第15話 彼女の女医としての顔を見て

「さあ、お夕飯にしましょう。今日はフライドチキンを買ってきましたので、一緒に食べましょうか」


 夕飯も既に買ってきていたのか、京子先生はフライドチキンとポテトが入った箱をキッチンのテーブルに置く。


 実に用意が良い人だが、やっぱりあの眠気はおかしい。



「あの、京子先生。今日、お昼ご飯を食べた後、急に眠くなったんですよ。それから、ずっと寝ていたって、ちょっとおかしくないですか?」


「うーん、お疲れ何でしょうか?」


「そうかもしれません。えっと……このお茶、普通のお茶ですよね?」


 京子先生が淹れたお茶が入っていた水筒を、彼女に突き出し、何か変な薬が入ってなかったか問い詰める。

 俺の推理では……このお茶に、睡眠薬か何か入っている。


 やけに濃いお茶だったので、味がわからないようにしてあったんじゃないかと勘繰ったが、果たしてボロを出してくれるだろうか。


「そのお茶は、京都の物産展で購入した宇治茶で、ちょっと濃い目に淹れてしまったかもしれませんね。お気に召さなかったでしょうか?」


「いえ、味は良かったんですけど……これ、飲んだら急に眠くなったんです。こういう事ってあるんですか?」


「まあ。まるで、私が英輔さんに一服盛ったんじゃないかと言わんばかりですね」


「そ、そういう訳じゃ……」


 問い詰めるてみるが、京子先生はそれがどうしたと言わんばかりの涼しい顔をして、そう返してきた。


 えっと、これって普通に犯罪じゃないの?


 とはいえ、先生が睡眠薬を盛ったという証拠もない以上、あまり言及は出来ない。


「妊婦さんの中には妊娠中、ストレスで眠れないという人もいます。ですので、そういう時には睡眠薬を処方するケースもありますわ。睡眠薬も決して毒ではないので、医師のアドバイスに従って、適切に処方すれば問題はありませんよ」


「そういう事を聞きたいのではないのですが……」


 医者なら睡眠薬を常備していても何ら不思議ではないが、俺をここから逃がさない為に、一服盛っているのだとしたら、今度はどんな危険な薬を盛ってくるかわかったものじゃない。


 医者なら普通のドラッグストアじゃ買えないような、危険な薬を所有していても不思議ではないからだ。


「きっとお疲れなんですよ。ですので、安静にした方がよろしいかと」


「でも、急に眠くなったんです。これって、なんか病気とかじゃないですかね?」


「くす、どうでしょう。後で診察してさしあげますわ。さあ、お腹空いたでしょう。まずは夕飯にしましょう」


 これ以上問い詰めようにも、証拠もないので、断念をせざるを得なくなり、取り敢えず夕飯にする。


 これ普通に犯罪だよね? 警察に行った方が良い案件だったりする?


 とはいえ、京子先生がそんな事をしないだろうと信じたい気持ちもあるので、もう少し様子を見る事にした。


「このフライドチキン、スパイスが効いていて、とっても美味しいんです。ポテトにサラダ、バゲットもあるので、遠慮なく食べてくださいね」


「いただきます……」


 入院患者に出す食事にしては、偉く脂っこい気もするが、折角買ってくれたので食べる事にする。


 とはいえ、ずっと寝ていたから、お腹も空いてないんだよな。


「そうだ。この前の結婚の話、考えてくれましたか?」


「え……あの、本気なんですか?」


「もちろんですわ。私達が結婚すれば、英輔さんを付きっ切りで看護できますし、それが完治への第一歩ではありませんか。悪い話ではないでしょう?」


 悪い話とかそういうレベルの話ではなくて、そんな理由で結婚するって非常識過ぎないか?


 この人はどんな教育を受けてきたんだろう……って、医者になるために勉強し続けてきたんだろうが、医師がみんなこんな性格なわけないからな。


「私もいずれ開業したら、英輔さんのサポートが欲しいのです。どんな形でも構いませんわ。出来れば、私生活でのサポートをしてくれると嬉しいんですけど」


「それは応援しますから……」


「応援だけならだれでも出来ると言ったでしょう。私は英輔さんに私生活でのサポートが欲しいのです。わかりますか?」


 私生活でのサポートって、要するに家事をやれって事?


 いやあ、それじゃあ家政婦みたいじゃないですか。先生なら、お手伝いさんを雇えば良くないって思うんだけど。


「考えておきますね」


「まあ、いかにのも乗り気じゃなさそうな返事ですわね。いいですわよ、意地でもうんと言わせますので……ん? 失礼します。はい」


 何て会話を夕飯を食べながらしていると、京子先生の携帯電話に着信が入ったので、先生が電話に出ると、


「え? ああ、はい。わかりました。すぐに行きます。すみません、患者さんが急に産気づいたみたいで……すぐに行ってきますわ」


「あ、ああ……はい」


 まだ夕飯の途中であったが、京子先生は急いで身支度を整えて出かける準備を始める。


 当たり前の話だけど、患者に何かあったらすぐに飛んで行かないといけないんだよな。


「では行ってまいります」


 バッグを手に取り、俺と顔を合わすこともなくそう告げた後、部屋を出て、クリニックに急いで戻っていった。


「大変なんだな、やっぱり」


 改めて、医者って大変なんだなと思い知らされる。


 急患の電話が入った途端、先生は真剣な顔つきになって、俺の事など二の次とばかりに、急行していったからな。



 彼女は本当に患者の事を第一に考える、プロのお医者さんなんだろう。


 そんな京子先生に俺は何かしてやれないだろうかと、思わず考えてしまう。


 いや、別に付き合っている訳じゃないんだから、そんな事をする義理もないんだが……あの、医師としての彼女の顔を見るとついな。


「あ、先生。鍵もかけないで行っちゃったな」


 玄関へ行くと、京子先生は鍵もかけずに出てしまったので、すぐに閉める。


 今なら、すぐに逃げられるんじゃないか――


 そんな考えが頭を過った。多分、京子先生は帰りが遅くなると思う。


 既に荷造りは済ませているんだし、今なら彼女から逃げられる……。


(…………)


 止めておこう。


 何か卑怯な感じがしたので、京子先生が食べ残した夕飯をラップに包み、帰ってきたらすぐに食べられるようにしてあげる。


 彼女とはしっかり話し合ったうえで、今後の事は考えれば良いのさ。


 俺も考えが糞真面目というか、甘いなと思いながら、先生が買ってきたフライドチキンのセットを食べていった。

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