第87話

今冬は新にでろでろに甘やかされる日常ばかり送っているので、身も心もほぐれきっていた。それは、私をさらに油断させるには十分だったのだと思う。





「カインド、約束通り情報持ってきたぜ」

 

 



——夜。


新に抱っこされながら寝室に向かっていたとき、例の赤髪短髪男が姿を現した。



音もなく屋根の上から降り立つその身のこなしは、心底不気味だった。殺されそうになった時のことがフラッシュバックして、新のセーターの裾をぎゅっと握りしめてしまう。

 



 

「……ああ、君か」


「おいおい、俺のこと忘れてたのかよ?」


「今思い出したよ」





新は一応、笑っている。でも、私には分かってしまった。



今の新、かなり機嫌が悪い。





冷たい笑みを浮かべた新は、私を抱っこしたままで短髪男から小さな紙を受け取った。





「……今後は、3日に一度顔を出すように」


「ええ〜!?なんでだよ!?」


「君がいつ俺を裏切ってモネに牙を向けるかわからないからね。監視させてもらう」


「あ、そう……分かったよ。アンタに殺されるのだけはごめんだからな」

 




そんな会話がなされている最中、手持ち無沙汰だった私は男の首元にある大きな傷を観察していた。




喉仏の下を走る大きな切り傷はかなり痛々しい。怪我をした当時はかなりの重症だったんじゃないかと思う。




……この男には殺されかけた過去があるんだ。殺し屋だから命を狙われることもあるだろうから、不思議なことではないけど。




新もそうだったのかな、死にかけたりしたのかな、と、新の過去についての想像を膨らませていたとき、短髪男と視線がかち合ってしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る