あの夕日は消せない

香湯

出会い

【2016年 6月19日 日曜日】


 ゴッという鈍い音と後頭部付近に突然走った痛み、それが俺、鹿瀬勇樹かせゆうきの今日の目覚めのきっかけであった。

 突然開いた目にはとても見慣れない天井が映った。

 気持ち悪い起き方に不快感を覚えながらも痛みがあった場所を右手でさすりながら、上半身を起こす。


(ここ、どこだ?)


 身体を起こした先に映ったのはただの普通の部屋であった。

 そこまで大きくはないテレビに、二人ほどが入れそうな丸テーブル、木製の勉強机がありその上には多くの教材らしきものにカメラが一つ置かれている。

 壁際には少し分厚目の冊子や本があり、その上には数枚の風景が映っている写真が飾られてある。

 この部屋にあるものを目にしていく度に段々と記憶が鮮明となっていき、ついにはここがどこなのか思い出した。


「…あっ、俺の部屋か。ここ」


 そうだ、ここは俺の部屋だ。

 俺はこの実家で17年間育ってきた、そしてここは俺がその17年間の思い出が置いてある部屋である。

 いまの現状に対し、やっと整理がついた俺はベットから立ち上がりドアノブを手に掴み、外に出てリビングに向かう。

 でも何故俺はこんなことを忘れていたのだろうか…?、寝ぼけていた……にしては忘れすぎな気もする。

 しかし、向かう途中にまた別の疑問が俺の頭の中に浮かんできた。

 先ほども言った通り俺が生まれてから17年間、俺はこの家で育ってきた、引っ越しなんてしたことはない。

 そんな思い入れしかないこの家を寝ぼけていたから、ということで忘れたりするもんなのだろうか…。

 んー……、……いや、別に深く考えることでもないか。

 見たところ自分の身体に変なところは特にないように見え、歩いていてもふらつくとかもない。

 俺は単純に考えすぎだ、ということでこの疑問はすぐに解決した。


「おはよ」

「あら、珍しいわね。こんな早く起きるなんて」

「寝れなくなって」

「そう、じゃあ顔洗ってらっしゃい。ご飯出しとくから」

「分かった」


 一階にあるリビングのドアノブを掴み中に入ると、キッチンで朝ごはんの支度をしている母さんが最初に目に入った。

 そしてその次にキッチンの前に置かれているテーブルでコーヒー片手に新聞を読む父さんの姿が見えた。


「父さんおはよう」

「ん?あぁ、勇樹か。おはよう」


 父さんにも挨拶をすると、相当新聞に夢中していたのか俺が降りてきたことに今気付いたようだった。

 俺は家族との挨拶も済ませたとこで顔を洗いに洗面所へと向かいに一度来た道を戻ることにする。


ピンポーン


「あら?誰かしら?」


 俺がリビングから出ようとした瞬間、家のインターホンが響いた。

 俺は母さんに尋ねてみようとしたが、今の感じだとどうやら母さんのお客さんではないみたいだ。


「勇樹のお客さん?」

「いや、誰も来るなんて聞いてないよ」

「じゃあ、お父さん?」

「いや、俺でもない。配達とかじゃないのか?」

「私なんか頼んだかしら?」


 俺にはそこまで友達なんて呼べるほどの人はいなく、いてもたまに喋る程度の人ばかり。

 だからわざわざ俺の家まで来て、訪ねてくるような人はいないのだ。

 しかし、母さんでもなく、父さんでもない、なんなら配達を頼んだ覚えもなし、なら一体誰なんだ?

 キッチンにいた母さんは一度掛けてあったタオルで手を拭いてからすぐ横にあるインターホンの画面の前にと移動する。

 画面を確認した母さんはさっきよりも不思議そうな顔つきをしてから俺のほうを見た。


「勇樹と同じぐらいの歳の女の子よ?やっぱりあなたの知り合いなんじゃない?」

「え?女の子?」


 母さんの口から出た『女の子』というワードのせいでますます誰なのか心当たりがない。

 父さんも何も言ってこないので父さんの知り合いではないらしい。

 というかもしここで父さんが「俺の知り合いだ」なんて言ってみたら即母さんに問い詰められ亡き者されるかのせいもありえる。

 まぁ父さんだからそんなことはないと思うけど…。


「とりあえず出てあげたら?ずっと待たせてるし」

「んー……。…分かった」


 俺は今度こそリビングから足を出し、先ほど行こうとしていた方向とは真逆の玄関のある方向へと向かって歩いて行った。

 未だ誰なのか検討がつかないが母さんの言う通りインターホンが鳴ってからずっと玄関前で待たせてしまっている、誰なのかは分からないが知り合いでも知り合いじゃなくても失礼なことをしてしまっている。

 俺は玄関前まで着きサンダルを履いてから玄関を開ける。


「すみません、出るの遅…く…て」


 玄関を開けた先の人を見た瞬間俺は言葉を失った。

 玄関の外で立っていたのは俺がとても、よく知っている人であったからだ。

 とても整っている顔立ちに、肌はとても綺麗な色白、とても丁寧に手入れされているように見える長い黒髪をポニーテールでまとめ上げる女性。

 名前は新滝雪音しんたきせつねさん。

 俺の通う高校の生徒であり、クラスメイト。


 そして…俺が好きな人でもある。


 俺はなんて言葉をかければ良いか分からずわたわたしていると新滝さんはそんな俺に気づき、その瞬間目を丸くしてこちらを見る。


「ゆうくん…」

「ゆ、ゆうくん!?」


 新滝さんが最初に口にした言葉に俺は思わず声を上げて驚いてしまう。

 俺は確かに彼女とはクラスメイトだ。

 しかし、それ以上でも以下の関係でもない、ただ同じクラスにいる人というだけである。

 なので今まで『ゆうくん』なんていう愛称なんかで呼ばれたことはない、呼ばれても『鹿瀬くん』とだけ。


「あ、あぁ…そっか。まだ…」

「?し、新滝さん?」

「あ、ごめんね、鹿瀬くん」

「あ…いえ」


 どこか悲しそうな表情をする新滝さんに声をかけると何もないと笑顔で返された。

 しかも呼び方は名字呼びに変わって。

 あの愛称のままでもよかったのに…。

 っと、そんなことを考えている場合じゃない。


「あの…急にどうしたんですか?うちなんかに来て。というか俺の家教えましたっけ?」


 相手が新滝さんであることが分かり、俺のお客さんであったことは間違いないんだろうが、何故そこまで親しくもない俺の家に来たのかが全くもってわからない。

 それを聞いた新滝さんは「えっと…」と言って何かを考えてる様子を見せたあとに答えた。


「そうそう、鹿瀬くん私に写真の撮り方を教えてくれるから来たんだよ」

「え。俺が?」

「うん」


 なんだそれ、俺そんな約束したかな?

 新滝さん曰く、どうやら俺がカメラを持って公園に立っているところを見たらしく、気になった新滝さんが声をかけ、話していくうちに流れで写真の撮り方を教えてくれることになったらしい。

 ……でも、約束した可能性もあるんだよなぁ。

 確かに新滝さんのいう公園には足を運ぶことは何度もある、その時点で可能性があるし、それに加え今日の朝、この家の記憶がすっぽり抜けていた。

 下手したらその時に新滝さんとの約束だけまだ抜けたままなのかもしれない。

 そう考えると段々とそんな約束をしていたような気もしてきた。

 でもやはり約束した、と自信満々に言えるほどの確信を持てないので、どう返事をすれば良いか困ってしまう。

 やはりここは素直に「ごめん、そんな約束をした覚えがなくて…」と言うしかないのか。

 ………いや、待てよ?これはもしかして、新滝さんとの仲が深まる一大イベントなのでは?

 俺はそう言おうとする寸前で思いとどまり再び自分に問いかける。

 ずっと言っているが俺と新滝さんとの親交関係はほぼ皆無に等しく話す機会も学校関連のことのみ。

 そんな俺に話すところから一緒に過ごすというほどの奇跡がたった今起きようとしているのだ、そんな奇跡を覚えてないと言う理由で手放して良いのか?

 そう考えれば考えるほど断る理由などない、というか断りたくない。


「あ、そうだ…ね。ちょっと待ってて起きたばっかでまだ何もしてなくて」

「あ、うん。分かった」


 俺は新滝さんとの親交を深めたいという欲に負け、覚えてもいない約束をしていた、と答えてしまった。

 俺は新滝さんにまだ何もしていないことを伝えると特に困った動きもせず、「先に公園で待ってるね」といい、新滝さんは俺の家に背を向け公園のある方向へと歩いて行った。

 俺はすぐさま家の中に入り、喜びという感情は心の中で暴れさせといてさっさと公園に向かうべくまずはリビングに向かい、朝飯を食べることにする。


「誰だったの?」

「ん?あぁ、俺の知り合いだった」


 先ほどまでテーブルの上にはなかった白米、目玉焼きがあるのを見て、すぐさま席に座り、きちんと「いただきます」と口にしてから手に箸、茶碗を持って白米を口の中にかけ込む。


「やっぱりね。それでどうしたの?」

「今日その人との約束があった……みたい?」

「なんでそこで疑問形?」

「まぁ、とりあえずこのあとその人と公園で待ち合わせになったから行ってくる。………ご馳走様でした」


 なかなか早食いをしない俺が白米と目玉焼きをペロリと平らげ、手を合わせてその場を去る。

 えーっと、顔洗って、服に着替えて……、パッパと終わらせてすぐ向かうか。


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 先ほどの新滝さんとの会話で出てきた『写真』というキーワードについてなのだが、結論から言うと俺は写真を撮るのが好きだ。

 ちなみにこれを知っているのは俺の家族のみ、いやこの話をしていた時点で新滝さんも知っているのか。

 始まりは俺の父さんの父さん、ようは俺のじいちゃんから始まったのだ。

 じいちゃんは昔から写真が大好きで、小さい頃から写真を撮り続けていたらしく、じいちゃんの家には十数冊ほどのアルバム本が置いてあるのだ。

 そのじいちゃんの影響を受けてか俺もじいちゃんのまた写真を見ていくとともに段々と写真に対する気持ちが芽生えてきた。

 そこからはもう勢いに任せ、使う当てのなかったために貯めた貯金を崩して、自腹でカメラを買ってからは暇な時は外に出かけて写真を撮る毎日になった。

 そして、撮った写真は大体じいちゃんに見せて、「良いなこの写真」と言われながら頭を撫でられるのを待っていた。

 まぁ、そのじいちゃんも去年亡くなったんだけどね……。

 

 さて、自分の昔話はここまでにして今の状況なのだが、ある程度の準備を終えた俺はダッシュで目的の公園へと向かい、歩きで10分弱かかる道を5分弱まで引き下げ、例の公園の前にようやく到着した。

 とりあえず確認のためにも顔を少しだけ出して公園の中を確認する。

 公園の中には中央に設置されている遊具で遊ぶ子供数名とその親であろう大人が数名、そして公園の端に設置されているベンチに腰を掛け、遊ぶ子供たちを眺める新滝さんの姿を確認した。

 新滝さんの姿を確認した時にやはりこれは夢でも悪質なドッキリでもないことを再確認させられた。

 俺は自分の服装を確認しながら新滝さんの元に向かい、声をかける。

 

「すみません、お待たせしました」

「いえ、全然大丈夫ですよ」


 こちらの存在に気づいた新滝さんはにこやかな笑顔をこちらに向け、応対してくる。

 

「じゃあどうしようか?」


 新滝さんが言うことにはどうやら何を撮るとか、どこに行くとかそこまで詳しいことまでは決めてはいなかったようなので、俺と新滝さんは一度目の前にあるベンチに腰をかけこの後のことについて話すことにする。

 

「鹿瀬くんはいつもどんな写真撮ってるの?」

「え?俺?俺は基本…散歩してぶらっと回って気になったのがあったら撮る、みたいな感じかなぁ。俺あまり遠出とかしないから」

「へぇー…。ねぇ、どんな写真あるか見せて?」

「あ、や!ちょ!ちょっと近いです…」


 俺の写真が気になると言い出した新滝さんはぐいっと人1人分ほどあった隙間を一気に縮めて俺に近づいてきた。

 あまりに突然なことと加えて相手が好きな人だということもあり思わず立ち上がり少し距離を取ってしまう。


「あ、ごめんね」

「いや、こっちこそごめん…。…はい、これ。別に面白いものはないけど」

「あ、良いんだ。ありがとう」


 一旦心を落ち着かせた俺は首に下げていたカメラを手に取り、そのままカメラを新滝さんのほうに手渡す。

 少しだけ操作の仕方を教えた後は新滝さんは上達が速いのか手慣れた様子で俺が今まで撮っていた写真を見つめる。

 そして何故かその写真を見つめる目がどこか懐かしいものを見るような目であった。

 その姿があまりにも不思議で自然と新滝さんに魅入ってしまった。

 

「………………………え。これって…」


 しかし、そんな様子の新滝さんが突然カメラを操作する手を止めた。

 新滝さんの目は相変わらず写真に向けている、だが何故か新滝さんがその手を止めたあとは先ほどの懐かしいものを見る目というよりも驚いたようなそんな目をしていた。


「ん?どうしたの新滝さん」

「あ、ううん。何でもない。………ねぇ、鹿瀬くんはこれ見て何か思わない?」

「え?これ?」


 気になった俺は新滝さんに声をかけてみるが何もないとどこかはぐらかされたような感じを受けたが、そのあとすぐその目を向けていたであろう写真を俺に見せてきた。

 そこには海に沈んでいく綺麗な夕日が映っていた。

 島や船といったものが何もない水平線に落ちていく夕日がぶつかり重なる、それをカメラの中央でとらえていた。

 この写真を見て、思うことは一つ…。

 

「……懐かしい、気がする」

「………」


 そう一言。

 この写真を見ているとどうも心が落ち着き、暖かくなる、自分でも何を言っているのか分からないのだがそうとしか言えないそんな感情になった。

 

「でもこんな写真撮った覚えないんだよな」

 

 しかし、こんなことを言う割には不思議なことに俺はこの写真について撮った覚えがまったくないのだ。

 というのもこの近くには海などはない、それに加え俺は暇な時間には写真を撮りに外に出かけるのだが、出かけるといっても普通の散歩程度しか移動しないため、交通機関を使った長距離移動は未だしたことがない。

 家族旅行で遠くに行くことはもちろんあり、その度、写真を撮るためにカメラは必需品として持ち歩いている。

 それでもこんな写真どころかどこの場所なのかすら見当がつかない。

 となると父さんと母さんのどっちかがこのカメラを持ち歩いて撮ってきた、という可能性しかないのだが……、まぁ、あとで本人達に聞いてみるか。


「まぁ、とりあえずこれは置いといて…、どうする?どこで撮る?」


 俺はこの空気を変えることも含めて、夕日の写真に一旦、区切りをつけてから本題の内容に戻す。


「あっ、そうだったね。うーん……、私も鹿瀬くんみたいに散歩して撮ろうかな。やっぱり最初だし」

「おっけ。じゃあちょっとしたら行こうか」

「うん!」


 俺と新滝さんは目の前で遊具に夢中になってはしゃいでいる子供達を静かに眺めてからベンチを立った。


>>>>>>>>>>


 新滝さんとともにカメラのシャッターをひたすら押して、それにアドバイスをして、という流れを続けた結果、すでにあれから1時間が経過していた。

 やはりカメラの操作の時と同様、少しアドバイスをしただけで予想以上の結果で返ってくる、なんなら俺よりも良い写真が撮れているぐらいには。

 しかし、写真を撮っている最中、気になることがあり、新滝がどこか思い詰めた様子の表情をしていたことだ。

 多分原因はあの夕日の写真なのだろうが、気になる俺は新滝さんに何度か尋ねてみたのだが「ううん、大丈夫だよ」「楽しいよ?」などと言って笑顔を返してくるだけであった。

 だが、やはりその表情が変わることはなかなかなかった。


「今は…11時。どうする?もう少し続ける?」

「う…あー…」


 左手首に巻いた腕時計を見下ろし、腕時計の針はもう数分で11時を指すことを確認する。

 もうお腹が空く昼飯前ということもあり、もう少し続けるか、やめとくか、を新滝さんに聞いてみる。

 新滝さんは「うん」と言おうとしたのか最初の「う」の部分は言ったのだが、その後の予想していた言葉は出ず、新滝さんは一度な考える様子を見せた。


「ごめんね。午後少し用事があって…」


 色々考えた末なのか、新滝さんは両手を合わせてとても申し訳なさそうな顔をして断りの言葉を口にした。

 

「そっか、それじゃ仕方ないね。今日はもうお開きにしようか」


 別に強制するつもりはないし、新滝さんがやろうと言えばやっていた感じの気分であったのでやれないと言った以上どうこう言うつもりはない、まぁもうちょっと居たかったという気持ちはなくはないが…。

 俺は貸していたカメラを手渡してくる新滝さんからカメラを受け取ると、最初と同様にカメラを首に掛け直す。


「じゃあ、また今度。ばいばい」


 俺に別れの言葉をかけると小走りで公園の出口に向かっていく、俺はその背中を静かに見守る。

 すると、その途中で新滝さんは足を止め、こちらに振り返り、大きく手を振ってくる。

 もう、俺今日命日でいいや…。

 向こうから振ってきたんだし、大丈夫だよな…、と思いながらこちらも新滝さんに向かって手を振る。

 振り返したことに気づいた新滝さんはとても嬉しそうな表情をして、再び帰路の方向へと帰って行った。


「はぁー…」


 新滝さんの姿が完全に見えなくなったところで俺は一息つく。

 流石に好きな人と1時間ずっと一緒にいるなんて、初恋の俺からしたら結構きつかった。

 でも、出来ることならもう少しだけ新滝さんと一緒に居たかったなぁ…、だってもうこんな奇跡起きるわけ…。

 いや待てよ?別れ際新滝さん「また今度」って言ったよな?もしかしてもうワンチャンスあるのでは?

 ……いやいやいや、そんなことあるわけないか。

 新滝さんとは同じクラスの人だ、多分また学校でって意味だろうな、うん、多分そうだな。

 …………いや待てよ?なら普通「また明日」と言わないか?もし学校でという意味なら何故そう回りくどい言い方をしたのだろうか?もしかして、ワンチャンまだ俺には…。

 とよく分からないことを真剣に考えながら、俺も帰路についたのだった。


>>>>>>>>>>


「ふぅ…」


 お風呂も夕飯も済ませた俺は自分の部屋のベットに横たわる。

 帰宅後、午後は特にこれといったほど突発的な出来事はなく、家でおとなしくくつろいでいた。

 それにしても今日は色々あったなぁ…。

 新滝さんが突然うちにやってきたかと思えばそのまま新滝さんとともに公園で撮影会、そしてもしかしたらまた今日みたいに新滝さんに会える可能性が浮上、たった今日半日だけで人生の20年分ほどの運を使い果たした気分だ。

 そういえば、あの夕日の写真のことだが2人に聞いてみたのだがどちらも身に覚えがないと言われ、ますますこの写真が謎の存在となってきた。

 写真は誰かがカメラのシャッターを押さなければいけない、なにかものなどで偶然押されたなんてこともないとは限らないが、撮られた写真が夕日と海だ、たまたまなんかでこんな写真を撮れるはずがない。

 更にはどういうわけか新滝さんがこの写真を見て驚いていた、あの様子だと見覚えがあると捉えていいんだろうか。

 もしそうなら、今度会った時に聞いてみてもいいかもしれないな。

 会えたらね…。

 そういえば、新滝さん撮った写真どうしたんだろうか。

 俺は上半身を起こし、今日使ったカメラを手に持ち、今日撮った写真を確認する。

 新滝さんのことはまだよく知らないが、人のカメラだからといって撮った写真をそのまま消去してしまう人も少なからずいるようだ。

 もし、新滝さんが撮った写真を消去せず残しているのならせっかくだし見ておきたい。

 確かに撮った写真にアドバイスとかはしてはいたがそれは前半だけで後半あたりは新滝さんに自由に撮らせていたので、その後半あたりの写真は確認していないのだ。

 えっと…、これは…見たな、これも見た、これは……お、これは見てないな、じゃあここからか。

 俺はとりあえず今日の日付で分けられてあるファイルを開き、全体の半分あたりのところまでいってから1枚1枚見たことあるかを確認していった。

 数枚スライドしていったところ俺の記憶に覚えがない写真が出てきたところで操作する手をゆっくりにする。

 住宅街を背景とした木、日と重なる緑葉、遊具で遊ぶ子供達、あらゆる場面場所の写真が流れ出す、そしてやはり新滝さんはセンスが良いのか覚えが良いのかどれも良い写真ばかりであった。

 そして更に写真を見ようとボタンを押すと、次に出てきた写真を見た俺は驚愕する。

 カメラの画面に出てきたのは俺の横顔だった。

 たまたま偶然俺が入ったわけでもなく明らかに俺を主体とした写真が1枚撮られていた。

 新滝さんは一体、どういうつもりでこれを撮ったんだ…。

 気まぐれ?、興味本位で?、人を主体にしたかったから?、それとも俺に何かしらの感情を…。

 いや、一番最後はない確実にない、だって今日初めてちゃんと話したばかりだ。そんな1時間ちょっと居ただけでそんな特別な感情が生まれるもんなのか?

 ……いや、初恋とかいう唐突的に起こるものもこの世には存在するから、可能性は捨てきれない…。

 でももしそうならなんで……。

 あぁ、駄目だ。このままではまた午前の時みたいになってしまう、永久機関に突入してしまう。

 俺は今の現状が午前の時と同様になりつつあることを恐れ、素早くリモコンで電気を消し、布団をかぶって寝る体制に入る。でなければこのままでは一睡もできないまま夜を明かすことになってしまう。

 でも、寝れるかな?もう俺の心の中が興奮しきっているから寝れるか心配だ…。

 俺は心配なくしっかり眠れることを願いながら瞼を閉じ、眠りについていった。

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