第2話 学校、少女襲来
キーンコーンカーンコーン。
(……はっ)
授業終了の鐘の音が耳に届く。
幸い先生は黒板に白のチョークで小気味よく叩き英文を書き連ねており、僕の怠惰で間の抜けた表情を見てはいなかった。ホッと胸を撫でおろし、時計を眺める。
(もうチャイム鳴ってるんですが……)
今まで眠りこけていた奴がいうセリフではないものの、周囲の生徒も同じ思いらしくちらちらと黒板より時計を注視し始めていた。先生もそれはわかっているらしく、書き連ねるスピードがあがり焦っているようだった。そこまで丁寧だった綺麗な文字ももはやミミズが通った跡のような……いや、それはさすがに失礼か。少し雑になっていた。
「っとぉ!!セーフ!!……よし、うん。はい、それじゃあここの続きは次の授業で。日直、号令ー!!」
全然セーフではないし、勢いで流そうとしているが、誰からも文句は出ない。それどころか皆微笑み和やかである。その理由としては彼女の容姿に起因していると思われる。背が小さく、童顔の可愛らしい容姿。へたすると中学生のように見える彼女はこの学校のマスコット的存在で、その一生懸命やっている姿に小さな子を見守っている感が働き怒りやイラつきが発生するよりも謎の優しい気持ちが発生しているのだと思う。
彼女はぴょんと専用の土台(黒板の上に届かないためいつも専用の土台を持ち歩く)から飛び降りた。いつもそうやって降りる彼女だが、着地に失敗して転んだりしないかと心配になる一瞬である。だがそんな心配も杞憂と過ぎ、無事に着地を決めた先生を見届け日直が終了の号令をかけた。
「きりーつ、れい、ちゃくせきー」
そして教室内は喧噪に包まれる。机の中へ教科書類をぶちこみ、僕は脱力感と共に机に突っ伏した。なかなか払拭できない眠気に促されるがまま、だらだらと項垂れる。高校二年生、学生の務めである勉学が終了。その解放感も手伝って教室には今日一の笑い声や雑談で賑わっている。
「よっし、部活行くわー!じゃあまた明日な、春」
「!」
名を呼ばれ顔を横にむける。隣の席のボーズの少年が立ち上がり、鞄を手に取っていた。彼の名は
ちなみにいうとウチの野球部はそこまで強くはない。万年予選敗退の弱小高校である。それなのに毎日毎日、練習には熱心に出ていて僕は田中をすごいなと思っている。
(朝も早かっただろうに、これから夜遅くまで練習か……ホントすげえな。体力やばぁ)
なぜあいつは頑張れるんだろう。理由を考えてみる。ストレートに考えれば、やっぱりプロになりたかったりするのか?けれど、その可能性は極めて低いだろう。第一そんな夢があるのならこの学校には来ない。それを目指すなら強豪校に行くはずだ。
だとしたら、なぜあんなに頑張れるんだろう。もう一つの可能性としては、好きでやっているから……。しかし、そうは言っても僕には楽しいとも思えない。弱小野球部で年間に上げる勝ち星は練習試合を含め片手で数えられてしまうくらいだ。それなのに練習は半端じゃなくキツく、ほとんど自分の時間もないはずだ。練習に追われ苦しくて辛い毎日。それは見ているだけでも辞めたくなってくるほどで、楽しいだけじゃ続かないとわかる。
じゃあ、どうしてそうまでして――?
『夢』『好き』いずれにせよ……どこからあのモチベーションが湧き出てくるのか。僕には到底理解できそうにない。聞けば教えてくれるのだろうけど、あまり自分から話しかけるのも色々と面倒だしな。
――だから、そう。どちらかといえばまだあっちの方がまだ理解できる。
女子に囲まれる一人の男子に目をやる。クラス、いや校内一と名高いイケメン。名前を
「ねね、春斗くん。今日はライブ配信するの?」
「っていうかぁ、してほしいなぁ!」
「はは、ちょっと動画編集作業が立て込んでて。あんまり時間がないんだよね」
さらりと長めの茶髪をかきあげ、太陽のような微笑みを浮かべる春斗。取り巻きの女子たちが言っている通り、彼は動画配信者だ。数年前から活動し続けていたようで、あっという間に登録者3万人を達成。同い年とは思えない大人びた雰囲気と垢ぬけた爽やかなルックス、更には甘く優しい色気のある美声でチャンネル登録者を増やし続けている、人気の歌ってみた系YooTuberだ。
キャッキャウフフ、とハーレム状態のあの一帯が同じクラス内の光景だとはにわかに信じられないという思いで眺めつつ思う。
あっちの方、つまりYooTuberは野球部と違って金になる。どんなジャンルをやるかにもよるけど、人気になれば少なくとも部活やそこらのバイトよりは儲かるのだ。……金は欲しい。金は生きていくために必要なもの。無くてはならないものであり、大抵のことを解決することができる。優先すべきは、『夢』でも『好き』でもなく『金』だ。
金が無ければほしいものを手に入れることができないし、不自由なく生活することもできない。とにもかくにも金、金だ。
(そうだ、そろそろ準備しないと……スーパーのセールが)
「おいおい、なーにじろじろみちゃってんのよ佐藤ちゃん」
背後から声をかけられ振り向くと、そこには目つきの悪い男が立っていた。ツンツンとした茶髪のヘアースタイル、耳には無数のピアスをしており女子の肩を抱いていかにもなチャラ男っぷりを発揮してる。
彼の名は
「なあ、佐藤ちゃん?きいてるのかよぉ……根暗くんのおめーがんなねっとりした目で春斗君を見てたら、気持ちワルくてゾワゾワ寒気すんじゃんか」
「……」
質問なのか何なのか、イマイチ何を言いたいのか理解できない。つい首を傾げそうになるが、そうすればここは反応しないのが一番いい。この手の人間は何かしら対応すればするほど調子に乗り出す。今までの経験でそれは身に染みている。かといって黙っていても、
「ゾワゾワ、ゾワゾワ、へっくしょんっつって春斗君が風邪ひいちゃうでしょーがぁ!!まったく気持ちワルイんだよ、お前はぁ!!」
こうして勝手に話を続けるのだ。けれど反応した場合よりかは構われる時間は短くなるのでやはりだんまりを続ける方が賢い選択だと思う……つうか、ガチで何言ってるかわからんのだが。日本語でおk?
「あっはっはは!ウケるぅ!!さっすが淳くんおもしろーい!」
肩を抱かれている女子が爆笑する。嘘だろ!?どこが笑いどころなの!?いや、マジでどこらへんがツボに入ったのか解説してくれ!!
腹を抱える彼女は佐々木の彼女であり奴と同じ系統のギャルである。名前を
「そーだろぉ!?やっぱお笑いの才能あんぜ俺は!!ぎゃっははは」
謝れ!今すぐ土下座してお笑いという概念に謝れ!!佐々木と花園が僕の机の横で大笑いしていると、更にその後ろから、
「はいはい、ほーらアンタらさっさといくよ。春斗君いつまでも帰れないじゃん」
そう言って一人の女子が佐々木と花園背を押し、高橋の元へ行けと促した。二人は「あー、そーだなんじゃなー佐藤ちゃん。ぎゃはは」「ばいばーい」と手を振って去っていく。た、助かった……田中が部活へ行ったタイミングを見てきやがって。内心毒づきながら彼らの後ろ姿を見送っていると、
「……また、だんまり」
と、ぼやくように彼女は呟く。僕は声の主へと顔を向ける。するとそこには睨むような鋭い目つきでこちらを見おろしている女子がいた。茶髪に染めたポニーテール。泣きボクロがチャームポイントの彼女は僕の幼馴染、浜辺 秋葉だ。このクラスで一番の男子人気を誇り、女子の中のリーダー的存在である。そんな彼女は僕の顔をじろじろと見て何か言いたげだった。
「……はあ、ほんとアンタは……」
あきれ返っているかのような表情、そして深いため息。これは間違いなく喧嘩を売っているな。いいだろう幼馴染のよしみだ、他でもないお前からなら買ってやろう。そう思い僕は会話用ノートを机から引っ張り出しシャープペンでメッセージを書きだす。しかし、ノートにペンを立てた直後その手は止まった。いや、止められてしまった。彼女が僕の手を掴み止めたのだ。
――え……おいおい、そういうことか?そもそも文字を書かせなければ一方的に言い負かすことができるってか?……なんて卑怯なやつなんだよ、おい。
秋葉の非情で無慈悲な戦法。こうなってしまうと声を出せない僕になすすべはない。だがしかしふと目は口程に物を言うという言葉が思い浮かんだ。そうだ、手を止められてしまえば文字を書くことは無理だ。しかし目で意思を伝えることはできるはず……僕は秋葉にはなせよばかぁ!という意味を込め視線を送る。
「あー、ハイハイわかった手はなすよ。はいはい」
伝わったらしい。
「ってかさぁ、そもそもめんどくさいんだよね、それ。アンタさぁ、いい加減ちゃんと自分の口で話したら?いつまでそうやってノート使って会話するつもりなの?」
「……」
……確かにそれはその通りだった。秋葉の言うことは反論の余地もない。
学校での僕は基本言葉を口にせず、だいたいが筆談で会話していた。
その理由の一つとして、僕は人との会話が得意でないことがあげられる。人見知りのけがあるというのか、人と喋るとき緊張して思うように言葉を口にできない。もし変なことを言ってしまったら、もしその言葉が誰かを傷つけてしまったら……そう思うと、つい変な間が空いたりどもったりしてしまう。けど、ノートに書けば、文章化された思考を客観的に見て一応判断ができる。まあ、それがどこまで効果があるのかはわからないけど。でも、気休めにはなるし、落ち着いて会話はできる。
だから、数年前からずっとこうしてノートでの会話をしている。そして、学校の人間の殆どは僕の声すら聴いたことが無く、おそらく気味悪がられているだろう。佐々木と花園のように直接僕にちょっかいを出してくる人は少ないが、たぶん裏では色々言われていると思う。けど、見えなければそれは無いものと同じ……だからあまり他人との関わることをせずにいる。田中は例外だけど。
ま……要するに人間関係が得意じゃないっていうよくある話だ。いや、筆談までいくのは稀だろうけど。
――だがしかし、今秋葉に言われたことで、いつまでも逃げているわけにもいかないと改めて思った。そう、彼女の言う通りだ。そう、いつまでもこんなことはしてられない。社会に出れば人とのコミュニケーションは必須であり、ともすればいちいちノートに書いたりして会話をするなど不可能だろう。そんなコミュ障は企業的に採りたくはないはずだし、逆の立場であれば絶対に採用しないと思う。
「ほら、なんか言ってみなさいよ。なにも言えないの?」
「……」
秋葉の目尻が鋭くつり上がった。
「ほんと、駄目ね。……そういうとこ、ちゃんとしないとまた『気持ちワルイ』とか言われていじられちゃうわよ。いくら幼馴染だっていっても、次は助けてやんないからね。わかった?じゃ、さよなら」
秋葉はそう吐き捨てて、ひらひらと手を振り春斗の方へ駆け寄っていく。手に持った茜色のスクールバッグが揺れ、猫のキャラクターのキーホルダーが大暴れしている。まるで僕の内情を表すかのように。
気持ちワルイか……まあ、わからんこともない。目元まで伸びた前髪に無口で暗い性格。『佐藤君って、何を考えているのかわからなくて怖いんだよね~』と陰口を叩かれていたこともあるし。周りから見れば、確かに僕は気持ちワルイのだろう。
……まあ、ぶっちゃけ交友関係においては別にそれでいいけどな。
陰口は少し心が苦しくなるけど、基本耐えることはできるし大丈夫だ。周りにどう思われようがどうでもいい。他人は関係ない。結局のところ他人にいい顔をして友好関係を作ろうとも確実にリターンが得られるという保証もないしな。むしろただ時間を無駄に消費する可能性の方が高いまである。
――だから、クラスメイト連中とはこの距離で良い。……ああはなりたくないしな。
「えーでも春斗君の歌がききたいなぁ」
「お願い春斗君、短くてもいいから配信してえ」
「あはは、は……そうだね。わかった、それじゃあ少しだけやろうかな」
高橋の気を遣い引き攣る笑み。内心嫌がっているのだろう。けれどあそこではっきり断れば空気が悪くなり関係が悪くなる。だから自分を押し殺して期待に応え辛くなる。
――下手に人間関係を構築しなければ、ああして他人に時間やメンタルを削られることもない。つまり、そう、わかるかい?この状態こそ……ソロこそが最強というわけなのだよ。だから別に春斗と比較されようが、陰キャの方の春と呼ばれようが根暗陰キャだとか黒い春だとかキモ春とか陰で言われようが基本ノーダメージなんだよね。強がりじゃないよ?
(……って、あ)
――そんなことを考え、涙をこらえていると教室には僕以外誰もいなくなっていた。ぽつんと一人。気が付けば運動部の声が外から聞こえはじめ、扉が開けっ放しの廊下からは吹奏楽の音が微かに響いていた。さて、と……僕もそろそろ帰るかな。スーパーの半額セールが始まるし。青木のおばちゃんに毎回絡まれるのは辛いがこれも節約のため。
椅子から立ち上がろうと腰を上げた。その瞬間――
「わっ!!」「うおわあああ!?」
――背後から、しかも耳元で声がした。
僕は椅子から落ちそうになりながらもぎりぎりで耐え、ホッとする。内心、ふっざけんなよ、こういうおふざけが事故につながるんだぞこのやろー!と、ビビり間の抜けた声を出してしまった恥ずかしさを誤魔化しつつ振り向く。
するとそこには一人の女子生徒がいた。
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