第20話 お嬢の部屋にて
一人ごちた時、扉が開かれた。
「あら」
女性。
見つめあって数秒、首を傾げた。
「もしかして今、変態してた?」
「変態してない」
「それならよかった」
「なんで疑ったんだ」
「えっと、普段のどんより具合よりもさらにどんよりしてるから……け、賢者タイムかなって」
「変態女が」
「急に何よ、失礼ねっ」
そんな発想が出てくるのが変態だ。
俺はため息をついた。
「単にアイツの忘れ物がないか、確認してただけだ」
「アイツ?」
「わかるだろ」
「さあ、わからないわね」
「……リンだ」
「あらあ、そうなのね」
顔を軽く後ろにのけ反らせて白々しく理解しました感を出してきやがる。
「すっとぼけるな」
「だって、あなた、頑なに名前で呼んでくれないもの」
「そりゃわざとそうしてるからな」
「わざとなのはお互い様ね」
鼻で笑い、女性は笑顔を浮かべる。
だが、普段の物腰柔らかなそれではない。
「ねえ、私の名前も呼んでみてよ」
妖艶さが含まれたもの。
冷たい色気。心臓が跳ねた。
「き、拒否する」
「純粋なのね」
「どこがだ」
「人の名前を呼ぶことに意味なんてないわ。私にとっては」
皮肉がありありと含まれた声色。
今この瞬間、女性の本性が垣間見えたように思えた。
女性は俺との距離を縮める。
「それでいて臆病ね、あなた」
不意をつかれた。
「あなたが人と積極的に関わらないのは恐れてるからでしょう。他人に傷つけられるのを」
「違う。……俺は無用なわだかまりを残さずに死にたいだけだ」
「それは同じことよ」
さらに近づかれる。
豊満な胸が押し付けられた。
なんだこのAVみたいな超展開は!
「名前呼んでくれないと、私、なにするかわかんないかも……」
急に顔を赤らめて色っぽく言うな!
「ねえ、早くしないと……もう」
上着をずり下げられ、俺の肩が出る。
……え? マジ? 俺、こんなとこで童貞を奪われちまうのか?
イヤッホイ!
違う。
なんというか、不健全だっ。こんな茶髪ロングの肉付きの良い身体をしている美人なお姉さんに襲われるなんて……。
イヤッホッホイ!
殴った。頭を。自身の愚かな煩悩を止めるために。
「……千景」
「やった!」
俺に選べる選択肢は敗北か敗北しかなかった。
比較的プライドを守れる方の敗北を選んだ俺はえらいと思う。
手を叩いて喜ぶ女性。
いつの間にか、普段通りに戻っている。
……一杯どころか何杯も食わされた。
想像以上に曲者だ、この女も。
「年増の私でも若い男の子をドキッとさせられるのね!」
謎の自己肯定感に浸っているが。
くだらん言説だ。
「年なんて関係ないだろ」
「え?」
「……なぜこっちを見る」
「んもうっ」
「ぐもっ! 抱き着いてくるな!」
無理やり引き剥がした。
非難の目を向ける。
なぜか、女性は手のひらで顔を隠していた。
意味が分からん。スルーだ、スルー。
「そういや静かだが他の奴らはどこに行った」
「涼帆ちゃんは学校」
「……自殺志願者のくせにバカ真面目な奴だな」
「皆勤賞なんですって」
「そうか。で、くそじじいは?」
「和敏さんは風になるって言ってたわね」
「意味わかんねえよ」
「皆勤賞なんですって」
「意味わかんねえって」
「面白い人よね、和敏さん」
能天気な感想に自然と俺の顔面が苦い顔を作り上げた。
「はた迷惑な奴だ。どうせなら風じゃなく土に還ってくれればいいのに」
「あら反抗期? 親子よね」
「あんたの目は腐ってんのか」
それまで隠していた顔を見せて、千景は俺を射抜いた。
腐ってないとでも言いたげな眼差しで。
「健司くん」
「だから俺は」
「じゃあ本当の名前教えてよ」
「嫌だね」
「なら健司くんって呼ぶわね」
「……勝手にしろ」
俺はそれだけ言い残して部屋のドアを開ける。
「あら、どこにいくの?」
「野暮用だ。……あんたは自宅に帰らなくていいのか」
「そうねえ。お洋服とか自宅にあるし取りに戻ろうかしら」
「まだここで泊まるつもりなのかあんたは」
「だって、涼帆ちゃんに許可取ったしまだ自殺場所の話し合いだってしてないわけだし……」
やはり、女性は最後にはこちらに丁寧な笑顔を見せた。
「ここ、居心地良いし」
「あっそ」
「いってらっしゃい」
いってきます、なんて言うわけもなく、俺は部屋を出た。
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