第4話 引きこもり爆誕

 精密検査の結果は特に異常無しだった。ここまで異常が無いと言われてしまえば、この状態が正常なんだとボクも認めざるを得ない。

 長期入院が必要だったり、苦しい思いをして薬を飲み続けなきゃいけなくなったりしなかったのはいいけれど……やっぱり複雑な気分だ。


 そして女医さんが言ったとおり、ボクが検査を受けている間に母さんが説明を受けてくれて、また、駆けつけた政府関係のボクの担当窓口になってくれる人とも話していてくれた。(ちなみに百合はずっとボクに付き添ってくれていた。)

 ボクも軽く挨拶させてもらったけれど、なんていうか女医さんもそうだったけれど、凄く仕事ができそうって感じがした。


 にしたって、この人も女性というのは何か配慮されてるってことなんだろうか。


 ……まあ、それはともかく、既に数例ながら同じ現象が確認されているおかげで、ある程度ガイドラインというか、対応方法も整備されているとのこと。

 なので、ボクのこれからの生活は万全に守ってくれると約束してくれた。




 と、いうわけで――高校を退学になった。

 なんで!?


 ……いや、なんでじゃない。これは仕方が無いことなんだ……たぶん。

 

 高校に、ボクに起きた事象を説明したところ、遠回し(向こうはそう思っているだろう)に退学を勧められたのだ。まだ四月、二年生に進級したばかりなのに!

 なんでも他の生徒に混乱をきたすから、というのが向こうの判断。つまり、お前が勝手に性転換したんだからその責任はお前が持て、というスタンスだ。


 建前で色々と言っていたけれど、我々ではお前を庇いきれないみたいなことも言われた。

 向こうの望みは、高校側に気を遣い、ボクら側で勝手に退学を決めた、というシナリオに従うことだ。

 逆に言えば、それに従わなければどうなるか分かってんだろうな、という感じ。


 ただ、全く向こうに非が無いわけでもなく……確かにこの間まで男だったボクが突然女になったとなれば、みんなの動揺は必至。あることないこと噂を立てられるに違いない。

 でも……それを避けるってことはボクはこれまでの人生で得た友達を失うってことでもあり――


「異常ばかりだよ、本当に……」


 そういうわけで、退学が内定したボクは、今も自宅待機を余儀なくされている。


 母は父に電話でこのことを伝え、引っ越しすべきかどうかも話し合ったらしい。

 理由はもちろん、ご近所さんからボクへの好き勝手な噂を立てられないようにというもの。おかげで家から出ることさえ憚られるわけだし。


 これは完全なる善意からのものだろう。そうだと信じたい。

 だって突然女性になり、今までの交友関係を全てMIA扱いで失ったボクにとって、家族が唯一の繋がりだから。

 家族を疑っては、ボクの居場所はもうこの地球上に存在しない。天海という名字も碧という名前も捨てて、知らないどこかで知らない誰かとしてやり直した方が幾分かマシかもしれない。


「はぁ~……」


 ベッドに横たわり、何十回目かの溜め息を吐きながら、ぼーっと天井を見上げる。

 膨らんだ胸は重苦しいけれど、仕方ない。どうしようもない。


「兄様」

「百合……悪いな、ボクのために学校を休ませて」

「兄様の為になるなら、無限に休みますよ」

「前言撤回。ボクのために学校に行ってくれ」


 そんな本気とも冗談とも分からない不思議な会話を交わす天海兄妹……いや、姉妹?


 良くも悪くも、百合の態度は変わらない。

 最初はショックを受けていたようだったけれど、病院から帰る頃にはすっかり持ち直していて、「兄様が姉様になっても、私にとっては変わらず大切な人です」と言ってくれた。

 まったく、涙が零れるぜ。

 未来の総理大臣がそう言ってくれるなら、我が生涯に価値はあったというものだ。


「編入先、探さないといけませんね」

「だな」

「その場合、兄様がTSしたことは伏せるのでしょうか」

「たぶ――ちょっと待って。なに、てぃーえすって」

「トランスセクシャルの略です。つまりは性転換。ネットで調べたら、そういう言葉があるようで」

「そうなんだ……思ったより一般的な話なんだな」

「あ、いえ。限られた世界での言葉みたいですよ。例えば……ゴリゴリマッチョのおっさんが呪いを掛けられ女の子になり、かつての友人に犯される、みたいな」

「……なんだって?」

「または、TSした元男性が、女の子と恋愛して見た目上の同性愛を展開するTS百合というのもあるそうです」

「…………ごめん、色々追いついてない。それって創作の話?」

「ですね」


 淡々と説明し、淡々と頷く百合。

 お前、涼しい顔して何を調べてるんだ。


「ちなみに、TS百合の百合についてはツッコミ無しですか」

「百合ってあれだろ。女の子同士の恋愛的な」

「それは知っているんですね。てっきり私の名前を文字って遊んでくると思っていたのですが……記憶しておきます。兄様は百合厨だと」

「なんで!?」

「ただ、駄目ですよ兄様。兄様が美少女になれたから、女の子とイチャイチャ百合空間を作れるなんて思ったら」


 百合はびしっと人差し指をボクの鼻先につきつけてくる。


「一部の百合過激派はTS百合を百合とは認めていないようです。兄様が元男とバレれば、過激派によって張り付けの刑にされること間違いなしです」

「そうなの!?」

「まさに現代版魔女裁判。炎上という名の社会的な死を招きます」


 怖……。でも確かに、実際ボクは見た目は女性、中身は男なわけで。

 そんなボクが女子と仲良くしてたら、それはもうただの百合の間に挟まる男でしかない。


 ……ていうか、なんかそういう前提で話が進んでしまっているけれど、別にそういう女の子とイチャイチャしたいみたいな欲求があるわけじゃないからな!?

 ま、まあ全く無いわけじゃないけれど……ただ、気持ち的にはまだそう気楽な方向に流れてくれそうにはなかった。


「では妥協案で、百合に抱きしめられた兄様、という線で行きましょうか」

「行きましょうかって何の話だよ」

「兄様の未来についてです」

「お前、学校サボって何考えてるんだ?」

「兄様と私の未来についてです」


 ボクの未来が真っ暗なのは確かだが、どうしてそこに百合が入ってくるんだ。

 百合は今までどおり生活すればいいだろうに。


「はぁ……分かっていませんね、兄様」

「すごく哀れまれてる……!?」


 あからさまに肩を竦める百合。

 全体的に演技臭く感じるのは気のせいだろうか。


 それとも百合という女の子同士の関係性についた名称と、彼女の名前が被っているから、そう感じさせるんだろうか。


 ただ……今までもこんな感じだった百合と一緒にいると、こんな状況になっても変わらないものがあると実感できて、少し、気持ちが楽になった。

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