3-8 忘れた契約
廃病院の院長室にはクティの笑い声が木霊していた。ソファに座り、テーブルの上にのせたアイパッドの映像を眺めながら、クティは腹を抱えて笑っている。バラエティ番組でも見ているかのようなはしゃぎように、同じソファの片隅で縮こまっている久留島は引いていた。
「あーおもしろ!! 俺もこの映像編集して動画サイトにあげっかなあ。どう思う?」
「やめてあげてください」
アイパッドには本気で逃げ惑う三人の様子が映っている。クティに言われて昼間の内に設置した監視カメラの映像だ。
風太を見ていたので人外は電子機器に弱いイメージがあったのだが、クティは普通に使う。というか、久留島よりも使いこなしている。
カメラの映像を切り替えながら、クティはインカムで指示を飛ばす。その姿を見ながら久留島は一人震えていた。なんで自分はクティと居残り組なのだろうかと。脅かし側に回って、上手く出来るかといわれると微妙なのだが。
ちらりと映像を見ると、男たちが外に出ないよう、ドアを腕力でしめていた双月の姿が映っている。久留島には絶対に出来ない芸当だ。
「にしても、さっすが化け狸は脅かすの得意だな。迫真の演技だ」
そういってクティはとあえるカメラの映像をアップにした。そこには風太が扮した化物がハッキリ、バッチリ映っていて久留島は震える。これに比べれば初対面でやられた着物の少女なんて可愛いものだった。
「イルとかいう奴も、大鷲とコンビ組めば良い感じになりそうだな」
ナニかいそうな暗がりをポンポン移動して、不法侵入者三人組を恐怖のどん底にたたき落としているイルを見て、クティは上機嫌だ。そうしてイルが注意を引いている間に風太が回りこんだり、双月、緒方、マーゴの三人が細々とした細工をしている。
子供だましの罠でも、恐慌状態に陥っている三人組には面白いほど刺さる。それを見てクティが腹を抱えて笑うわけだから、だんだん三人組が可哀想に思えてきた。
「いくら不法侵入に迷惑行為をしてたからって、あまりに可哀想じゃ……」
「なにいってんだ。調子にのって放火までしようとしてたクソガキどもだぞ?」
逃げ惑う姿を見て同情していた久留島は、クティの冷ややかな声に驚いた。
いつのまにかクティは足を組み、肘掛けに肘をおき、悪役みたいなポーズをしている。そんなクティが、冷め切った目で画面を見つめているのは迫力があった。
さっきまで腹を抱えて笑っていた人物とは思えず、久留島はゴクリと唾を飲み込んだ。
「いや、まさか、いくらなんでも放火なんて……」
「常識知らずっていうのはな、一般的な人間であればやらないことをやるから常識知らずって言われるんだよ。お前は深夜に廃墟に侵入しようと思うか? 持ってきたゴミを放置して帰ろうと思うか? 許可も取らずに人の家撮影して、ネットにあげて金稼ごうと思うか?」
「思わないですね……」
「そういうことだ」
クティは冷ややかな声でそういうと、彫刻のような無表情で逃げ惑う男達を見つめ続ける。爆笑している姿を見ている時は、なんだこの人と引いていたが、今となっては笑ってくれていた方がいい。表情が抜け落ちると目の前の存在が人間ではないのだと、嫌でも意識してしまう。
「えっと、クティさんは特視と長い付き合いなんですか?」
気まずさから久留島はムリヤリ話題をひねり出した。
監視カメラの映像では、風太とイルがノリノリで男達を追い回している。人を驚かすのが好きな風太としては、今回の役回りは天職だったらしい。
「あーそうだな。持ちつ持たれつでやってんな」
「えっ、一方的な関係じゃないんですね」
てっきり特視が下の立場だと思っていたので驚いた。クティは久留島の反応がお気に召したのか、アイパッドから目を離して久留島と向かい合う。
「俺たちには認識が必要だ。外レ者を監視、記録、調査する組織に認識されるってことは、人間に存在が認められたということになる。だから認識してもらってるお礼にこうして頼みを聞いたり、忘れられそうになったらムリヤリ思い出せたりしているってわけだ」
「そ、そうなんですね……」
ムリヤリ思い出させる方法が具体的にどういうものなのかは、怖いので聞かないことにした。そのうち資料整理で嫌でも見てしまうだろうから、現実逃避でしかなかったが。
「今回は俺の体質を見て貰うって、話だったと思うんですけど……」
出会い頭、厳重保護と言われたのは覚えている。久留島からすれば意味が分からない。自分を保護することで何のメリットがあるのだろうか。もしかしたら聞き間違いかもしれないと久留島が考えていると、クティはじっと久留島の顔をのぞき込んだ。
「お前、詳しい話知りたい?」
「えっ」
「知ったら後戻りできねぇけど、知りたいか?」
見つめ合うとどうしてもクティの瞳が目に入る。人間にはありえない光彩を放つ瞳に目が釘付けになり、真剣に聞かなければいけないことなのだと本能が告げる。
「俺としてはどっちでもいいんだよな。お前は自分の体質を上手く使いこなせるタイプじゃないし、素だからこそ高い効果が見込める部分もある。知らなくてもお前の周りには過保護な奴らがいるし」
「過保護って……」
「特視連中とタガンな」
クティからタガン様の名前が出たことで、本当にこの人は過去が見えるだと確信した。久留島の体に緊張が走ったのを見て、クティは「いまさらか」と呆れた顔をする。
「タガンはな、お前が可愛くて可愛くて仕方ないらしい」
クティの唐突な言葉に久留島は固まった。意味が分からずにクティを見つめると、クティは首にかけたシルバーのネックレスをいじりながら、宙を見つめて話す。視線は今の現実というよりも、遠いどこかの光景を見ているようだった。
「俺たちはな、不安定だから自分を一番にしてくれる奴に弱いんだ。死にかけとかに優しくされると余計にダメだ。どうせ長く生きられないだろうし、コイツのために残りの人生捧げてやるかみたいな気持ちになる」
「えと、何の話ですか?」
クティはそこまでいうとネックレスをいじる手を止めて、久留島を真っ正面から見た。
「お前が弱り切ってる女を軽率にナンパして、籠絡したって話」
「うぇ!?」
「それですっかり忘れてるんだもんなー。お前、虫も殺さないような顔して酷い男だよな。タガンもこんな薄情男に愛想尽かさず尽くしてやるなんて、一途なやつだよなあ」
「な、ナンパ!? 俺が!?」
全く身に覚えがない。そもそも神様をナンパしようなんて罰当たりなこと考えたこともない。
クティの今までの言動からいって冗談の可能性も十分にある。それでも、なぜか分からないが、今回のクティの話は真実のような気がした。
久留島は心を落ち着かせるために深呼吸し、クティと向き直る。クティはそんな久留島の様子を黙って見守っていた。その姿から見ても、冗談ではないのだ。
「……タガン様と俺は会ったことがあるんですか?」
「ある。お前が忘れてるだけだ。お前はタガンに一方的に執着されてると思っているが、真相は逆だ。お前が先。それにタガンは答えたに過ぎない」
クティはそういうと久留島の胸をつく。そこは左胸。心臓だ。
「お前が忘れても俺たちみたいな存在は忘れない。軽い気持ちだとか、幼い頃の戯れ言だとか、そんな言い訳は通用しない。お前は望んだ。タガンは答えた。だから契約は成り立っている。全部お前が最初に始めたことだ」
「俺は、一体何を……」
クティは久留島の心臓から指を離すと、肩をすくめて見せた。
「それは自分で思い出せ。これ以上口を出すのは無粋だ」
「ここまで言っておいて……」
「そもそもお前が忘れたのが悪い。初対面の人間、いきなりナンパしといて忘れるって、どういう神経してるんだ」
「えぇ……、俺ほんと何したの」
うんうん唸りながら過去の記憶をひっくり返すが思い出せない。ナンパ、女性、幼い頃、初対面。クティから告げられたワードが頭の中をぐるぐる回る。やがてそれは、特視に来た日に見た夢に結び着いた。
久留島は勢いよく顔をあげてクティを見た。クティはそんな久留島を楽しそうに見つめている。
「……クティさん、俺、タガン様の神社で綺麗な女の人に会ったことはぼんやり覚えてるんですけど。もしかして、それが……」
「ヒントは十分やったから、これ以上俺は何も教えない」
クティはにっこり笑った。その顔には「愉快」と極太で書いてある。
「ここまで言っといて酷い!!」
「俺の性格が悪いことなんて、事前に教えられてただろ」
ソファに拳で叩きながら悔しがる久留島に、笑い混じりの声が降ってくる。緒方と双月が言っていたことは事実だったと、久留島はこのとき痛感した。
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