プロローグ ~Another~ 他人の空似
孤児院を出てから数日経った。
遂に、編入試験の前夜である。
孤児院を出てから徐々に夢の出来事が現実味を帯びてきて、とても偶然とは思えなくなってきて、自分なりに考えこんでいた。
「私の名字が『ライラック』、
私の魔力に目をつけた人は学園の理事で特例の編入試験を受けることになってる。
もしあの夢が正夢だったら、
編入試験に合格してもし私が学園に入学したら、
夢の中の彼女に会えるのかな‥。」
でもあの夢の中の『ゲームの中』の通りに
未来が決まっているんだとしたら。
正夢だったとしたら。
それってつまりはこの世界が、私が、
光る板の中にあるということ?
そして必ず私はいずれ学園生活のなかで
魔力を暴走させてしまうということだ。
正直、そんなことが自分の身に起きるとは思えないし、
こんなことを考えるなんて、緊張でついに頭がどうかしてしまったのかとも思ってしまう。
それに夢の最後に毎度現れるあの女の子のことが胸に引っかかる。
編入試験を受けてしまえば未来が決まってしまいそうでどうも落ち着かなくて、
試験のために用意してくれたホテルの一室にひとりでいても寝れそうにもなかった。
「もう夜か…。」
もうすっかり空が暗くなってきていることに気付いた。
明日のためにも今日の夜くらいは景気よくホテルの外で食べてみたりしたいと考えた。
この国、ムスカルータスでは葡萄酒が名産品として有名で、孤児院の教会でも大人たちがこそっと楽しんでいるのを子供ながらに羨ましいと眺めていたことを思い出した。
「今日は少しだけお酒を飲んでみようかな‥。」
この国では珍しい16歳から飲酒が法的に合法となっている。
それに教会の先生たちは葡萄酒を飲んだ日はすぐに眠りについていたし、今日みたいな寝れない日にはぴったりだよね。
「夜だと道が分かりづらいな‥。」
慣れていない街中の夜、
それもお酒を売っているお店が集まっている
この通りは昼間よりとても混み合っていて、
でも夜らしい静けさも感じて、
完全にお昼の雰囲気とは変わって見えて
迷ってしまいそうだ。
しばらくお店を探していると大通りからはずれてしまったようで、夜の静けさと初めて体感する大人の雰囲気にのまれそうなエリアに来てしまった。
すれ違う男の人も女の人も、みんながきらびやかで妖艶な雰囲気を持っていて、ここは私のような16歳になりたての子供が来るべきではない場所ではないことに早くも気づいた。
「と、とりあえず大通りに戻ったほうが良いよね‥!」
ひとりで少し慌てながらも、どんなお店があるのかふと顔を上げるとひとりの女の人が目にとまった。
ドキッ‥!!ドキッ…!!
心臓がなぜか急に高鳴った。
でもこれは緊張じゃない。
なぜだろう、すれ違う人たちも
同じように綺麗なはずなのに目が離せない。
綺麗な白髪は多少癖を付けてから下ろしていて、
きれいな耳飾りは彼女の端正な顔を際立たせている。
背中がひらいている大胆な紫のドレスを纏っているその女性の容姿は、まさに夢の中に現れたアンジュそのものである。
でも彼女に似ているのは顔だけだ。
夢の中のアンジュは生真面目な女の子であんなセクシーな姿で夜の街に遊びに行くような娘ではない。
それにこんな人が多いところだったら綺麗な人なんてたくさんいるんだから、それこそ他人の空似というやつだろう。
頭では夢の中の彼女と違う理由を羅列しているのに
足は勝手にその綺麗な女性の方へ動き出していた。
だってやっと『私の』王子様に会えたんだから。
「…!!あ、あ、あのっ!!!!!!!!
私たちどこかで会ったことないですか…!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
…そう。じゃあ、またどこかで会いましょう?」
「…そうですね!
じゃあまた今度、アンジュさん。
あなたに会えてよかったです。」
「…えぇ、私もよ。」
そんなことを言って彼女は私の目蓋にキスをしてくれた。
「うわぁぁぁぁ!
私ったら会った勢いでなんてことを!!!!」
自分の部屋に入った途端、自身の数時間前の勇敢な行動がとっても恥ずかしいことだったのではないかということに気付いてしまった。
しかも夢の中の人に似ていたとはいえ勝手に「アンジュさん」なんて呼んでしまったのは失礼どころの話じゃないだろう。
少し驚いたような顔をしていたのは
違う女性の名前で呼ぶのがさすがに失礼だなと
感じてしまったからかもしれない。
お姉さんは優しいからか怒っているようには
見えなかったけど。
もう私はあの裏通りを通ることはないだろうから、
これも人生と教訓として行きていくしかないな。
…あのお姉さんにキスされた目の上が
やけに熱いような気がする。
夢の中の真面目な彼女とは全く違う印象で、
やっぱり全くの別人だと思った。
それにしてもお酒はすごい。
孤児院を出てから何日も泊まっているけども、
今日が一番このベットが気持ちよく感じる。
いつもあの辺りで遊んでいるということ以外は
名前も教えてくれなかった彼女の残り香を想いながら、
編入試験の不安も忘れて心地よい眠りについた。
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