tealight

@yrrurainy

 小さな駅で、反対側のホームを電車が通過した。

 視界が白く泡立つほどの雨を、ステンレスの肉体が弾く。飛沫をあげて筋骨隆々の男が走る。

 通過後、小さな駅はまた冷たく泡立つ。僕はこの景色が好きだと思う。線路に近づき、あちこちを見て、奇抜な比喩の成り立つ箇所や、ダイナミズムの現れる光景を探そうとする。それは隙間に隠れているときも、全体に雰囲気として存在しているときもある。


 視界の端で、電光掲示板が赤く光った。僕の中の0.1%は、そこで死を覚悟した。こちら側のホームにも、通過電車が近づいていた。赤い光はそれを知らせるものだった。飛び降りる。飛び降りる。轢かれる。飛沫をあげる。赤い。赤い。染みついた反復からは逃れられない。僕は0.1%ずつ死んでいく。


 くるりと向きを変え、そこには自販機があった。僕は歩いて、甘い飲みものを探した。コーヒーとラテの列が見えた。


 最近の僕は生きるための計画を次々と実行に移していた。楽しいことの方が多かったが、それは大変なことでもあった。楽しいことを楽しめなかったらなにが残るだろう?

 笑顔を持続させる。丁寧に、丹念に、伏線を張って、自分の気持ちをおだて続ける。

 上手くいっているはず。


 「ご褒美ティーラテ」の文字が見えて、140円の「つめた~い」それを買った。本当は「あったか~い」ほうがよかったが、自販機は二台ともすべて青色に染まっていた。自販機のボタンの音、ICカードのタッチ音、がたん。冷たい缶を持って、プルタブを開ける。ティーラテを飲んでふり返る。電車の側面が見え、消えた。冷たい液体は、僕の身体の熱と徐々に同化する。死ななかった自分に、小さくカンパイして、飲み干したそれを棄てた。


 少し長かった待ち時間が終わり、電車が来た。僕はそれに乗った。



ティーライト(tealight, tea-light, tea light, tea candle, 口語ではtea lite, t-lite, t-candle)は、ろうそくが点灯中に完全に液化するために薄い金属製またはプラスチック製のカップに入ったろうそく。通常は小さく、円形で、高さよりも幅が広く、安価である。ティーライトの名前はティーポットを温めるのに用いることに由来するが、一般的にはフォンデュなどの食べ物を温めるためにも用いられる。

(Wikipediaより)


 今まで見てきた蝋燭の種類に名前がついていたことに驚く。tealight、水の中に炎が立っているように見える。



 電車を降り、傘をさして歩く。飛沫で足首が濡れていく。

 別のことを考えながら街を歩くとき、あまり大きくない命は、0.1%ずつ削れながら当たり前のように持続していた。




Fin.

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