第18話 支えたい気持ちと熱
――それに気が付いたのは一時限目の終わりの休み時間。
(あれ?)
いつもなら女子に囲まれているはずの高橋。しかしこの休み時間は誰も近寄らず、彼は一人席で携帯をいじっていた。
「どうしたんだろな、高橋」
同じことを思ったのか田中が小声で僕に聞いてきた。しかしその事情を僕も知るわけもなく首を傾げ『わからん』と返答をする。
まあ、心当たりがないこともないが。おそらく昨日の放課後の告白の件が関係しているのだろう。しかし、それを勝手に田中に言うのも違う気がする。と、その時僕の形態が震えた。
『今日チケット持ってきてくれたかな?』
高橋からのメッセージ。おそらく目立ちたくないという僕に気を遣ったんだろうな。直接話しかけてくるのではなくDMでのやり取り。こういうとこもイケメンだな。
『うん、持ってきてる』
『そっか。じゃあお昼休みに屋上で貰ってもいいかな』
『わかった』
チケットもこれで一枚捌けた。ほんとありがたい。まあ、ライブで秋乃を観たいっていうのが目的なんだろうけど。なんにせよ、これでノルマ達成に一歩近づいた。
まあとはいえ、一枚は一枚。あと二枚は誰かに売らないといけないんだよなぁ……さて、どうするか。家族に売るという手もあるが、母さんは仕事で来られないだろうし、妹にライブ会場の爆音は刺激が強すぎる。うーむ……結構ピンチかも。最悪自腹切らないといけないかもな……やだなぁ、自腹。お金もったいない。
そんなことを考えているとまた高橋からメールが来た。
『もし、よかったらなんだけど昼食も一緒にどうかな。屋上で』
昼食?意外なお誘いに驚く。なんで僕なんかと?いや、この場合僕と昼食をとりたいんじゃないのかもな。
『いいけど、秋乃は呼べないんだが』
多分秋乃が目的なんだろう。やや間があって再び返信がきた。
『大丈夫。俺と佐藤君、二人で食べよう』
え、マジで?
『高橋の友達は?一緒に食べないの?』
『うん、今日はひとりだから』
……これ、やっぱり何かあったっぽいな。あんまり触れないほうがいいと本能が訴えているので詳しくは聞かないでおくけど。面倒ごとの気配がする
『わかった。じゃあ後で屋上で』
『ありがとう。楽しみにしてる』
(……何を?)
そうしてあっという間にお昼休みが来た。自分の弁当箱を持って屋上へと移動。ちなみに田中は早弁してもう食べるもの無いから昼休みは寝てた。つうか寝言で牛丼(並)を注文していたが。どんだけ食いしん坊なんだよ。
「やあ、佐藤君」
扉を開くと上から声がした。前に秋乃と二人寝転がていた場所から高橋は見下ろしていた。こっちこっちと手で招く。
備え付けの梯子を使い上へ。遠くで僕らと同じく弁当を昼食をとっている生徒が二人いたが、僕ら以外に屋上にいるのはそれだけだった。
「とりあえず食事にしよっか」
僕は頷く。声は極力出したくはない。まえにきかれたとは言え、記憶に残ってない可能性もあるからな。できる事ならこのまま忘れてもらいたい。
僕と高橋は向かい合わせに座る。二人とも胡坐をかきその上に弁当箱をのせた。
「いただきます」
手を合わせ、二人は弁当箱を開ける。今日のおかずの目玉は手作り豆腐ハンバーグ。ちなみに夜もこれだ。朝に夜の分を作って冷蔵庫に入れてある。百合の好物。
「――おお、ハンバーグかよ!めちゃくちゃ美味そうだなぁ、おい!!」
だろ?これ僕の得意料理の一つだからね。ふふん。
「なあ、それ一個くれねえ?」
は?やらんが?いや高橋も自分の弁当があるでしょうが……ってあれ?不思議に思い顔を上げると、普通に正面に座っている高橋。ポカーンとした表情で僕と同じく不思議そうな顔でこちらを見ていた。
え……あれ?高橋そこにいるじゃない……じゃあハンバーグ要求してるこいつは?
――隣に視線を向ける。するとそこには、顔の真横に田中の満面の笑みがあった。
「ぎゃあああああ!!!!!」
「うおおお!!あっはっはっは!!ビビりすぎだろーお前!!」
驚きのけぞる僕。その反応を見て爆笑している田中。
(ま、マジでビビったぁ……!!)
向かいの高橋が口に手をあて体を震わせていることに気が付く。……これ、絶対笑ってるじゃん。めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど。
と、その時、びっくりしてひっくり返しそうになる僕の弁当。しかしそれを田中が尋常じゃない反射神経で中身全てこぼさずにキャッチする。涼しげな表情で「あぶね」と呟く田中。
――す、すげえ!?ありがとう助かった田中……じゃ、ねええええ!!違う違う!!こいつが原因だから!!てかなんでここに田中が……。
「お前、な、なんで!?寝てたんじゃ……!!?」
「いやあ、だってさ。お前いつもボッチ飯決めてるだろ?なのに珍しくどっか消えてったからさ、まさか彼女でもできたんじゃねえのかあの野郎って思って後つけてきただけ。まぁ、お前が彼女なんてできっこないんだけどさ!あははは」
「は?……お前には言われたくないんだが」
「あははは、ウケる……って、あれ?まって」
「なに?」
「お前、その声――」
あ、やべえ!つい勢いで普通に喋ってたんだが!しかも声に反応した……もしかして『バネ男』を知ってる……!?
「お前、その声……」
――ぞくりと背筋が凍る。
「女だったのか!!!?」
「なわけねーだろ!!」
とんでもない大暴投についツッコミを入れてしまう僕。的外れもいいところでがくりと拍子抜けしてしまう。
だがしかし、その反面二回目に発した僕の声でも反応していないところを見るとバレの心配なさそうなことに胸をなでおろした。
……けど、女か。まあ、間違えられても不思議ではない声質ではあるが。配信とかで間違う人は多いし、男だって言っても未だに女子だと信じ込んでる奴もいるくらいだ。
けどよく考えて?こうして男子の制服を着てるのに女なわけないだろ……ていうかこの前僕らプール授業一緒に受けてましたよね?
「そ、そうだよな。お前が女とかどこのラブコメだよってな。危なく今日からお前に対しての対応を考えなきゃいけなかったとこだぜ」
「いや女だったら考えてるんかい。怖えよ」
僕は脱力的なツッコミを入れる、すると
「ふふ、あははは!」
高橋が笑い出した。もしかすると僕と田中のやり取りがくだらなすぎて失笑してしまったのかもしれない。
「……つうかなんで春、お前と高橋が一緒に飯食ってるんだ?いつの間にそんな仲に?」
「あ、いや、それは」
「ちょっと俺が佐藤君に用事あってね。それでついでに昼食もって話しになってさ」
「ふーん、用事ねえ」
「うん。彼が参加しているバンドが今度ライブをするみたいでね。俺はそれが観たくて。そのチケットを売ってもらおうと思って呼んだんだよ」
あ、と思ったのも時すでに遅く、田中が興味ありげな目でこちらを見ってきた。
「え、そうなのか?へえ、お前バンドなんて組んでたんだ……意外だな」
「いや……ぼ、僕はあくまでサポートだから……」
「え、ギター弾いたりとかすんじゃねえの?」
「弾けない弾けない。僕、単なる雑用する人だから……」
「へえ、いやてっきりなんか楽器できるんかと思ってびっくりしたわ」
くそ、喋りたくないのに状況的に喋らざるえない……秋乃のありがたみがわかるな、これは。ううむ。
「ふーん、しかしそうかライブねえ。ちなみにいつあるんだ?そのライブは」
「え?……来週の土曜日だけど」
「時間は?」
「夜の八時からスタート」
「そうか。チケットはまだあんのか?」
「?、そりゃあるけど……?」
「よし、じゃあ俺にも一枚売ってくれよ」
意外な言葉に僕は面を喰らう。
「え、マジで……!?」
「おうマジマジ。俺結構ライブとか好きなんだぜ」
「……そうだったのか。知らんかった」
意外だ。田中はスポーツにしか興味がないタイプの人間だと思っていた。
「ま、そりゃ知らねえだろうな。だってお前ぜんぜん会話しねえし」
「……う」
それはそうだ……できるだけ会話をすること自体避けていたし。学校では人との会話なんてなくてもいいと思っていた。僕の歌い手としての活動がバレて悪目立ちするくらいなら、友達なんていなくていいと。でも、田中はそんな僕とも普通に会話をしようと試みてくれたし、それでも喋ろうとしない僕にこうしていまだにかかわりを持ってくれている。
今では大切な友達……少なくとも僕はそう思っている。……果たして僕はこのままでいいのか?
(この二人くらいになら、もう……筆談じゃなくて、普通に喋っても)
「まあ、お前にも喋らない理由ってのがあるんだろ?先生たちもそれ許してるくらいだしさ。重要な事なんだと思う……だからもう深くは突っ込まねえ。でもさ、ノートじゃなくって俺はこうやって普通に喋ってくれた方が嬉しいぜ」
にかっと歯を見せ笑う田中。僕はその笑顔に嬉しい気持ちと安心感、そしてこのままではだめだという確かな罪悪感を感じた。
「……あ、うん……まあできる限りは」
「おう。無理ねえ範囲でな。……んで、そのハンバーグひとくち」
「やんねえよ」
「ちぃ」
ふと視界の端ににまにまと笑う高橋の姿。
「よかったね、チケットが売れて」
「あ、うん」
「?、チケット買ってほしかったのか?」
「……一応販売ノルマがあるみたいなんだよ」
「なんだそういう事かよ。そんじゃあ最初から俺に頼れよ、水臭いな」
「……え」
「お前、いつもそうだよな。困ってんならちゃんと言えってば。もっと周りの奴に頼ってこうぜぇ」
……。
「田中君のいう通りだよ。困ったら頼ろう。君と田中君は友達なんだから」
「……友達……」
「あ?おい、お前まさか友達じゃねえとかいうんじゃねえだろうな?」
「……いや、そうじゃなくって……困った時だけ友達面されてもって感じじゃないか?こう、都合よく利用されてるっていうか……」
「何言ってんだお前。そんなこと思うわけないだろ。つうか俺だってお前に何度も助けてもらってるし」
「……そうだっけ?」
「前も弁当のおかずわけてくれたじゃんか。あとあれ、宿題も写させてくれたりさ」
あ、案外助けてたわ。むしろ宿題とかは助け過ぎちゃってるまであるかも。
「確かに……ってか、食い物はともかく、宿題は助けないほうがいいかもしれないな」
「そんな!?」
「まあ、確かにそれは田中君のためにならないよね」
「高橋うるせえ!!」
忙しい奴だな。
「つ、つうか高橋!お前に俺のなにがわかんだよ!!よく知りもしねえくせに……」
「え、田中君のなにを……そうだな。運動神経がとてもよくてこと球技に関しては校内一じゃないかと噂されている男子。時期野球部の主将との呼び声も高いスーパーエース。義理人情にも厚く、こないだも横断歩道を渡れずに困っているおばあちゃんを助けていたり、先週は迷子を家まで送り届けたりしていたりと、人として尊敬できる奴……ってことくらいかな」
「やだ!めっちゃ知ってくれてる!?気分いいどころかそこまで言われたら恥ずかしいまである!!」
「恥ずかしいことなんてあるものか。君は立派でカッコいい素敵な男だよ」
「あかん!もういい堪忍して!!」
田中は両手で顔を覆いうずくまる。乙女か。
「まあ、話はそれてしまったけど、困ったらまず頼ったらいいと思うよ。田中君は勿論、俺でもいいし。俺ら以外の他の友達にだってさ」
友達に頼る……。
「あの、高橋さん、じゃあ俺から一つ困っている事が」
田中が復活しむくりと起き上がった。高橋さん?
「?」
「あの、ほら、高橋さんてすげえ人気じゃないっすか。歌が上手いとかって、へへ。可愛い子のファンとかたくさんいるんじゃないっすか?」
「え?……まあ、たぶん」
おいこいつまさか。
「わたくし彼女いなくてですね。あ、いやいた時もなくってですね……誰か紹介していただけやせんかねえ、へへ」
「いやそれは無理だよ。俺はファンとは必要以上に近づかないようにしてるし。そういう相手としても紹介はできないかな」
「ぐぅう……ダメかぁ」
「……急に株下げにきたな、田中」
がっくりと肩を落とす田中。こいつに彼女ができない理由はこういうところなんじゃなかろうか。スポーツマンってだけでも普通にモテそうなのに。
そうして無事チケットが二枚売れ、さらに残りの一枚もどうにかなりそうな希望が出てきた。なんと田中の大学生のお姉さんがガールズバンドをやっているらしく、誘えばライブに来るんじゃないかとのこと。めっちゃ嬉しい。頼んだぜ田中。
――それからあっという間に時は流れた。配信、練習、配信の毎日で慌ただしく、しかしどこか楽しい多忙な日々が過ぎ、ついにライブの前日。
「へえ、田中くんて子が買ってくれたんだ」
「ああ。そいつのお姉さんも買ってくれてノルマ達成。ほんとに助かるよ」
学校が終わり、秋乃は僕の家へ来ていた。二人テーブルを囲い麦茶を飲み涼む。最近はだんだんと気温が高くなってきて登下校も辛く、たまに秋乃はこうして帰る前に僕の家へ寄ることが多くなっていた。
まあ僕としてもこうした軽い雑談をすることでいい気分転換にもなるし良い。
「あれ?そういえば百合ちゃんは?」
「ああ、百合は今日は病院の日なんだ。今はいない」
「そっか、なるほど……二人きりか」
「ああ、うん」
……え、それいう必要あった?
カラン、と音をたて崩れるグラスの氷。今の秋乃の一言で妙に意識してしまう。少し汗ばんだ白い肌、スカートから伸びる長い脚。ほのかに赤いリップの艶とさらさらの長髪。
ホント綺麗だよな秋乃って……いや、まあ現役モデルなんだから当然と言えば当然なんだが。
(……ダメだ。二人っきりってワードで変に意識しちゃってる)
「ぼーっとして、どうしたの」
「え、いや」
惚けてる僕を心配したのか、秋乃が身を乗り出して僕に顔を近づける。
「熱中症……?大丈夫?顔、少し赤くない?」
「そうか?べつに大丈夫だけど」
そりゃ赤くもなる。秋乃の顔が至近距離にあって、睫毛なげえしなんかいい匂いするし。これ以上この距離で会話するのはまずいと思いのけ反り顔を離した。するとなぜか秋乃にジト目で睨まれてしまい気おされた。いや、ほら僕汗くさいかもだし……あとこれ以上意識しちゃうとまともに話せなくなっちゃうから。しかしそんな僕の胸中を知ってか知らずか、彼女はじーっとこちらを見続けていた。
(……話題を逸らさねば……)
唇を尖らせ明らかに不服そうな表情の秋乃。圧を感じるこの状況を打開すべく早々に何か別の話を展開しなければと脳死で言葉を口にした。
「あ、あー……なんか秋乃っていい匂いするよな」
「え?」
――おいいいいい!!その話題の逸らし方は駄目だろおおお!!ただの変態じゃねーか!!『君、いい匂いするね』とかイケメン高橋や月島さんならまだ許されるかもしれないけど、僕が言ったら普通にキモがられるだろー!!やべえ完全にミスった!!
自分の言った言葉に固まってしまう僕。微妙な雰囲気を打破するべく打ち出した別の話題が完全な悪手だったことに頭が痛くなる。しかし対する秋乃はというと少し驚いたような表情を浮かべるだけで特別嫌そうな感じはしてなかった……気のせいかもしれないが。
いや、いずれにせよ誤魔化さなければ。
「や、今のは……」
「あー、この香水ね。これあたしのお気に入りなんだよねぇ。春くんも好き?こういう匂い」
「え……あ、はい……す、好きです」
よ、よかったぁーセーフだった!
「いいよね、爽やかな柑橘系。いま持ってるけどちょっと使ってみる?」
「いやいやいや、僕なんかがそんな……秋乃のだろ。勿体ないって」
「別に勿体なくなんてないけど。ま、いっか」
口をとがらせ鞄から取り出しかけたポーチを仕舞った。べ、別の話題を……なにか無いか。あ、そうだ。
「と、ところで、ライブの方はどうだ?例の件、許可取れた?」
「ん?ああ、あれね!YooTubeでの生配信!大丈夫だよ、春くんのチャンネルでも宣伝してもらって」
「そっか、ありがとう」
せっかくバンドで歌う事ができるんだ。どうせならいつも僕の配信を観てくれているリスナーにも見てほしい。しかし勝手に宣伝するのはまずいだろうと思って秋乃に宣伝していいか運営に許可を取ってもらっていた。これで『バネ男』のSNSでURLを貼って告知できるな……よかった、これで皆にも見てもらえる。
まあホントは会場に来てもらって生の演奏を聴いてほしかったんだけど、仕方ない。配信でも十分に楽しめるだろう。タダだし。
「でも、ごめんね」
「?、なにが?」
「ほら、遅くなっちゃってさ。結局当日になっちゃったし」
「いやいや、大丈夫。秋乃のせいじゃないし」
とはいえ運営も忙しいのだろう。人手が足りてないって話も聞いてるし、これに関してはもう仕方がない。
「……ありがとね」
「え?」
「あ、告知の件じゃなくて。今日のライブ、出てくれてさ」
秋乃はそういってにこりと微笑む。
「どうしたんんだ?藪から棒に」
「いやぁ、ほら、お礼はきちんと言っておかないとと思ってさ。春くんの歌い手活動の時間も削っちゃってるわけだし」
「別に気にしなくていいよ。僕にとってもいい経験になったし。っていうかまだ終わってないんだけど」
「いやまあ、そーなんだけどね」
「秋乃は準備万端なのか?」
「もっちろん!今からでもやれちゃいますよ!春くんは……聞くまでもないか。昨日の練習ではばっちりだったしね」
「……まあ、だいぶ感覚はつかめてきたけど」
「けど?」
「いや、なんとなく違和感があって」
「違和感……体調不良?やっぱ夏バテ?」
「いや、そういうんじゃなくって。ほら、僕って今までライブした経験がないから、それで不安になってるのかもしれない」
「あー!わっかる!あたしもそうだったよ!初ライブの時は指震えまくってたもん」
「……あの秋乃が?」
秋乃が小首を傾げた。
「あのってどの?」
「いや結構緊張とかしないイメージだったから。そういうのに強いんだとばかり思ってて」
「んなわけないじゃん!ふつーに緊張するし、しまくるし!なんなら人よりビビりだよ」
「そ、そうなんだ……。いや、モデルとか色々やってるから慣れっこなのかと思って」
「ぜーんぜん。そりゃ多少は慣れることはあるかもだけど、緊張はするよ。春くんだってそうでしょ?たくさん歌の配信してるけど、慣れて緊張しなくなるなんてことないでしょ?」
「いや、僕は……性格があれだからな」
「あたしもそうだよ。おんなじ。その口ぶりからして平気そうに見えてるかもしれないけど、あたしだって春くんと同じただの高校生なんだから」
「……それもまあ、そうか」
「そーそー。だからさ、頼りにしてるからね?」
彼女はそう言って頬を緩ませた。
「ああ、まかせろ」
大丈夫だ。やる気、モチベーション……熱は胸の奥に入っている。この不安や違和感はおそらくライブ本番で演奏が始まるとともに消えてくれるはず。理由も原因もわからないことに時間を使っている暇はない。
「それじゃあ確認だけしとこっか。今回の出演バンドは全部で6組。あたしたちの出番は5番目。曲数は3曲」
「一曲目は『星屑』、次いで『cry』、ラスト『染まった黒』だったよな」
「そそ」
この三曲はオーカロイドという音声合成ソフトを用いた通称オカロ曲と言われるもので、独特なテンポやキーの高さも相まって演奏、歌唱難易度はかなり高い。ちなみに作詞作曲は『♰だーくありす♰』という人気オカロPだ。
生と死に対する考え方や、孤独と心の穴を埋めるような歌詞とメロディーで数年前から爆発的に人気が出た。噂では僕らと同じ年齢だと言われている。
(……チャンネル登録者数219万人の化け物、か。ホントに同い年なら自信失くしそうだ……)
「そういや、このセットリスト秋乃が決めたんだっけ」
「うん、だって月島さんも黒瀬さんも曲はロックでかっこいい感じなら何でもいいって言ってくれてたからさ、あたしが全部選んだんだよね」
「え……あ、そういう感じで決まったのか。曲選ぶのもメンバーの力量とか考えなきゃいけないし、ライブ映えも考えないとだし……そりゃ大変だったな」
「もうほんとそれね。ま、ボーカルが一番難しかったから、ほんと春くんが来てくれて助かったよ。これ歌える子知り合いにもいないし。月島さんは歌えはするけど高さ足りなくていっぱいいっぱいだったし……音域の幅がえぐいんだよねえ。なかなかピッチ合わなくって」
そうだろうな。まあ歌えるだけ凄いけど。そこでふと一つの疑問が沸いた。
「……それ、僕があのまま断ってたらどうなってたんだ……?」
「いやぁ、どうなってたんでしょう。えへへへ」
「よくそれまで喋ったこともない奴に期待しようと思ったな……」
「あの時はさ、春くんなら絶対やってくれると思ってたんだよね」
「なんでそう思ったのか……実際断られちゃってたじゃん」
「まあね。あれはねえ、あたし的には予想外の事だったんだよね」
「……予想外?どういうことだ」
「秘密」
口元に人差し指を立て悪戯に微笑む。おそらくは僕の思い出せていない記憶に関係しているんだろう……知りたきゃ自分で思い出せってことか。
「そういえば春くん。歌詞の内容は研究したかい?」
「え……そりゃ勿論。歌詞読み込んだり、♰だーくありす♰PのSNS関係、考察動画ブログ、色んなとこから情報集めて僕なりの考察はしてあるけど」
「そっか。良かった」
「どういう意味だ?」
「いやあ、あたしの好きな曲だからさ」
「ふうん。一曲目の『星屑』は明るい感じで秋乃が好きそうだなって思ったけど、残りの二つは歌詞がネガティブな感じだよな。こういうのも好きなんだ」
「うん、まあね」
「へえ、意外だな」
「そーかな。さっきも言ったでしょ?あたしも普通の高校生だって。気分が落ち込んだりすることだってあるし、そういう曲を聴きたくなる時もあるんだよ」
「……それもそうか」
「そうそう」
微笑む秋乃。この明るい表情からはあまり想像できないけれど、彼女のいう通り秋乃もただの高校二年生。きっと僕の知り得ないところで年相応に悩み苦しみ泣くこともあるのだろう。いや、というより、モデルや女優、芸能活動もしているんだ。きっと僕の想像もつかない程大変な思いをしているはず。
……支えてやりたいな。友達として。
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