第16話 雨色の恋模様 後編

 数歩程度歩いて無言の空気に居たたまれなくなるタケルはちらっとひまりの顔を見る。おかしい。なぜか生方が不満気だ。

 まぁ、理由はなんとなくわかるけどよ。


「……タケル君って意外と意地っ張りだよね」

「お、言うようになったな?」

「……やっぱり意地悪っ」

「なんのことかわかんねえなぁ」


 タケルは悪い顔で笑うのにひまりは頬を小さく膨らませる。

 ひまりが頬を膨らませるのが可愛らしくて、タケルは思わずっぷっと吹き出して喉を鳴らして笑い始める。


「わ、笑うのは違うんじゃないかな!?」

「いや、だってよっ……くくくっ」

「もー! なんで笑うの!?」

「……いや、仲良くなれた証拠、みてーに思えてよ」


 女のダチできたこと自体初めてで、少しづつ生方が俺に自分の素を出してきてくれているような気がして、少し嬉しいのだ。


「? 何か言った?」

「なんでもねえよ……生方、濡れないように気を付けろよ」

「わかっ……あ、タケル君肩濡れてるっ!」

「雨の日の男の勲章だから気にすんな」

「そんな勲章なんてないよっ、ほら交換っ! 約束したんだからね!?」


 強引に傘の持ち手を突きつけて来る生方になぁなぁにするために言葉でタケルは交わすことにした。後純粋に、生方を濡れさせたくなかったからもあるが。


「……生方、そういうとこは空気読まねえのな」

「え? 全然意味わかんないんだけど……ど、どういう意味?」


 意外と融通が悪い一面を見せる生方に拗ねた声が漏れる。

 対し生方は純粋に問いかけてくる始末だ。これを笑わずにいられようか。


「……っくくっ、いいや、逆に安心だわっ、はははっ」

「もー!! なんでもっと笑うの!? なーんーでー!?」


 会話のやり取りが楽しくて、しかも生方も気づいてないのに笑ってしまう。

 いいや、コイツにとってノリ良く返してるつもりはねえんだろうけどやっぱ飾りっ気のない生方の可愛さに思わず甘えてしまいたくなる。情けないはずなのに、カッコいいとか言ってきたりする女子なんて生方くらいだ。

 元不良にこんなに雨の日も付き合うとか……ホントお人好しだな。腹を抱えて笑う俺に、足を止めて抗議する生方が本当に可愛い。


「はははははっ! ひーっ、ふははは、はっ、はぁ……っ、生方マジ良いわっ」

「何が!? 理由にも説明にもなってないよね!? こっち大混乱中だよ!?」

「説明したらお前の良さ半減するから言わねー」

「え!? 教えてくれたっていいのに!!」

「やーだっ」

「や、やだって……もうっ」


 楽しい時間が、こう続くのならば。

 他の誰かの物になっていない今、この時間が尊いからこそ。

 この一時を延長するためにわざと、生方へと言葉による種を撒く。


「なぁ、やっぱ生方のこと可愛いって言ったらだめか?」


 立ち止まったまま、タケルの獅子の金眼は子猫にも似たひまりの緑眼を捕らえる。


「きゅ、急にどうしたの?」

「嫌なら嫌ってことでいいぜ。答えてくれねぇか」


 真剣な顔で覗き込むタケルにひまりは視線を逸らさずに問を投げ込む。

 雨音が響く中で互いの心臓の音が強くなっているのを二人は知らない。


「……え、っと……タケル君は、女の子だったらみんな可愛いの?」

「生方だから言った……妹みたいな感じ、って言ったろうが」

「そ、そうかもだけど、誤解する言い方はよくないって、思う、よ?」

「ダチで、友達のいい所を可愛いって言うのズリーのかよ」

「こ、恋人になった人が困るって、言ったよ? だから、」


 ……ここはあえて、わざと踏み込むか。

 タケルはひまりの右耳に囁いた。


「俺がお前の恋人になったら、お前に可愛いって言っていいのか?」

「————え? な、な、なななっ!?」


 顔を赤らめる生方にタケルは嘆息を零す。

 頬を真っ赤にしてるのを見るに……ようやく気付いてくれたか。


「……お前、さっきからそういう意味で言ってんだろ、気づいてなかったのか?」


 金魚が餌食べる時見てーに口をパクパクとさせている。生方は無自覚……というより、自分に自信がないタイプだから余計言ったんだろう。

 だが、恋人限定にしちまったら、お互いカッコいいとか可愛いとか、そういう自然体でつい出てしまうことも、恋人限定にしたら逆に疲れる、と踏んだだけのことだ。

 ……生方はどう思っているのかはわからないけどな。


「え? え!? え、っと……え!? ち、違うよ!? 友達同士なら可愛いって言ってもいいし! でも、女子同士だったら変な意味に受け取られないかもーって思っただけで、そういう意図じゃないと言うか」

「ならダチ同士で可愛いとかも言っていいってことだよな?」

「そういうつもりじゃないというかなんていうかその、えっと、えっとえっとえっとえっと!! か、可愛いを気軽に言うのはズルいと思います! って話で、だから下手な他意とか変な憶測はダメだと思うと言うか、なんと言いますか誤解がないように言うと距離感が大事って話なわけで―—!!」

「……お前、動揺した時めちゃくちゃ長文早口でまくし立てるのな?」

「そ、それは――!! た、タケル君が意地悪するからだよぉ!!」


 タケルの言葉にひまりは慌てて弁明を込めたラインを探るのに、タケルは不思議気に問いかけてやればあっという間に困惑しているようだ。

 百面相、ここに極まりってか。だが、生方が恋人限定でダチ同士の自然的なやりとりを拒否しているわけじゃないことに素直に安心した。


「……くくっ、生方は見飽きねぇわ」

「? ……あ! タケル君!?」


 ひまりが怒るのをわかったうえで、誤解を招く言い回しをしていることに気づいてくれたであろう彼女に、言いたいことを言えてすっきりするタケルだった。


「悪ぃ、だってよぉ。別に恋人同士だけの特権じゃねえだろ? あぁ……また意地悪、しちまったなぁ?」

「————っ!!」


 最高潮に生方の表情は真っ赤にしている。首まで赤い。そこまで変なこと言ってねえし、ちょっと今日の生方はいじりたくなる衝動に駆られちまう。


「だ、ダメなんだよ!? タケル君!! 女の子を誤解させる仕草はNGです!! ダメ!! ノーモア!!」

「は? どういう意味だよ」

「だ、だって!! タケル君はかっこいいし!! モテないように見えるかもしれないけど、素敵なんだよ!?」

「……ゼッテーそれはねぇわ。俺のクラスメイト全員俺のこと無視すっしな」

「そ、そんなことっ」

「まぁ、ダチのお前に甘えられんのは嫌じゃないぜ。生方って妹っぽいしな」

「い、妹……って」

「おう、末っ子感マシマシ。桜さんたちが生方可愛がる気持ち、なんかわかる」


 うんうんと頷くタケルはひまりが落ち込んでいる理由を特に探らずにひまりの可愛らしさを心の中で思考していた。

 爺さんがドラマで見る主人公のヒロインより、自然体っていうか、嫌味がない可愛らしさっていうのが生方の良さだと思う。生方家長女であらせられる桜さんは清楚と同時に小悪魔感を感じたし……なんつーんだろう、俺は苦手な人って感じだ。

 なんか手慣れてて、ちょっと反応を間違えると余計にからかわれる感が、な?


「か、可愛くないもんっ、外見だって可愛くないようにしてるもんっ」

「……その言い方が既に可愛いじゃねえか」


 もんもん、って普通女子でも地雷系だのなんだの系じゃなかったか?

 生方が使うと普通に小さな幼女感が出ている気がするんだが。

 見ていて、本当に和んじまう。


「も、もう! タケル君可愛い言い過ぎ!! 反省したんじゃないの!?」

「生方ひまりは可愛い、俺がこう言ってんだ。男に二言はねぇ」

「やけくそになってない!?」


 生方っていじりがいあるよなぁ、うん。

 その分、生方は真正面から反応してくれっし。

 なんつーか、生方なら素直ですぐ百面相だし。

 他人が何かあったらすぐ優しくしてくれっし。

 女子に可愛いって言った事ねーから戸惑ったり恥ずかしくもなったが、たまに生方は駿人と被る時がある気がするのだ。

 桜さんみたいな兄目線という奴なんだろうが……うん、やっぱり生方は可愛い。雨が二人のやり取りを聞きにくく抑えているのに、タケルは都合がいいと思いながら真面目な顔で言い放った。


「で、恋人じゃなくてもお互いのこと褒め合うのはありっつーことで」

「え!? た、タケル君が言いたかったことってそれ!?」

「おう、それがどうした?」

「で、でも……友達に可愛い可愛いって連呼されたら戸惑っちゃうしっ、私そんなこと言われる資格なんて……」

「惚れ込んだ奴に可愛いって言うのが間違いなら、男は女に告白だってできねーだろ。お互いの優しさの積み重ねが、お互いの気遣いを延長できるもんじゃねえか」

「惚れてるってどういう意味? タケル君の言う、惚れたって……?」

「ん? どういう意味であってほしいんだ? 生方は」


 動揺、困り果てている、と言っていいだろう。

 だが、俺がその言葉を口にするのはしてはいけないことだ。

 生方がいつか、俺以外の誰かの物になるなら。

 この日常を少しでも、穏やかに過ごせるのならそれに越したことはない。


「なんで、今日はタケル君そんなに意地悪なの?」

「意地悪はさっきしたけど、今してねえだろ。聞いてるだけなんだし……どうなんだ? 生方」

「……っ、ぴ、ピッピー!! タケル君レッドカード!!」

「あ? なんだ急に」

「ほら! バイトもあるんでしょ!? なら急がなきゃ!! 遅刻したらお給料減っちゃうよ!? だ、だから急ご!?」

「……あぁ、そうだな。そろそろ行かねえと遅刻しちまうわ」


 タケルはスマホで時間を確認する。答えを聞けなかったのは残念だが、一旦先に帰るとするか。そろそろ本気で急がねえといけねぇし。


「んじゃ、生方。悪ぃけど俺先に店行くわ」

「え!? た、タケル君!?」


 タケルは傘から抜け、鞄を頭の上に持って声を張り上げる。


「大切なダチとこれからも仲良くしてーっつーだけの話だ! そんだけ! からかって悪かったな! じゃあまた明日っ」


 雨の中タケルは急いでバイト先へと駆け出して行った。


「……タケル君、落ち込んでるって思ったの、かな? それだけ、なのかな」


 だんだん赤みがひどくなる頬と茹る頭の熱を雨で仲裁することができないひまりは頭を抱えた。少しづつ、少しづつひまりは優しいタケルの優しさに戸惑う。


「……ひーちゃん? どうしたの?」

「え? 椿お姉ちゃん? どうして……」

「今日は有休だから……ほら、はやく乗って」

「……でも、」


 ひまりは去ったタケルの方へと視線を向ける。

 椿は、ひーちゃん? と呼ぶと、ひまりはううん、なんでもないと首を横に振って椿の車に乗り込んだ。

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