第20話 秘密の確認 後編
掃除当番が休みだったため今日は素直に帰ることにしたタケルはバイトに行くべきだと判断し、鞄を肩に背負う。
教室の扉を開ければ、ひまりが横に立っているのに気づく。
「うおっ、生方?」
「や、やっほー……です。タケル君。一緒に帰らない?」
「……途中までなら、いいけど」
「! うんっ」
ぱぁっ、と満開に咲く花を思わせる笑顔で笑う……思わず、頬が熱くなる。赤くなっていたらと思い、タケルはそっぽを向きながら軽く腕で顔を隠す。
やっぱ、女子のこういう笑顔とか直視したことねえからかもしんねぇ。
「……タケル君? ど、どうしたの!? わ、私変顔してた!?」
「いや、その、他意はねぇ。他意はねえんだ。ちょっと……な」
「? え、えっと、一緒に帰るの嫌ってことじゃ、ない?」
「あるわけねーだろ、そんなのっ」
「……よかったぁ」
安心したのか、胸元に手を当ててわかりやすくほっとしている生方に思わず、気恥ずかしくなってくる。
なんか、こういうの漫画の青春のやり取り過ぎて……困っちまう。つーか。いや、意識し過ぎだろ。生方は俺の彼女ってわけじゃねえ。ダチなんだから。
それはこの前にそう話したんだから、何勘違いしそうになってんだ俺。タケルは思いっきり自分の両頬を叩く。
びくっとした生方は、「え、な、何? だ、大丈夫!?」と慌てて俺の心配をしてくれる。優しい奴だ……だからこそ、変な自惚れをするわけにはいかねえ。
「なんでもねぇ、気持ちの切り替えスイッチしただけだ」
「な、何の切り替え……?」
「いいから気にすんな、帰るぞ」
歩き始めるタケルに続けて、ひまりも後を追う。
玄関で靴を履き替えタケルはひまりが靴を変えるのを待つ。何も言わず、じっと見つめているとひまりはこんこんと革靴を鳴らす。
「……お、お待たせっ」
「大丈夫だ、そんなに待ってねぇ」
「あはは……ありがとうっ」
タケルとひまりは一緒に玄関を出る。
コツコツと小さく響く生方の革靴の音を耳にしながら、いつも通りの帰り道であるアスファルトでできた歩道を歩く。歩く時足音がしない俺に駿人や爺さんから忍者だって言われるから、生方の靴音がはっきりわかる。
先に無言の空気を破ったのは生方だった。
「タケル君、今日もバイト?」
「おう、まぁな。俺が頑張って働かねえと駿人の大学の金稼げねえからな」
「……タケル君は、家族思いなんだね」
「俺には、守るもんをちゃんと守らなきゃいけねぇ。長男だしな」
「きっと、そこまで努力する人今時は多くないと思うよ? 長男だから、って言える人も、たぶん昔よりは減ったんじゃない?」
「さぁな。
「……そう、だね」
タケルは立ち止まって後ろにいるひまりを見る。
俯いて、絞り出すように生方は言葉を続けた。
「……確かに、私はあんまり他の人と関わろうとはしてなかったかもしれない、かな。かっこ、悪いよね」
「別に生方が経験不足だから悪ぃとか、そういう意味じゃねえよ」
「え? じゃあ、どういう意味なのかな」
「俺も普通に俺と違う考え方の奴、むかつく時もある。俺も不満持ってねぇわけじゃねえ、でもそういう違いがなきゃ、そうじゃなきゃ人間は自分って人生なんて歩んでねぇ。まったく一緒の人間相手にするならロボットでも人形でもいいんだ。AIだっていい。自分って人間の生き方なんて他人がどれだけ指図しようが、結果的に自分が選んでんだ」
「自分で、選ぶ……」
「爺さんも言ってたが、偏見って自分の経験のことを言うんだぜ? 俺もそれ聞いた時、すげー納得したの覚えてる。だから、偏見を殺すよりどう生かすか、どう経験として取り入れるか。それが重要だと俺は思う……だから、生方も上手く使う方法を探せばいいだけなんじゃねえか? お前が今、変わりたいって思う気持ちがあんならよ」
もし親父が腐ってなかったら。愛人と蒸発していなかったら。
たぶん不良はしなかった。たぶん爺さんに矯正されなかった。
もし駿人がいなかったのなら。一緒に住んでなかったのなら。
たぶん一人で腐ったままだった。たぶん燻ぶったままだった。
だから、今の俺は大変だけど納得して自分の人生を全うしている。小難しいことはわかんねぇ。けど爺さんが言ってくれたあの言葉は自然とすとんと胸に落ちた。
「だから、俺は少しでもそう思って生きようって思いたいっつーか……ただ、それだけだ」
生方は急に立ち止まり、俯きながら言う。
「……その見方ができる人も、多くないんじゃないかな。タケル君とお爺さんすごいね」
「俺も丸っとその見方で来てるわけじゃねえよ。全部を公平に見る時、どっちかにとっては差別になってる時があんだけじゃねえの? たぶん紙一重なんだよ、区別と差別って。不満持ったら差別で、満たされたら区別って枠で人はそれぞれ括ってる。人間って感情の生き物だからな。つまり、そういうことじゃねぇか? たぶん、だけどよ」
「……そうなの、かな」
生方が切ない顔をしているのが気になって、俺は生方の顔を覗き込む。
「……大丈夫か? 生方」
「え? あ、えっ、えっと、大丈夫だよ! し、心配しないでタケル君っ……ただ、そうだよな、って思っただけだから」
「? ……そっか。だからって、俺が言った言葉を全部を鵜呑みにわざわざする必要ないからな」
「……え? ど、どうして?」
「生方って、正しそうなことを相手が言ったらそれを全部鵜呑みにして飲み込もうとしてきたタイプだろ」
「……っ」
桜さんの言っていた生方の過去的に、彼女が俺に向けて言った現在的に。
おそらく、そういう性質なのは彼女の言動や性質からも読み取れる……はっきり言って、感でもあるんだが。
「泣きたい時は、泣いてもいいことあるとは思うぞ」
「な、なんで、そう思うの? ……泣いて、ないよ?」
「目から涙が出てないからって、心が泣いてないってわけじゃねえだろ。お前は俺じゃねえんだから、自分なりの解釈とか、落としどころを自分で頑張って決めてきたろ? ……それも、生方も自分なりに生きてるって証拠なんだからよ」
「……タケル、君」
タケルは背を向ける。今の生方をわざと見つめないように。
「……変な持論、言って悪かったな」
「……っ、ううん。ありがとう、タケル君。今日、こういう深い話できて嬉しかったっ」
「そっか……家まで送るわ。帰り道覚えたからよ」
「……うんっ」
なんでもないやりとりだった。
だが、ダチと自分の考え方の共有ができたのは初めてかもしれない。
生方に押し付ける形になってしまったかもしれないが、それでも。
それでも、生方の表情が明るくなったのを彼女の家に送り届けた時に見たから。
たぶん、大丈夫だ。
タケルはそのままバイト先へと向かうことにした。
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