Over【完】
実和
Prologue
とある夏。全てがどうでも良くなった夜があった。
初めてクラブに入った。クラブは、爆音の中、みんながみんな踊り狂ったり触れ合ったりしている、異様な空間だった。
向かう場所もなく、ふらふらとさまよっていれば、ふと、グラスを片手に静観している男が目に留まった。あれは「留まった」ではなく「ひったくるようにして奪われた」と言うのが正しいかもしれない。漁るような目をしている多くの男女に紛れて、その人だけはどうしようもなく静かな瞳をしていた。
男が私の視線に気付いた。じっと見すえたまま、片手で手招きをする。
近付けば、男は耳元で声を張った。
「初めて?」
「どうして?」
「馴染んでないから」
偏見に基づいて、クラブに出入りする女性の服装やメイクを真似しただけでは、ダメだったようだ。
でも馴染んでいないのは、この男も同じなはず。
私が「あなたも」と口を動かせば、男は口角を曲げて面白がった。そして再び顔を寄せる。
「悪いやつ多いから気を付けろよ」
周りを見れば素敵な女性が多く、悪い人もわざわざ地味な私をひっかけるとは思えなかった。「ご忠告ありがとう」と聞き流して、私は男から離れる。
これが、出会い。
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