第10話 手紙の主



「生徒会長!」


 ————放課後。


 友樹ゆうきくんが怪我ばかりすることに耐えられなくなった私は、生徒会室を訪ねた。


 ノックもそこそこにドアを開けると、教室の中には大きな仕事机がいくつか置かれていて、その一つに友樹くんのお兄さん——生徒会長が座っていた。


「やあ、久美ちゃん。珍しいね、生徒会に来るなんて。もしかして、副会長になってくれるのかい?」


「副会長にはなりません。それより、ちょっとお話があるんですが」


「話?」


「この間、遺失物として届けられた手紙についてです」


「ああ、あの手紙ね」


「あの手紙を届けてくださった人に会いたいんです」


「届けた人? 拾ったのは生徒会メンバーだよ」


「生徒会メンバー?」


「おい、花柳はなやぎ


 生徒会長が声をかけた相手は、前髪で顔を隠した男の子だった。


 書記の腕章をつけた彼は、気づくなり生徒会長の机にやってくる。そして私のナナメ前に立つと、面倒くさそうに口を開いた。


「なんですか、生徒会長」


「お前、この間手紙を拾っただろ?」


「はあ、それが何か?」


「手紙の件で、久美ちゃんがお前に用があるらしい」


「くみ?」


「そうだ。副会長候補の」


「ああ、水越みなこし久美くみさんですか」


 ハナヤギと呼ばれた人が振り返る——と同時に、私は瞠目する。

 

 なぜならその顔が前世の関係者によく似ていたからで、目が合うなり過去の記憶が蘇ってしまった。



 ————ねぇ、フレイシア。今日も空が笑ってるね。


 そう言っていつも優しい顔をしていたのは————天然王子のテト?



 あまりにも知り合いにソックリで動揺していると、ハナヤギくんは不思議そうに首を傾げていた。


「どうかしましたか?」


「いえ、ちょっと知り合いに似ていたもので」


「それで、僕になんの用ですか?」


「あの……フレイシア宛ての手紙が落ちていたと聞きましたが」


「ええ、下駄箱付近に」


「それを見つけた時、落とした人を見かけませんでしたか?」


「見かけていたら、とっくに渡してますよ」


「ですよね……」


「落とし主がわからないから、宛先らしきあなたに渡したのに」


「周りに誰もいなかったということですよね」


「そうですね。朝でしたが、登校には遅い時間でしたし……ていうか、もしかして送り主がわからないんですか?」


「実は……そうなんです」


「物騒なことが書いてありましたが……あ、落とし主を探すために中身を読ませていただいたんです」


「それはかまいません」


「ファンタジックな内容でしたね。時を操る魔女とか……何のたとえですか?」


「あはは……」


 笑って誤魔化すもの、ハナヤギくんは興味深そうな様子だった。前髪の隙間から見える大きな目が、キラキラと輝いている。


 ——やばい、上手い言い訳がみつからない。


「そそそ、それより! 手紙はどのあたりに落ちていたんですか?」


「場所ですか? 一年生の靴箱の前でした」


「一年生の……じゃあ、もしかして落とし主は一年生なのかな?」


「その可能性が高いですね。一年生の靴箱は別棟にあるから、他の学年の人は入らないですし」


「一年生……やっぱり殿宮くんだとしか思えないけど」


 私が唸っていると、ふいに背中から声が聞こえる。


「俺じゃないですよ」


「と、殿宮とのみやくん?」


 振り返ると、いつの間にか生徒会室には殿宮くんと友樹くんがいた。


「ノルン、遅いから迎えに来たぞ」


「友樹くん、足はもう大丈夫なの?」


「なに、ただの捻挫だ」


「無理はするなよ、友樹」


 生徒会長が指摘するもの、友樹くんはスルーして私に告げる。


「帰るぞ、ノルン」


「えっと……もう少し調べたいことがあるので、先に帰ってもらってもいいかな?」


「何を調べているんだ?」


 友樹くんの言葉に、私じゃなくハナヤギくんが答える。


「実は、水越みなこしさん宛てに恋文らしきものが届けられたんですが、送り主を探しているそうです」


「こら花柳はなやぎ、プライバシーの侵害だぞ」


 口をぷうっと膨らませる生徒会長に、ハナヤギくんは「すみません」と全く誠意のない謝罪をしていた。


 そんな中、友樹くんが怪訝な顔をして私に訊ねる。


「ノルン宛ての恋文か……送り主を探し出してどうするんだ? 断るのか? それとも付き合うのか?」


「もちろん、断りますよね? 久美さん」


 とんでもないことを言う友樹くんに続き、殿宮くんまでギラギラした目で確認してくる。


 私はゆっくりとかぶりを振った。


「もしかしたら、友樹くんが狙われてる件と関係があるかもしれないから、送り主を探しているだけです」


「俺が狙われている件?」


「なんだ、友樹。誰かに狙われているのか?」


 生徒会長がまるで緊張感のない雰囲気で誰となく訊ねる中、殿宮くんが私にそっと耳打ちをする。


『久美さん、手紙のことは内密に進めたほうがいいんじゃ?』


『でも友樹くん怪我してるし、生徒会に助けを求めてもいいんじゃない?』


『そうなると、手紙の話を説明しないといけないじゃないですか』


『どうせ本当のことを言っても信じてもらえないと思うから、手紙の内容はでっちあげればいいじゃない』


『久美さんは生まれ変わっても変わらないですね』


『仕方ないじゃない。私は私なんだから』


『まあ、そういうところも好きですが』


『こら、こんなところで変なこと言わない!』


 すかさず好き好き攻撃をしてくる殿宮くんに呆れていると、友樹くんが怪しい目でこちらを見る。


「なんだ? 二人でこそこそと……」


「友樹くんを狙っている相手をどうやって見つけだすか考えているの」


「俺は事故だと思うが」


「どうしてそう思うの?」


「殺気がないからだ」


「殺気?」


「いや、なんでもない」


「もしも俺が狙われているとしても、ノルンや殿宮には関係ない。むしろ巻き込まれても困るから、お前たちは気づかないふりをしていろ」


「なによそれ。かっこいいこと言っても、私は気づかないふりなんてしないからね」


「その方がお前たちのためだと言っているんだ」


「けど、本当に何かあったら怖いし、生徒会に助けてもらおうよ」


 私が提案すると、今度は殿宮くんも頷く。


「俺も、その方がいいと思います」


 すると、話を見守っていた生徒会長が立ち上がる。


「そうだな。友樹が何かに巻き込まれているというなら、兄貴として見過ごすわけにはいかない」


 その言葉に続いて、ハナヤギくんも手を挙げる。


「手紙を拾ったの僕だから、僕も手伝いますよ」


 こうして私たちは、本格的に手紙の送り主を探すことになったのだった。






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