モノローグ(柳)
◯
自分の教室、一年A組には向かわず、一年B組に直行した。一Aと一Bの違い、それはクラスを受け持つ担任教師が違うだけ。各科目の担当教師は全て同じだから実質的には同じクラスともいえる。とは言っても時差?という違いは当然ある。一Aが一限英語Ⅰなら一Bは四限英語Ⅰ、という具合だ。そうなると英語Ⅰに限れば一Bの方が有利だ。一Aの授業後に授業内容をノートやらで確かめられる。つまり、先に答え合わせが出来るから、教師に当てられても即答できる。新一年生が新学期早々これだ。でも皆そうやって来たのだ、中学生の頃から。持ちつ持たれつの関係。そして一Aと一Bもまた、新学期初日から堕落した同盟条約を締結するのだ。いや、自分の様に成績がパッとしない一部の者だけが勝手にやっているだけなのか?
それにこの関係、そう全てが上手くは運ばない。一Aの自分はこれからすぐ一限が英語Ⅰなのだ。しかし一Bはもっと後、四限が英語Ⅰである。流石にタイムマシンでもない限り、未来の四限の授業後へ聞きには行けない……この様な難問を出されたら、一体どう答えるか? 答えは簡単、「英語が優秀な、頭の良い人間に聞きに行く」である。……もっとも、この答え「英語が優秀な、頭の良い人間に聞きに行く」にマルをくれるのは出題した当の自分、バツをつけるのは答案の採点資格者、つまり当の頭の良い人間だろう。では、どちらの採点が正しいのか? 答えはもっと簡単、頭の良い人間の方の採点に決まっている。だからこそ自分の答案(頑張ってみたが分からなかったので白紙)を、頭の良い人間に添削してもらいたいだけなのだ。その辺りを誤解?しないで欲しい。
その一Bには言わずと知れた頭の良い人間(桜井)がいる。教室に入ると、やはり車で登校だから先に来ていたのだが、珍しく周りのクラスメイトと話が盛り上がっている様子だ。桜井は社交的ではあるが、いかんせんハイスペックなものだから周りが付いていけない、桜井も周りに合わせてやる、中学時代はそんな感じだったが…… それはそうと困った、割って入っていきなり英語の課題プリントの答えを聞ける雰囲気ではない。自分だって場の空気くらいは読める。少し待ちながら教室を見回しても、手の空いていそうな生徒は、自分と同レベルと見た、どうせ当てにはならない。顔見知りが何人か目に止まったが……同じ中学出身者なら大凡の成績は分かるからだ。まだ始業まで時間の余裕はあるので、焦らずにしばらく教室の隅で、桜井達の話を聞き耳を立てながら傍観していたら……「海」という言葉が流れる様に耳に入った……流暢な桜井の喋りの中でその言葉だけが大きく波打った。
何故か、ピンッ(ドンッ)、と来た。……(?)正直戸惑っている。ピンッ、と来た程度だ。自分の行為に違わず、聞き耳を立てる程度の興味。海なんてありふれた言葉、よくその辺に転がっている。自分が物心ついた時から一体何回この言葉を耳にした?百?千?耳にタコなんてものじゃない。しかも海を含めた言葉なら、それこそ海岸やら日本海やらキリがない。山だの川だの海だの当たり前過ぎてもはや、ピンッ、とすら来やしない筈だが……多分自分の名前を呼ばれた様な気分がしたからだろうか。つまり自分の名前など自身にとっては当たり前過ぎる言葉なのだが、それでも名前を呼ばれれば、ピンッ、と反応くらいはするだろう? でも自分の姓、名前に「海」という言葉などない。が、自分の何処かに普遍的に内在している言葉だからこそ反応したのだ。盆地という閉鎖された陸地に住み着いて、海の向こう側に出た事すら一度もない自分とっては、「海」という言葉自体が抽象的で漠然としている。生命は海から誕生したと教わった、その意味では自分の中に「海」は確かに存在するのかも知れないが、余りに壮大な話だから実感も持てず……そんなピンッと来ない言葉には感度など持ち得ない。もうただ体感不可能な「大きい」存在としか……そう、海なんて大きさの尺度としての巨「大」や壮「大」の象徴でしかないのだ。だから、そちらに(ドンッ)と反応したという事か? 海という言葉の表象として感じるのはあの青い「海」しかないが……今自分が感じ取ったのは、それ以外の言葉にし難い何か(ドンッ)だ。「海」という記号には関心などなく、肝心の海とは「何」の事なのか? ……それが果たして「大」なのか「何」なのか……何を言っているのか自分でも分からなくなってきたが……
海なんて小一でも知っている常用漢字にピンッと来やしないとは言ったが、ある言葉の裏に何かしら強い反応(ドンッ)を感じるなんて、それだって数えたらキリがないのだろう。震度六強を体験してからは、「地震」と聞く度に(ビクッ!)とする。「桜井」と聞けば(ドキッ?)とする。そうした反応は心臓には悪いが、決して特別な反応でもないだろう……が、今のそれ(ドンッ)は何か様子が違う様な…… 今までより大きな、何か。今までにない、何か。何かに対する警戒感ではなく、大変動の予兆みたいな不安感。どうも上手く言えないが……ではイメージならばどうだろう? 「火山」という言葉を今まで九百九十九回聞いて頭に蓄積しても微動だに反応しなかった(火の山って何だ?自分には普通の山にしか見えないのに)が、千回目にしてようやくエネルギーの臨界点に達し、ピクッと反応し始めた、そして千一回目には「火山」という言葉がついに耐え切れず噴火(ドンッ)し、知らなかったその言葉の真の意味を理解し始める……
今まで自分は、海を無視してきた、色んな意味で。海に疑問はあるが、まあ別にいいか、海は大きくて水や塩で出来ているのを知らない程に無知ではないのだし……と、そんな風に。しかし、そろそろ無視も出来なくなって来た……何故だろう。ここは地球、その地球全体の七割をも占め、そこから生命を誕生させ……それが今、「自分」にまで至らしめている「海」……
そう考えると海とは自身そのものではないか? あらゆる全てを包括するこの言葉を理解しなくては、自分は何を聞いても、何を学んでも、何をやっても、結局すっきりしない、はっきりしない、つまりは「分からない」ままの人間なのだ。逆にこの言葉こそが、その「解らない」呪縛を解くために自分が対峙しなければならない、決着を付けなければならない何かだとすら思い始めて来た。
自分の中で「海」という言葉が、いよいよ満潮時に差し掛かり始めたのを意識した。その後、一体どうなるのか分からないが……ただ、何かがある……?
気付けば、桜井達の話に割って入った自分がいた。
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