第16話 家族の時間
「そうかぁ……二人揃って寮に入るか。この家も寂しくなるな」
それから数日後の晩ご飯の席で、父さんはしみじみとそう呟いた。
今日、正式な合格通知と編入、入寮までの手引きが届いた。なんと、補助金が出る関係で学費は免除とのことらしい。本当に? そんなことある? トントン拍子に行き過ぎてちょっと疑心暗鬼になっているボクがいる。
行く当ての無かったボクの行き先が決まり、しかもそこが名門校ということもあって、親は二人とも大喜び。百合が事前に動いていることは伝えていたみたいだけれど、でも、実際に合格通知が来るまで、ボクも含め信じられなかったから。
でも、二人とも、寂しいとは感じてくれているみたいで……そこは申し訳なくなる。
「碧が落ち込むことじゃないわよ。貴方は何も悪くないんだから」
「ああ、そうだな。僕たちも嬉しいんだ。その……碧みたいになった子は、塞ぎ込んでしまうっていう例もあるって、お医者さんが言っていたから」
「ちょっとあなた。そんなことわざわざ言わなくていいじゃない」
「そ、そうだね。ごめんよ。嬉しくて、つい」
「ううん、全然。ボクがそうならなかったのは、お父さんとお母さん……それに、百合のおかげだ」
男性じゃなくなっても、ボクは二人の息子だし、百合のお兄ちゃんだ。いつかは娘、そしてお姉ちゃんになるのかもしれないけれど、そうなってもきっと三人は受け入れてくれるだろう。そんな安心感があったから……帰る場所が、家族がいるから、ボクは一人で苦しまずに済んだ。
そうはっきり伝えても良かったんだけど……それはちょっと恥ずかしいというか、口にすると泣いてしまいそうなのでぐっと飲み込んだ。
「そうだ、着替えとか大丈夫? 洗濯してもらえるんだっけ」
「はい。毎日管理人さんが回収してくれます。制服も休日にクリーニングに出せますし」
白姫女学院高等学校は月から土まで授業がある。入寮すれば生活の全てをサポートしてもらえるし、帰ってこようと思えば日曜日とか大型連休に帰ってくることはできるけれど……でもやっぱり、近所の人の目は気になってしまう。
「下着とかも、足りないならちゃんと足しときなさいね。通販とかできるかもしれないけれど、サイズが違うと逆につらかったりするから」
「うん」
「いつでも付き合うからね」
「ありがとう、お母さん」
女性になってから、お母さんは特に気を遣ってくれている。女性ならではの悩みをよりよく理解しているからだろう。
対しお父さんはちょっと肩身狭そうにしていて……女性が実質多数派になっちゃったからなぁ。こればかりは申し訳ない。
「入寮の日は、車で行きましょ。二人分荷物有るし……お父さんもいいよね?」
「ああ、もちろん。大切な子ども達だ、最後までしっかり見送らせてくれ」
「うん」
「ありがとうございます、父様、母様」
ボクと同時に百合も学生寮に入寮する。希望が叶って、ボクと百合の相部屋だ。
着替え以外にも勉強道具や、趣味のものなど色々持ち込むことになる。入寮日までに全部段ボールに詰めておかなきゃいけないけれど……こういうのって本当は宅配便とかで送るものな気がする。
でも、身軽になったら電車で行く方が楽ってなっちゃいそうだし……ボクも百合も、別に指摘しなかった。
編入が決まった代わりに、家族でゆっくり過ごせる時間がこのゴールデンウィークだけになってしまった。
ボクが性転換したせいで、二人には迷惑も心配もかけてしまったけれど……でも、この短い時間で少しでも恩返しがしたい。
女子校に入る不安を感じるよりも、今はこの時間を大切にしたいと思った。
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