違うの?」
「5万くらい差が違うらしい……平均給料も違うらしくてさ。少しでも頑張りてーんだ。中学時代は不良だった奴でも、変れるっていうならできる限りのことはしてぇ……駿人に
タケルは首元に手を当てて、少し気恥ずかしながらも理由を口にする。
大学生活してぇつもりはねえが、大学に頑張って入る金を稼ぐ方が効率良いならそっちにするに決まってる。
流石に俺一人のバイトで全部稼げるわけねえから、爺さんにも出してもらうことになってしまうだろうが……まだ駿人は小学生だが、中学生と高校生の金は俺が大学でバイト掛け持ちした金で色々支払っていくつもりだ。
で、俺が大学生になった時にかかる金は駿人が大人になってから以降は爺さんに払ってもらった大学の入学金とか全部払っていくと決めている。
「……なら、なおさら頑張らなきゃだね」
「おう……金曜日と土日を潰しちまうけど一緒に付き合ってもらっていいか?」
「うんっ、任せてっ! 私も友達と勉強会するの楽しいしっ」
「……生方は、いい奴だよな」
「タケル君もねっ」
「……っ、っは。一本取られたな」
「ふふふふ」「はははっ」
図書館なので、大きすぎない声で互いに笑い合う。他の図書館の利用者の視線を感じた俺が慌てて人差し指を立てると生方は両手で口を塞ぎ頷く。
そうして生方の勉強会は図書館が閉館するまで一緒に勉強していた。
「……ただいま」
「おータケルぅ。帰ったかぁ。遅かったなぁ?」
怪しい笑みを見せる重蔵にタケルは呆れた視線を向けた。
「……変なことはしてねえぞ、勉強してただけだ」
「わかっとるわアホ。友達と勉強してたんじゃろ? 女の子か? 女の子だな?」
「なっ、勝手に決めつけてんじゃねえよバカ!!」
「照れてるつーことはやっぱ女の子じゃろうが!! 粗相はするなよぉ。もしものことがあったらその子の家に焼き土下座しなきゃいけないじゃろが。儂、火傷は嫌よぉん!」
「……わかってるから、晩御飯チンすればいいか?」
「おう、しっかり食えよー」
「……ん」
晩御飯を電子レンジで温めてから、タケルは
今回の内容は、以下の通り。
千切りキャベツにとんかつソースがかかったチキンカツ。
ご飯とわかめのみそ汁、漬物と麦茶、といったメニューでできている。
箸を手に取り、俺は野菜から肉、白飯といった順番で食べていく。
「……少し顔色良くなったなぁ」
「ん? なんだ? 食事ならいつも爺さんが晩飯作ってくれてるじゃねえか。体調が悪くなることなんて……?」
「……夜、徹夜してんだろぉ。徹夜ばっかしてたって頭が回らねえもんだかんなぁ」
「……爺さん、どうしたんだよ。いつもそんなからかってこねえだろ」
チキンカツを口の中に頬張りながら、タケルは重蔵の方に視線を向ける。背中越しでどんな表情をしているかわからない爺さんの顔は、なんとなく予想できる。
……きっと、心配した顔というより呆れ顔なのだろうと。
「わざとじゃい、馬鹿タレ」
「……なんだよそれ」
そこから爺さんは月を見上げながら俺の質問に答えないで月見酒をする。遺族年金の金で酒を飲んでる、ということは爺さんはしない男だ。
酒を止めようとした時もあるが、爺さんが選ぶ酒がいつも500円以下の酒ばかりだし、重蔵爺さんの奥さんである
だから爺さんは亡くなった婆さんと一緒に月見酒をしたいのだろう。
……そういう愛妻家の男なんだ、重蔵爺さんは。
タケルは食べ終わった食事をシンクに持って行って洗ってから二階に上がる。勉強会の後、生方から参考資料と俺専用の期末テスト攻略ノート、という物をもらった。
爺さんと約束した時刻は23時までに勉強を終わらせること……ルールを守りながら、絶対成績を上げる。
「……よしやってやる。一夜漬けって意味ねえって生方が言ってたしなっ!」
やる気になるタケルはシャーペンを走らせる中、駿人はタケルの部屋の扉越しに、頑張って、兄ちゃんっ……と、小さな声で応援してから、自分の部屋に戻った。
翌日、誰もいない教室で拝むように両手を合わせて頼み込む馬鹿がいた。
「なぁ、タケルぅ!! 勉強教えてくれる誰か知らねぇ!?」
「……なんで俺に聞くんだよ」
朝、早めに学校に来て勉強をしようと思ってみればこれだ……なんで純田は俺に絡んでくるんだかわけわかんねぇ。なんか懐かれた感がある。
俺の勉強専用ノートを机に広げると粘着質に絡んでくる純田を睨む。
「なぁ、ダメかぁ? ダメなのかぁ? タケルぅ」
「甘えた声で言うなキメェ」
「え!? キメェ!? 友達にキメェは言っちゃダメなんだぞー!! 死ねよりましだけどぉ、ダメなんだぞぉ!?」
涙目になってデフォルメ姿になって行ってくる純田にほとほと呆れる。
「メンタル弱いのなお前」
「タケルこそ勉強の成績低いだろぉ!? 大抵の漫画の不良は成績低いんだぜ!? 人生経験豊富な俺がソースだぁ!! 覚えておいてくれぇ」
親指を自分に向けて自慢げに言う純田に声を張り上げて反論する。
「それは漫画知識だろうがボケ!! 不良だからって頭悪いとは限らねえだろ!?」
「じゃどこソース? チキンカツにかけるようなソースはお断りよ? わかってるわね!? タケルちゅわん!!」
「なんのノリだお前……」
なんかオネエ的口調を始めたかと思えばくねくねとして動くゴキブリに等しいキモさを放つ純田に俺は全力で脳内がスペースキャットになる。
純田のノリに置いていかれている中で、気が付けば純田はウソ泣きをし始めた。
「っえーん! タケルがノッてくんねぇ。俺、そんなキモイノりしてるぅ!?」
「うん、してる。流石にキモいよ。リョーちゃん」
「あだっ!! あにすんだよっヒメぇ!? ここはチョップじゃなくて金的だろぉ!?」
「あっそう、なら喰らえ!!」
「え? や、やっぱな、なしで――ぼがぁああああああああああああああ!!」
背後からもろに姫宮に金的を喰らう純田は
大抵、生徒会長とかみたいなカリスマ溢れる感じとか、仕事に関して真面目な好青年な感じとか、それぞれあんだろうけど絶対純田はお馬鹿の部類の上位カースト、と認識を改めるべきだと再認識した日である。
「……姫宮?」
「ん。やっほーつかっち」
……姫宮が純田のストッパー役なのな。
ぴくぴく震えてる純田が恨み言を口にし始める。
「ほ、ほんとに
「事実言っただけだしぃ? 反論不許可ぁ。肯定されたきゃ勉強しようとしてるつかっちの邪魔すんのダサいでしょ流石にぃ。あ、これギャル的ソースな?」
「オタクに優しいギャルは幻想かぁ!?」
「知らね」
「ストレート満面現実右フックぅ!! これは効果抜群だぁ!! えぇんっ、痛いよぉっ、うぅううっ」
「ごめんねぇ、つかっち。コイツバカだからふざけないと死ぬ病気持ちだから、高速道路に鹿が突っ込んできた感じでいいからさ」
「おう、そっか」
「スルーしないでぇ!? ボケがボケで殺されるわぁ!!」
普通高速でしか突っ込んでこないだろ……というツッコミを心の中でぐっと飲み込んだ。つうか、こいつら本来の性格こっちなのか? いいや、あまり人がいないから自然体ってだけなのかも……そうじゃないのかも? わからん。
とにかく今俺は二人のよくわからんギャグ時空についていけない。
「不真面目な奴に制裁が下らない法律があんなら、世界に犯罪という概念いらないだろ。バカなの死ぬの? あぁ、バカだから鉄拳くらったんだよなぁ? ね? 純田涼太君ー?」
「ひぃ!! ひどいでござるひどいでござる! 学生やめるでござる!!」
「一学期の期末テスト終わったらなー」
「嫌ぁああああああああああ!! 現実突きつけないでぇ!! ヒメの意地悪ぅ!!」
「……仲いいのな、お前ら」
テンションとノリが付いていけず、再度思考回路に宇宙空間を見出すタケルに対し、姫宮は右手でブイサインを作る。
「リョーちゃんがウブッチが頭よさそうだから勉強教えてもらおうって思ったって話でこっちに来たんだぁ。それなら、問題ないんでしょ?」
「……生方に会いに行くのが筋じゃねえのか?」
「えぇ? だって逃げられるんだもん。たぶんコミュ
「……あぁ」
タケルは思い当たる点があった。
ただでさえ純田と姫宮はカースト上位。つまり俺がいない前提なら、余計下手に人との交流を拒んでいる生方ならば、彼女の行動理念にはなんとなく推測はつく。
……前に生方に聞いたが、陰キャにとって陽キャの存在は太陽と月レベルで眩しく、己の暗い影さの輪郭が立体的になるから嫌、とも言っていた。
それくらい、自分のテリトリーには敏感なんだろうアイツも。
「で? 今日の放課後、勉強会できる?」
「金曜日と土日なら」
「おーいいねぇ、なら予定的に空いてるから大丈夫だわ。なら金曜日でヨロぉ」
「お、おう……」
姫宮の手でずるずると引きずられていく純田を見つめながら、退室した二人を尻目にタケルは勉強を始めるために鞄から筆記用具を取り出す。
「……よしっ」
タケルは朝早くから朝の朝礼が来る前にできる限りの範囲で勉強を始めた。
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