第28話 勉強会

 そして放課後、ボクはきょこに手を引かれながら寮に帰ってきた。もしかして逃げ出すって思われた? 確かに放課後までしたいってほど、勉強好きではないけれど。

 教室からそうだったものだから、なんだかすごく視線を集めてしまったけれど……でもきょこはそれだけ、聖母みたいに綺麗なのだから仕方が無い。


「部屋でやるの?」

「それもいいと思ったんだけど……初日だからちょっと気合い入れようかなって思って。こっち!」


 きょこに手を引かれてついていった先は……昨日案内してもらった共用スペースの一つ。


「ここって、自習室?」


 寮内に設置されたこの部屋は、自室では集中できない子のために用意された、まさに勉強をするためだけの部屋。

 静かな空間、パーテーションで仕切られた集中できる個人用スペースで、じっくり勉強に向き合うことができる。まあ、これは前の高校にもあったものだ。


「うん、その奥にね、複数人で使える個室があるの」

「ああ……自習室じゃ声出せないもんね」

「みんな勉強するときとか、調べ物するときに、スマホで予約を取って借りるのよ。今回は、お昼休みの時点で空いてたから、予約しておいたの」

「本当に? ありがと、きょこ」

「えへへ、あーちゃんの為だから」


 そういうわけで、きょこと一緒に自習室の置く、グループ学習室に入室する。扉の前にはオートロックがついていて、スマホでタッチすると開けられる仕組みだ。

 ちなみに、これは白姫女学院高校の専用アプリによるものだ。このアプリは部屋のロックとも連動していて、寮の自室に誰か入ると通知で教えてくれるのだ。ボクらの部屋にはもちろんボクか百合、そして管理人の国原さんくらいしか入らないけど。


 そして、部屋のロックはスマホでタッチではなく、指紋センサーを使って解錠する仕組みになっている。スマホを拾った誰かが勝手に入れないように、らしい。

 昨日食堂で注文に使ったのもこれだった。あの時は百合が代わりに注文してくれたから、「そういうアプリがあるんだ、へー」くらいの理解度だったけれど。


「へぇ、結構広いね」


 さて、話を戻して……このグループ学習室の話。

 部屋は六人掛けのテーブルが置かれていて、模造紙とかも広げられそうな広さがあった。壁にはホワイトボードが掛かっているし、天井にはプロジェクターがついてる。調べ物以外にも何か発表の練習とかにも使えそう。


「えへへ、あーちゃん」


 ボクがまじまじと部屋を見渡していると、突然きょこが甘えるように抱きついてきた。ワッツイズディス!?


「二人きりになるなんて、初めてね!」

「そ、そうだね」


 出会って二日目の距離感じゃねぇぞコレ!! と、ボクの中の男が騒ぎ出した! セリフだけ抜き出しても、なんだか危険な香りデスヨ……?


「なんだか不思議……他の誰にも、こんな気持ちになったことないのに。あーちゃんとはもっと一緒にいたい、近くに行って、肌に触れて、私にも触れてほしいとか……そんなこと思っちゃうの……」

「は、はひっ!?」


 それはね、恋ってヤツだよ……(イケボ)。

 ……と、他人事なら無責任に言っただろう。でも、当事者になってみると、「いや、恋じゃないんじゃね?」と、どこか冷静、いや懐疑的になってしまうのも事実。


 きょこは美人だし、お姉様と周りの生徒から慕われる程度には性格も優良だし……ボクに優しいのも、特別なものじゃなく、彼女の気質によるものだって――


「もしかしたら…………」


 い、いやでも、この匂わせ方、熱っぽい感じはもしかしたら……もしかしたら!!


「これが親友なのかしら!」

「……へ?」

「友達よりももーっと仲の良い人のこと、親友って言うでしょ? 私、これまでそういうのあんまり分からなかったんだけど、もしかしたらあーちゃんがそうなのかもって気がする!」


 ほ、ほら、予想通り!

 きょこはこういう子なんだよ。同性相手なんだからさぁ……そう一々ドキドキしてたら変だって、うん――


「だって、一緒にいてすごくドキドキするもの! ねっ、ほら、触ってみて!」


 そう興奮したようにまくし立てるきょこは、ボクの右手を掴んで自分の左胸に――


「って、それはまずいよ!? そういうのは、もっと大事にしないと!」

「え、そお? 女性同士なんだし別に……」


 うっかりそのまま触りかけて、思わず手を引く。

 だって、変にこれが当たり前になって、きょこが誰でも彼でも胸を触らせるようになったら良くないし!?

 ちょっと寂しそうに俯いてしまうきょこには悪いけれど……親友って言ってくれたんだ。それがどういうものかボクもよく分かってないけれど、でも、そう言ってくれたのは嬉しいし、だからこそ傷つけたくない。


「……うん、そうよね。焦らなくても、あーちゃんが逃げるわけじゃないんだし!」


 まあ、このままだと学力不足で退学なんてこともあり得るけれど……いや、そうならないために勉強しようって言ってるんだ!


「よぉし、それじゃあ私も張り切って、先生役を全うするね!」

「うん! よろしくっ、きょこ先生!」


 なんとか上手いこと話を前に進めることができた。

 あー、緊張した。本当に告白されるんじゃないかって、ちょっと思っちゃったし……でも、親友か。なんか、むずがゆいというか……ついにやけそうになっちゃうな。


 やっぱりきょこは良い人だ。転入してきたばかりのボクにもこんなに優しくしてくれて。今も自分の時間を割いて勉強を教えようとしてくれてる。

 だからその優しさにボクもちゃんと応えないと! 勉強は全然得意じゃないけれど、でも、赤点は取らずに済むくらいには、頑張るぞっ!




 ……そして、それから三時間ほど経って――。


「ばたんきゅ~……」


 きょこが指定してくれた問題を一通り解き終え、ボクは机に突っ伏した。

 教科書を見ながら、まったく分からない問題は飛ばしていいというルールで、時間も計ってくれている。総合的にボクの理解度を見るとのことで……これもう本物の先生なのでは? 生徒のフリして紛れ込んでるスパイ的な……。


「うん、あーちゃんの学力は大体分かったよ。確かにちょっと厳しめかもだけど……」

「ですよね……」

「あ、ううん! 悪口言ったわけじゃないわよ? 一年生の授業範囲はある程度できてるし、これなら二年生になってからの箇所をさらっていけば大丈夫だと思う!」


 きょこが気を遣ってくれている。でも聞き逃さなかったよ、ある程度、というワードを。決して完璧ではないってこと、ですよね……。


「大丈夫。これから詰まる箇所があっても、私がちゃんとフォローするから」

「うう……迷惑じゃない?」

「あーちゃんにされて迷惑なことなんか、何も無いわよ?」


 アッ……やさし……!

 こういうことノータイムで返してくれるの、なんか人として数段上って感じ。ボクもきょこを『きょこお姉様』って呼んだ方がいいかもしれない。


「そう不安にならなくて大丈夫。あーちゃんに合った勉強法もあるはずだから」


 きょこはそう言ってボクの頭を撫でてくれた。たぶん不安そうな表情をしてしまっていたからだと思うけど……まあ、きょこにお姉様とつけるべきかどうかで悩んでいたっていうのが主な理由なんだけど。


 普段ボクが百合をあやすときに使うような、そんなノリだけれど……でも、案外頭を撫でられるってのも気持ちいいかもしれないなと、そんなことを思いました。

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