61話



「らんらん、何見てんの〜?」


巫山戯たあだ名で呼ぶのは、腐れ縁の男。

非常に気に食わないので無視していると、女みたいな顔立ちの男は俺が閲覧中のサイトを覗き見する。それも、勝手に。


「え?まさか引っ越すわけ?」


「そんな感じ」


「まじかよ!?俺が一人になるっしょ!?金曜の飲みどうすんの!?さてはらんらん一人で遊ぶつもりだな!?」



こいつ、一人であらぬことばっか口走ってなにが面白いんだか。



「蒼井の飲みとか心底どうでもいいし、しばらくは仕事で忙しすぎるから全然遊べないわ」


「それが十年苦楽を共にした友に言う言葉かよ、らんらん」


「パンダみたいな名前で呼ぶなよ」


「まったく、冷たい男だな!」



妹と全く似ていないその男は、俺に非難の目を向けてくる。シラフの癖に、話が通じない男と十年付き合ってる身にもなって欲しい。


冷たい男ってどっちがだよ。は、面倒なので飲み込んだ。

少しでも弱音を吐けば、俺の気持ちを全部知っているこの男に馬鹿にされる未来が待っているからだ。


『蒼井。俺、将来お前の義弟になるわ』


『……は?何言ってんの?頭沸いた?』


『割と真面目に言ってる』



俺的には本気度高めに言ったのに、蒼井のヤロウ、全く取り合わなかった。しかし、蒼井の言い分も分かる。確かに、まだ心雨と付き合ってもないくせに『こいつ何言ってんの』だ。


兄である蒼井だけには決意表明をしっかりとして、他の奴らに" 妹みたいに思っている"と濁しておいた。


なぜなら俺の気持ちがバレてしまうと、あいつらが勝手に世話を焼いて、心雨に悟られてしまう恐れがある。


どうやら俺は一度ヘマをしたらしいので、もうボロは出したくない。心雨の受験が終わったら告白しようと算段を立てていたのに、蓋を開けてみれば、心雨は突然家を出た。


──あの子はなんの前触れもなく、俺の前から居なくなった。


蒼井の家に行けば必ず会えていたので、心雨とは連絡先の交換はしていない。


いや、ちがう。心雨はあの家から出るはずが無いと思い込んでいた俺は、慢心していたのだ。


時間はあっても、油断はしてはならなかった。


「なあ蒼井。心雨、今どこにいるわけ」



プライドを捨て、隙を見て蒼井に聞いても「将来義弟になる男がなあんで知らないの〜?」と、蒼井はほくそ笑む。


おかげで、心雨の居場所も分からなければ、連絡すら取れていない。


すぐに会えていた女の子は、たった一つの糸が切れただけで、簡単に会えなくなった。




本日もまた、どうやって心雨の情報を聞き出してやろうと企てていると、蒼井は突然自分のスマホを差し出してくる。


「てか、その辺で住むところ探してるなら、オススメの物件あるんだよな〜」


「……まじか。さすが不動産勤務」


調子よく、ここはどう?と勧められた物件は、築浅なのに家賃も安いしアクセスも十分。角部屋だし、条件としてはかなり良い。


蒼井の目利きを信じ、そのマンションへ引っ越してしばらく経ったころだった。


冬と春が溶けて混ざりあったような曖昧な空気の夜、マンションの近くにある公園のベンチで、誰かが横たわっていた。


見なきゃ良かったと安直に後悔した。こんな夜更けに、こんな場所で寝ているのだ。絶対にワケありだし、凡そ酔っぱらいが寝ているのだろう。


面倒だけど、見たからには声を掛けなければと思うのは、俺がお人好しの分類に分けられているからだろう。


「おねーさん、だいじょう、」


" ぶ "と、作り出した言葉は喉の奥に飲み込んだ。


夜空の色に似た艶のある黒髪と、色白の肌。寝ているとはいえ、ベンチに横たわるその女性は、脳裏で何度も思い描いた女の子だったからだ。

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