初恋が隣に越してきました【完】

咲坂ゆあ

和泉さんとわたし

1話𖤐 こんな夜に、ぬるめのレモンサワー


総合運★★★★☆


恋愛運★★★★★

健康運★★★☆☆

仕事運★★★★☆


【今月のおとめ座のアナタ!】

【数年に一度のラブチャンスだよ!】

【大きな星の巡りが、あなたに回ってきてるよ!】

【両想いのアナタは、カレとの絆が一層深まるよ】


【フリーの人は、このチャンス、絶対に掴んでね!】





───うわ。わたし、死んだな。


あたたかくて、甘やかな香りが包み込む秋の夜長。わたしの思考は最悪の想定が占拠する。


おかげさまで、瞬時に酔いが醒めた。


重力に従って傾く身体、ふわりとした浮遊感が心地よい。


反転する視界の端に三日月が見えた。夜空に佇む金糸は、転がり落ちるわたしを嘲笑っているように思える。



ああ、死ぬんだったら、あんなに強情にならず、もう一度会えばよかった。


──……会えばよかったなあ。


いよいよまぶたを閉ざしたその時、思惑に反して掴まれた腕。重力にさからいぐんと引き寄せられる身体。



「あっぶな……何やってんだよ」



え?なぜ?のろまな思考回路に、心地よい疑問が芽吹く。振り向けば、先程思い描いた人物が確かに存在している。……これがわたしの夢でなければ、の話。



「……い、ずみ……さん?」



確認するように告げたその名。たった3年、呼んでいないだけなのに、口にすると泣きたくなる。色素の薄い瞳と目が合えば、ことん、胸の奥で何かが楽しそうにはぜた。


アルコールにとっぷりと浸かった思考に染み込むシトラスの香り。パラパラと末端神経が繋がってゆく。



「久しぶり、心雨みう



名前を呼ばれただけなのに。身体の中心で懐かしい音がした、三日月の夜。


五分咲きの金木犀の香りは、忘れかけた初恋を連れてきた。




:



蒼井あおい心雨みう、若干ハタチの大学三年生。心の雨と書いて、みう、と呼ぶ自分の名前をわたしはとても気に入っている。


突然だけど、わたしには夢がみっつある。


息を吐くように簡単なもの、口に出すことも困難なもの。それから、女であれば憧れる、なんの変哲のないものだ。




──「なあ、そろそろ付き合わない?」




それから、突然だけど。ほんとうに突然だけど、わたしはいま、告白というものを受けている。


ざわざわと賑わいを見せる飲み会の場。大学生の飲み会なんて、戦場と同じだと最近学んだ。何故か、カルアミルクの一気飲み大会が開催されて、見事に敗者となったわたしは、酔いを覚まそうと温い夜風に当たっていた。


そんな折に、まさかこの人から酔いが覚める一言を聞かされるだなんて、わたしの脳内には予測変換されていなかった。


頭上にいくつものクエスチョンマークが並ぶわたしとは対照的に、付き添うと言ってくれた先輩は熱に濡れた視線を送ってくる。


直前の話題と言えば、" 蒼井ちゃんって誰かに似てない? "だったはずだ。それも個人的にはあまり好ましくない話題だったので、とりあえず笑って逃げ道を探していたら、さらにまずい事態に陥ることになるとは。


神様、それからお母さん。どうしたらいいのでしょうか。脳内で訊ねても、もちろんおふたりとも答えてくれないので、自分で答え探しをする。



「……そろそろ、とは、どういうことでしょうか」


「蒼井ちゃんと俺、相性いいと思うんだ」


「そうでしょうか……」


「絶対そうだって!ためしに、どう?」




どう?と言われても。わたしの気のせいじゃなければ、話したのは今日が初めてだと思うんですけど、何故相性のことが分かるのか、甚だ疑問だ。オーラの類が見えるって言うのか?だったら、わたしに告白するよりも前に、占いを始めた方がいいと思う。


「申し訳ないけれど、わたし、好きな人と付き合いたいからごめんなさい、付き合えません」


「は?」


「聞こえませんでした?あなたとはお付き合いできませんって言ったの。帰るんだっけ?お疲れ様」



ドキドキしつつ、キッパリと言ってやった。どうせ酔いの席の端くれだし、彼もまた相当酔っているに違いない。だって" 俺、飲みすぎたから帰るし、付き添うよ "と言って飲みの席を離れていたのだ。



「シラケるわ〜。空気読めよ」



しかし、意外にもその人は正常らしく、低い声を出しては居酒屋の門をくぐった。帰らないのか。と思いつつ、わたしも数秒のあいだしっかりと生温い空気を吸い込み、居酒屋の中へ戻った。


告白、というものを、大学に入学して以来、何度か経験している。しかも何故かそれは、飲み会の席で告げられる。アルコールが気を昂らせているのだろうか。


正常じゃない脳で、その場限りの熱で、契りの言葉を告げられても、正直嬉しくない。だからその度に断っているのだけれど、我ながら可愛くないなあと毎回思う。もう少し上手なかわし方があるだろうに、なんどやっても正解が分からない。



『処世術、苦手すぎか』



そんな時は、いつの日かの言葉が脳内でループし、わたしを咎めるのだから、わかってますよー、と、脳内のあの人へ向かって、べ、と舌を出すの。

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