第19話 ふたりだけの夜①

 殿下は私に近づいてきた。えっ? いったい何をしようというの。後ずさりするも、殿下は気にせず距離を詰めてきた。


「お待ちください! いったいなにを……」

 

 殿下は私の肩をつかんだ。



 えええええええええええええええ!!!!!!!!!




 まさか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





 き、、、、……キス……。されようとしているの?





 


 な、なんで???????




 





 ひとまず、目をつぶった。それがマナーだと聞いたことがあったから。







 ごそ……。






 ごそごそ。






 なにかを探っている????







 ??????????????????






 そっと目を開けると。



 真っ黒で表情がわからない殿下の顔が、目の前にあった!!!!




 殿方にはなにか準備があって、これからするって事!!!





 ほんとに? この私と???????




「ああ、すみません。考え事をしていて。失礼しますね」

 殿下は言った。


 そうして、殿下にお借りしたジャケットのポケットを触った。



「ありました! よかった」

 殿下がポケットから取り出したものはなんだろう。


「火打ち石です。これで闇に怯えなくてもよいです!」




 顔中の筋肉が中央に寄り、突き上げる感情に乗っ取られた。



「殿下! たしかにこれはあなた様のジャケット!! ですが、ポケットを探る時は私に許可をください!!! ジャケットを着た瞬間、ポケットの所有権は私に移ります! いまは私がポケットなのです!」

 荒い息を吐きながら、言った。


「たしかに。失礼しました」

「いいえ……わかってくださればいいのです」


 でないと、心臓が持ちませんよ……。まったく。

 



 丘のひらけた場所に石を集めてきた殿下は、手際よく囲いを作り、木の枝や小枝を使って火を作り、簡単なたいまつを作った。

「殿下って、サバイバルの知識もあるのですね。すごいです」

 素直に格好いいなと思った。中性的な魅力の殿下が急に男っぽいことをやると、ギャップがすごい。


「……昔は、生き残る為に様々な知識をナニー家庭教師から教わったものです。さて」


 丘を少し下ったところに、殿下が子供の時によく遊んでいた洞窟があった。

 木々で覆われた洞窟は真っ暗ですごく不気味だ。



「ここです。中が安全が見てくるので、少し待っていてください」

「はい……はやくもどってきてくださいね……」

 


 ふいに、甲高い声のようなものが聞こえた気がする。


「ひぃぃぃぃ」

 

 そぉっと振りかえると、木々が風で揺れている音のようだ。


「大丈夫そうです。ささ、どうぞ」


 殿下にしがみついて、洞窟のなかに入っていく。


 洞窟の中はまあまあ広く、椅子のようにして2人が座れる石のスペースがあり、奥が行き止まりになっていた。



 殿下が木の枝を使って火を灯した。洞窟から闇が去った。ひとまずは落ちついた。



 殿下はハンカチを私の座る場所に敷いてくれた。



 気がつくと、殿下のそばにくっついていたことに気がつく。

 

「はわっっっ! すみません!」

「なぜ謝るのです? アニマ嬢、もしかして……あ、後ろ!」

「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」

 飛び上がって跳ねのくと洞窟の岩肌があるだけだった。声が反響する。


「……幽霊とかそういう類が怖いのですか」

「脅かしましたね! 怖くない人がいるのですか。あー。さては私の顔が怖いのにお化けが怖いって馬鹿にしているんでしょう」

「いえいえ。ちょっと意外に思ったものですから。それに、俺は、とても可愛らしいと思います」

 

「もももももう! もう絶対に、絶対に!! 驚かさないでくださいね」

「はい。申し訳ありませんでした」

 殿下は笑った。とても、楽しそうに。怒り心頭だったが途中から、つられて笑った。




 たき火のはじける音がした。




 隣には殿下がいる。なんだか信じられない。こんな洞窟で夜を明かさないといけないというのになぜか少し楽しそうだった。


 洞窟の中もそれなりに冷えるので私たちの距離は必然的に近くなる。



「聞いてみたいことがあったのですがどうして、演劇をやろうと思ったのですか」

 なんだか、家庭教師の面接みたいだなと思って、私は笑う。


「そうですね……お小遣いが欲しかったというのが本音です」

 タウンゼント家の財産は火の車で、その足しにしたかったというのは、ニーナの為に言うべきでは無い。

  

「タウンゼントは飢饉で苦しいのでしょう。まぁ、それだけではないかもしれませんが」

「えっ?」


 

「すみません。今回バチェラーに参加する令嬢を選抜する際に、調べさせていただいたのです」


「いえ! 結婚相手の候補を調べるのは当たり前のことです。それで私は、お金がほしくて伯爵家の侍女候補として働きに出ました。その夫人が、演劇に造詣が深く、私を女優に向いているからといって、劇団ギルドに紹介してくださったのです」

 

 殿下は炎の揺らめきを見ながら、話した。

「なぜ、女優に向いていると夫人から思われたのでしょうか」



 うつむいた。この話はなかなかに恥ずかしい。

「と、友だちと話しているところを……夫人に見られました」

 殿下は微笑んで、話の続きを待っている。



「むかしから友達がほしかったのです。でも、ひとりもできませんでした。やがて、本などの登場人物の本質を掴むことができれば、その人達を自分のなかでできることに気づきました。夫人には私が壮大なセリフを一人でしゃべっているように見えたようです」



 殿下は身を乗り出し、白くて、きれいな指を組んだ。

「実に面白い話です。アニマ嬢の演技の上手さというのは、友達が欲しかったというところから来ているのですか」


「そうなのかもしれません。私も聞いてみたかったのですが、なぜ私が演技が上手だとお思いになるのですか」

 私の演技は下手だというのが世間の評価なのだ。


 殿下は目を細めた。

「ずっと見ていたからです。アニマ嬢の出演していた劇を見ていました」

「見ていた? 殿下がいたら気づくと思いますが、失礼ですが一度も見かけたことはありません」

「俺は影が薄くて、いるのか、いないのか、よくわからないと言われます」

 

「ふざけないでください。どういうことか説明してもらえますか」


「今言えることは、俺はアニマ嬢を見ていて、思うことがあったということです」

「なんですか……それは」


 殿下はそれっきり、話してはくれなかった。




「そろそろ寝ましょうか。こんなところで食事も出さずに申し訳ないのですが。ドレスが汚れるので、ジャケットを背中に敷いて寝てください」

「ありがとうございます。こちらこそ、なにもできずすみません。殿下のサバイバル力には圧巻です」



「ちなみに……外で寝た方がいいですか」

 




 しばしの沈黙。私の脳は働きを止めていた。私が答えないといけないと気がつくまで、しばらくかかった。





「いえいえいえ! ご迷惑でなければ一緒にお願いします」

「……わかりました。一応、俺は、男で、バチェラーの相手、ということはわかっていますね?」

「えっ、は、はい」

 なぜこのタイミングで、殿下はこんなことを言うのだろう。




 殿下は私をじっと見つめる。




 耳と頬が熱くなる感じがあったので髪で隠した。




 たき火の、はぜる音が洞窟に響いた。




 殿下は私にからだを寄せて近づいた。



 

 殿下を見つめる。





 息が、止まる。




 殿下のトパーズのような瞳に炎の揺らぎが映っている。




 とても綺麗で。時を忘れた。





 殿下が腕を伸ばしてきた。





 そして、私の肩に、ふれた。

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