第34話 やっぱり先生の事が

「さあ、さっさと土下座しなさいよ! 悪いのはあんたなんだからね!」


「いや、何か言葉遣いが悪いですよ、京子先生。落ち着いて……」


「これが落ち着いてられるわけないでしょ! ほら、スマホを寄越しなさい!」


「くっ……」


 執拗なまでにスマホを寄越せと、京子先生は食ってかかるが、俺は何とか京子先生を力で抑えつけて、それを阻止する。




 意外に力があるみたいだが、流石に俺が本気になると、京子先生も腕力では勝てないようなので、力づくで突破すれば、いつでもここから逃れられそうだってのは確信出来た。


「はあ、はあ……英輔……言う事、聞かないと、あなたの事、殺しちゃうかもしれないわよ」


「お願いですから、そんな物騒な事を言わないでくださいよ。先生、お医者さんでしょう。この先、たくさんの命を救う……」


「綺麗ごと抜かして、誤魔化すんじゃないわよ! 英輔、その女と付き合う気? もしそうなら、あんたの人生、どんな手を使ってでも終わらせるからね。殺すわよ、必ず。二人ともよ」




 いやいや、そんな殺気立った顔をして、恐ろしい事を口にしないでくれよ。


 京子先生、本当はこんな性格なのかな……そうじゃないと信じたいけど、こんなんじゃ患者といつかトラブルになるんじゃないか心配だ。


「わかりました。はい、どうぞ」


「あら、素直じゃない。それで良いのよ……あ、あれ? えっと……」


 仕方なくスマホを渡すが、案の定、パスワードがわからず、何度入力しても、ロックを解除出来ずにいたようであった。




「パスワード変えたわね? 勝手にこんな事を……」


「何で京子先生の許可が必要なんですか? 別に良いじゃないですか、俺の何だし」


「英輔の物は私の物なの。だから、知る権利があるわ」


 どこのジャイアンだよ、それ……何とも自分勝手な人だな。




「落ち着いてください、京子先生。別にその子と付き合う気は今はないですよ」


「へえ。なら、結婚しなさいよ。その子に未練がないなら、出来るでしょう」


「いや、はは……気持ちは嬉しいですけど、今は無理です。何か危なっかしいですし」


「私を怒らせているのは英輔の方でしょ。婚約したばかりなのに、浮気して……許される話じゃないんだからね」


 すっかり婚約者面をしているけど、本当にそんな話になっているのか、京子先生の中では。




「じゃあ、婚約の話はなしって事で。慰謝料払えって言うなら、払いますから、もうそれで終わりにしましょう。俺、実家に帰りますんで」


「は、はあ? ちょっと、待ちなさいよ! そんなの……いやっ!」


 こっちも埒が明かないので、もう完全に突き放す事にし、京子先生を突き飛ばして、出て行く事にする。




 最初からこうすれば良かったんだな。


 女医さんだからと遠慮していたが……まあ、所詮は女性だから、力で正面からやれば、俺が勝てるに決まっているんだな。




「ま、待ってよ。お願い。行かないで!」


「ああ、もう良いじゃないですか。俺、もう疲れましたんで。パニック障害は、心療内科受診しますから」


「お願い、いかないでえ……英輔さんに捨てられたら、私……」


 荷物をまとめようとすると、京子先生が泣きながら、俺にしがみついて引き留めて来た。




 ああ、ここまで愛されているんだな、俺。


 こんな泣きながら、引き止めてくる女性なんて、きっとこの先、出てこないだろう。


「わ、わかりました。出ませんよ」


「本当? 絶対?」


「本当ですって。すみません、俺の方こそ、浮気みたいな事をしちゃって」




 すっかり弱々しくなった京子先生が不憫になってしまい、彼女を抱きしめて、頭を撫でてそう宥める。


 自殺でもされると後味悪くなるし、俺も京子先生と付き合いたい気持ちが全く消えた訳じゃないからなあ。


「んもう、意地悪ですね、英輔さん。じゃあ、抱いてください」


「はい」


「そうじゃなくてえ……英輔さん、いい加減、京子を女にしてください」


 その場でぎゅっとハグしてやると、頬を膨らませて、そう不満を漏らすが、やっぱりそういう意味でしたか。




「ああ、京子先生はやっぱりそうでないと。俺も、先生の事、好きですよ」


「言葉が軽いですう……ちゃんと、行動で示してください」


 うーん、ここでやらないと本当に駄目なのか?


 てか、今日はもう遅いし、明日も京子先生は仕事じゃん。




「明日も仕事なんでしょう? いや、もう今日ですか。京子先生を待っている患者さんもいっぱいいるんですから、今日は休みましょうよ。俺だけの先生じゃないんですから」


「あら、お上手ですわね。しょうがないので、もうお休みしますね」


 と言って宥めると、素直に応じてくれて、ようやく立ち上がって、俺の部屋を出る。


 あーあ、俺も甘い。甘すぎる。


 あんなに泣かれちゃうと、俺もすっかり情が出てしまい、京子先生を突き放す事はとても出来なかったのであった。




 翌朝――


「おはようございます、英輔さん」


「おはようございます」


 朝起きると、京子先生は俺より先に起きており、朝食の準備をしていた。


「すみません、俺が朝食の準備をしないといけないのに」


「いいんですよ。英輔さんも、昨日は疲れましたよね?」




 エプロンを着て、髪を束ねている京子先生の顔はとてもキレイで、見とれてしまいそうな美しさであった。


 ああ、俺、やっぱり京子先生好きだわ。


「昨夜は本当にすみません。俺も大人げなかったですね」


「まあ、今更謝るんですか」


「いえ、その……あ、土下座しないと駄目でしたっけ?」


「そんなの良いですわよ。ねえ、それより……今夜、約束してくれます?」


「何をですか?」




 椅子に座って、食卓に並べられたトーストを食べようとすると、


「決まっているじゃないですか。私を抱く話です」


「う……ああ、マジでやらないと駄目ですか?」


「はい」


「結婚してからにしません?」


「ふふ、お堅いですねえ。それなら、今すぐ婚姻届け出しましょう。良いですわよね、そうしても?」


「流石にそれは……」




 まだ踏ん切りが付かないので、ちょっと抵抗がある。


 しかし、俺ももう気持ちはハッキリさせないといけないな。


「ねえ。私達、付き合っていますよね?」


「…………はい」


「――っ! え、へへ……」




 もう覚悟は決め、ハッキリとうんと頷く。


 京子先生の眩しいばかりの、嬉しそうな笑顔。


 直視できない位可愛かったが、何だかそれを見て罪悪感も出て来た。



(俺、この人と付き合っていけるのか……)


 とうとう超えてはいけない一線を越えてしまった気がしてきたが、俺もうんと言った以上は、もう責任は取らないといけない。


 くうう……俺にはもったいないくらいの女性だからなあ。

 

 果たして付き合っていけるか、不安であったが、あんなに泣かれてしまうと、俺も突き放す事など出来なかった。

 

 あと問題は葉山さんの事だけど……やべえ、こっちもちょっと問題であることに今更気付いてしまった。

 

 ややこしい事にならないといいけど、断りの返事はしっかりしないと駄目だよな、やっぱり。



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