第17話 徐々に女医さんとの距離も縮んでいったが……
「よし、これで一段落と……」
京子先生が出勤した後、食器の洗い物や洗濯、掃除を一通り終えて、一息つく。
すっかり主夫っぽくなっちまったなあ……じゃない。
この生活に慣れちゃうのも問題なので、早く抜け出さないとな。
「まあ、それは後々考えるとして……取り敢えず……」
今はやりたいことがある。
京子先生から預かった合鍵。これがあれば自由に家への出入りが……外出が出来るのだ。
「よし。行ってきます」
財布やスマホを持ち、いよいよ部屋を出る。
出た後、鍵がちゃんと開くか一度刺して開錠してみるが……問題なし。
さあ、出かけるぞ。
「うーん、良い天気だ」
今日は天気にも恵まれ、絶好の行楽日和。平日の昼だけどな。
しかし、一人で外に出るのも久しぶりだ。
京子先生と同居してから、外出は常に彼女と一緒だったからな。
何か解放された気分……先生には失礼だけど、やはり自由に外出出来るのは最高だ。
「まずはあそこに行くか」
外に出て、真っ先に行きたい場所があったので、そこへ向かう事にする。
今まで行った事ないけど、一度は行かねばならない場所なので、マップを見ながら、目的地へと歩いていった。
「着いたか……ここか」
歩くと結構あったので、バスに乗り、最寄りバス停を下りると、すぐ近くに目的の建物があった。
『恵心会クリニック』
そうここは京子先生が勤めているクリニック。
来るのは初めてだが、思ったより大きい病院なんだな。
四階建てで、内科、外科、産婦人科があると看板に書いてある。
もちろん、患者でもないので中に入る気はない。
あくまでも、京子先生が勤めている場所の確認をしたかっただけだが……先生が診察している様子も見てみたい気もするな。
まあ、産婦人科だから、俺には縁はないんだけど、あるとしたら俺が結婚して嫁が妊娠したら、その付き添いで……って感じになるかも。
(そんな事を今から考えてもしょうがないか)
今のは先生に口にしたら、マジで殺されそうなので、胸にしまっておく。
建物の周りは……こんな感じか。
「おっ、あれは……」
建物の裏手に回ると、職員用の駐車場があり、そこに京子先生の車もあった。
本当にここで働いているんだな。声もかけたいが、流石に邪魔は出来ないし、ウロウロしていると不審者扱いされてしまうので、もう行こう。
「次は何処に行こうかな……」
そうだ、失業保険の手続きしといたほうがいいかも。
どこでやるんだっけ? ハロワに行けば良いのか?
この近くにハローワークは……スマホで検索をし、必要書類などを調べながら、病院を後にしていった。
「ただいま」
「おかえりなさい。夕飯出来てますよ」
「まあ、ありがとうございます」
夜の八時近くになり、京子先生が帰ってきたので、夕飯の準備をして出迎える。
今日はそんなに遅くならなかったが、昨夜は急患が入ったので、疲れているだろうな。
「あ、そうそう。英輔さん。今日、私のクリニックに来てませんでしたか?」
「えっ!?」
先生が食卓につくや、いきなりそう訊かれたので、ビックリして声を張り上げる。
「いえ、英輔さんに似た人を見かけた気がしたので……」
「あ、えっと……はい」
まさか、見られていたとは思わなかったので、素直に白状する。
窓から俺の事を見ていたのかな……別に疚しい事はしてないけど、不審者に思われちゃったのかも。
「すみません、京子先生の働いているクリニックを一度見てみたかったので……あの、本当に外から見ただけですよ! 中には入ってないですから!」
「…………」
慌ててそう言い訳するが、京子先生はしばらく黙ったまま俺を見つめる。
やばい、怒らせちゃったか……場所を確認したかっただけなんだけど、邪魔しに来たと思われたとか?
「ぷっ……あはは……」
「え? ど、どうしたんですか?」
「ごめんなさい……まさか、本当に来ていたなんて……」
急に京子先生が笑い出したので、何事かと困惑していると、
「すみません、英輔さんを見かけたっての嘘なんです。でも、英輔さんの事だから、もしかしたら、私のクリニックに来てるんじゃないかなと思って、かまをかけてみたら……」
「え……ええっ?」
ようやく先生の言っている事を理解したが、俺をクリニックで見たってのは、俺をかまにかけるための嘘だったって事か……。
「いやー、まいりましたね……」
「ご、ごめんなさい。怒らせてしまいましたか。でも、何となく英輔さんなら、来てくれるんじゃないかなって思ったんです。場所の確認をしに来たんですか?」
「いえ、怒ってなんかないですよ。俺の方こそ、すみません、勝手に来ちゃって。でも、どうしても見てみたかったんですよ」
まんまと引っかかってしまったが、それだけ俺の行動が先生にとって読みやすかったって事か。
うーん、単純な性格をしているのかな、俺?
「いいんですよ。何処か体調が悪かった訳ではないのですよね?」
「はい。だったら、すぐに京子先生に言いますよ」
「ですよね。でも、怒ってなんかないですよ。むしろ、嬉しいです。私の事、気にかけてくれたんですよね?」
「まあ、はい。先生が診察している様子も見てみたいなって思って……まあ、無理なのはわかっていますけど」
京子先生って患者さんにどう思われているんだろうな?
女医としての腕はよくわからないけど、人当たりの良い感じはするので、患者としては話しやすいのかもしれない。
「ふふ、そんなのいつでもしてあげますのに。白衣を着ている姿が見たいですか? 最近は白衣を着用しない医師も多いですけど、私は普段、着ています。何て言うか、見た目が幼くて医者に見られない事があるので……」
ああ、何かわかる。
多分、京子先生は二十代後半くらいなんだろうけど、見た目はまだ女子大生位にも見えるもんな。
貫録を少しでも見せるために白衣を着て、医者ってアピールをしているって事か。
「はは、いえ、すみません、無理を言って。でも、一度クリニックを見れて良かったです」
「んもう、そんなのいつでも連れて行きますのに。ふふ、でも何だか英輔さんと心が通じ合っているみたいで嬉しいです」
「あ……はは、そうですかね」
確かに京子先生と同じことを考えていたって事で、心が通じていたのも事実だろう。
そうなると、ちょっと照れるなあ……先生、やっぱり俺の事を?
「と言う訳で、私と英輔さんは心で繋がっているという事が確定しましたね。では、これにサインしてください」
「な、何でそうなるんですかね?」
何て照れていると、いきなり婚姻届けを取り出して、また結婚を迫ってきた。
「まあ、心が通じ合っているという事は想い合っているという事ですよ。なら、遠慮しなくても宜しいじゃないですか」
相変わらず飛躍しすぎじゃないですかね、このお医者さんは……折角、良い雰囲気になったのに、これじゃ台無しだ。
「はは、それはもうちょっと考えさせてください。俺も療養に専念して、一刻も早く完治させたいんですよ」
「じゃあ、完治させなければずっと一緒で良いんですね。なら、サインしましょうよ。それとも、女医は嫌ですか?」
「嫌って訳では……」
ないというか、女医と結婚とか付き合うって、今まで考えた事すらない。
別に彼女の職業とかはどうでも良いんだけど、女医なんて、元々雲の上の存在過ぎて、眼中にも入ってなかったな。
「ぶうう……やっぱり、真面目で慎重な方なんですね。でも、いいです。いずれ、私と結婚せざるを得ない事を思い知らせますから」
「あ、あの……冷めちゃいますので、夕飯食べちゃいましょう」
何か恐ろしい事を言ってきたが、これ以上彼女のペースに乗せられるのも危険なので、話題を逸らす。
結婚とかよりも、もうちょっと京子先生と距離を詰めたいなって思ったのであった。
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