不安の箱

クラムボン

1話完結!

 私は何の変哲もない人間であります。否、どちらかといえば、その様に認識している者であります。ちょうど、今感じていることが夢か現かわからぬのと同じくらい、人間であるかの証明は難しいものであります。さらに、境界も曖昧です。生物学的な構造が人間であれば良いのか、あるいはそうでなくとも、人間らしい感情があれば良いのか。ですから容易に、周りにその判断をゆだねるのはいささか、不安が残るものであると私は思うのです。自分が何者かわかるのは、走ったり転んだりしながら途方もない数の「可能性」というカードを選び、最後の最期。ようやく腰を下ろしたそのときだと思うのです。ですから、今はまだ言い切らないことにいたします。

 さて、本題に入りましょう。私たちのように何かしらの自我を持っているものは、全てとは言わずとも、少なからず「不安」を抱くものであります。その「不安」とは、漢字の通り、安らかではない心を表したものです。ときにはそれが「悲しみ」、「寂しさ」、「怒り」、「焦り」…と千変万化するのであります。そんな「不安」を集めて、今日こうして二つ、この箱に詰めて持ってきたのであります。ほんの少し時空を弄れば…、え?そんなことができるのかって? いえ、少しだけですので難しくはありません。それこそ目には見えませんが、重さのあるものは少なからず、時空を歪ませているのです。あなたも少なかず、歪ませてるということですね。

 …と、少し逸れましたが。まあ要するに、箱に入れておいたものというのは、私が色々なところで集めてきた「不安」のことです。…また不思議そうな顔をしていますね。箱に入れたのは、「不安」を感じていたときの「気」を保存したものです。「気が乱れる」というでしょう?あれです。…説明不足なようですね。しかし、何もそこまで難しく考える必要はありません。その「気」は、持ち主に必ず還っていきます。それには時空を合わせなければいけません。さらに、乱れてしまっているのをそのまま還すわけにもいきません。…なんとなく、お察し頂いたようですね。 そうです。今日、こうしてあなたをよんだのは、私の仕事でもある、「気を整える」ということを手伝っていただくためです。お願いできますか?…その前に聞きたいこと、ですか?もちろんです。何でもお尋ねください。…具体的にはどうやって整えるか?もちろんご説明いたします。先程、時空を歪ませる、と言いましたね。あれです。あれをすることで、「不安」に感じていた時空に短時間行くことができます。声も聞こえますよ。…効果が出るくらい時空を歪ませたことがない?ええ。存じております。お教えすることもできますが、それはまたの機会に。ですから、今回は私がやります。

…引き受けてくれるのですね。ありがとうございます。

 さあ、準備はいいですか。…それでは行きましょう。


 まずは一つ目。これは、とある「木」から集めた「気」です。え?ダジャレっぽいって?ふふっ、気づきませんでした。確かに、ですね。…「気」を集めるのは人間からだけではありません。植物や他の動物にも自我はあります。

この木は、数百年生きてきた大木です。さあ、この光っているものが、「気」です。触れながら、話を聞いてみてください。

『わたくしは、数百年この地にいます。隣にいる木も何度も変わり、ついにはわたくし一人になってしまいました。他のものよりわたくしは、幾分か成長が遅く、長い間、切られることなく生きてきました。やがては神の木と祀られるようになってしまいました。偶然、わたくしはたくさんの「気」にふれていたので、豊作の願いくらいなら、多少の効果があったのです。しかし、そうしていていると尚更、「寂しい」という気持ちが膨らんでいきました。

わたくしには、かつてとても親しくなった木と人がいました。とても仲が良く、わたくしは幸せでした。しかしながら、それも長くは続きませんでした。人の一生は短い。ですので、彼女は急かされるようにお金を稼ぎ始めました。そうしているうちに、彼女が久しぶりにわたくしたちに会いにきました。とても嬉しかったです。しかし、彼女の顔が、とても落ち込んで見えたので、心配になりました。そして彼女はようやっと笑ってくれましたが、それは触れればすぐに壊れてしまいそうで、わたくしはとても恐ろしくなりました。今にでも、泣き出しそうな顔でありました。すると、彼女は口を開き、こう言いました。「ずいぶん時間が経ったけど、元気にしてた?」と。わたくしや、隣の木(彼)は口を揃えて「もちろんだとも。あなたは?」と聞きました。彼女は「ええ。色々変わってしまったけどね。」と答えました。わたくしたちはとても安心しました。ですが、次に彼女が放った言葉はとても哀しいものでありました。

「今日、久しぶりに来れてよかった。」そう、彼女は言いました。わたくしたちも、同じ気持ちだと伝えました。すると、「でも、今日ここにきたのには理由があるの。」と彼女が話し始めたので、わたくしたちは「それは何?」と問いました。「大人になって、仕事にも就いて、本当に幸せで。ここのことを忘れていた時もあったわ。もちろん、大切な思い出であることには変わりないのだけど…」彼女は言いました。わたくしたちは、「よかった。それでよかったのだよ。あなたはあなただけの人生を精一杯楽しんで、幸せになるべきなのだよ。」と、答えました。

「ありがとう。嬉しいわ。」彼女は言いました。とても優しい、かつての彼女のように。まるで、うだる夏のお日様にも負けないくらいの、眩しい無邪気な笑顔を見せてくれました。「でもね。」と彼女は言いました。「謝らなければいけないことがあるの。」と。先ほどと同じように、「それは何?」と問いました。

「私ね、家とか、建物を建てる会社に入ったの。あなたたちみたいな木や、そうでなくても他の材料で、この空間みたいに、また還ってきたいと思える場所があったらなって思ったから。けどね。」

そこで、彼女は話すのをやめてしまいました。「どうしたの?」とわたくしたちは問いました。するとかつてのように、彼とわたくしの間に入って、幹に手を回し、ちょうど抱きつくような形になりました。そして、張り詰めていたものが切れるように、顔をくしゃくしゃにして、朝顔から落ちる、梅雨時の雨粒みたいに、涙をこぼし始めました。

 わたくしたちは、抱きついてもらった嬉しさと、それを覆い隠す不安に駆られました。「ごめんね…ごめんねぇ…」。それはもうポロポロと、とめどなく泣いていました。「あのね、私ね。」しばらくして、真っ赤になった目でこう言いました。

「あなたたちのうち、どちらかを切らなければいけなくなってしまったの。」

 とてもびっくりしましたが、それ以前に、苦しそうな彼女をみていたら、芯が冷えるような、いたたまれない心持ちでありました。一旦落ち着いて、理由を聞かせてくれないか、と尋ねました。「…。会社での会議でね、新しい建物をつくろうって話になったの。その時あなたたちの顔が浮かんで。木を活用できませんか?って聞いたの。そしたら話が盛り上がっちゃって。会社経由で知った他の森林の機を使う予定だったんだけど。その森林取り引きの関係で、違う会社が使うことになっちゃって。嫌な予感がしたから、ここが話にあがらないように、色々工夫していたの。それが逆によくなかったみたい。ここが最良と判断されて、今に至るわ。」そう、彼女は言いました。「そうよ。いっそのこと抜け出して、あなたたちを違うところに植えて、そこで一緒に住めばいいんだわ。」ぱっと顔を上げて、彼女は言いました。

 「それはいけない。」彼は言いました。「あなたが努力して、ようやく手に入れたものだ。簡単に手放せるものではないはずだよ。」と。すると彼女は、先ほどよりももっと悲しそうな顔になりました。じゃあ、私はどうすればいいの…?と。

「多分、大きさが大きい方を切らなくてはいけなくなるわ。だから、きっと、あなたを切らなきゃいけなくなる。」「それを見過ごすなんて、私にはできない。」それは、わたくしも同じ気持ちでありました。「そうね。仕事を辞めるのには反対だけど…。見過ごせっていうのは、わたくしも苦しいものです。」

「それは、申し訳なく思うが…」「ならば一つ、頼まれてはくれないかい。」彼は彼女に言いました。「…それは、何?」先ほどのわたくしたちのように、彼女は問いました。

 「…私が切られたとして、そのあと。彼女の隣は空席になる。そしたらその空いた席に、木を植えてくれ。」

「木を?」彼女は虚をつかれたようで、少し不思議そうな顔をしました。

「そう。木だ。新しい、木。」彼は答えました。「それは、あなたの代償ですか。」彼女は問いました。「いや、それは少し違う。」「切ったあと、私は切り株になるだろう。そのあと、新しい木が隣に植えられる。その気が育って切られて、また新しい木が植えられる。それは、ちょうど、人間が子供を産み、生きた証を残し、次の世代に託す。それと同じことだ。切られるのが私でなくとも、あなたでも、ね。」彼はわたくしを見たりして、こう答えました。

もちろん、彼が言いたいことは理解できましたし、木が切られるのは仕方ないことでもあります。しかしまあ、ようするに、理解出来ても納得はできなかった。そんなところなのでしょう。先ゆく彼に、かけるべき言葉ではなかったのかもしれません。しかし、わたくしは、こう言いました。

「でも、あなたはいなくなるのでしょう?」 すると彼は、少し寂しそうにこう言いました。

「すまないね。」 と。その一言はまるで、桜の花びらの、最後の一枚が散って、池に乗っかって、遠くへ、行ってしまうような心地がいたしました。とても、はかないものでありました。わたくしは、あいにく、それに返す言葉を持ち合わせていませんでした。声をかけなかったのが正解か、あるいはかければよかったか。今となってはもう、分からずじまいです。そしてそこに、彼女への怒りはありませんでした。仕方のないことでした。だからこそ、仕方ないからこそ…《ただただ、寂しくて悲しかった》』


…いかがでしたか?では「気」を整えるのは、次の二つ目もまとめてに致しましょう。

最後は…

【…?どうしたのですか?】

その前にやることがあったのを思い出しました。

【やること?】

ええ。そうです。額に手を当ててもいいですか。

【いいけど、何で?】

今にわかります。それではご自分で目をつぶって10秒数えたら、再び開いてください。

【え?は、はい。】

【1、2、3、4、5、6、7、8、9、10。】

では目を開けて。

[私はそのとき、とても、とても大事なことを思い出しました。]

【え、あれ?】

思い出せましたか?

【え、あ…え、うそ…】

“わたくし”が誰だか、おわかりいただけましたか。

【あ、ああ…嗚呼。うん。ええ、もちろんよ。古き友よ。…さっきの気も、私を呼んでくれたのも、あなただったのね…。そして、木を切った人間は、私。】

ずいぶんと、長い間。否、あなたが前世を終えるまでの間。辛い思いをさせましたね。

【ううん…そんなこと、ない。彼を切ったあと、木を植えて、世界は巡るんだって。あなたたちと会えたのも、その巡り逢いがあったからだって。そう思えたわ。むしろ、私の方こそ、私にとっては、想像もつかない長い間。あなたを一人にさせてしまった。私なんか生まれ変わっているしね…。さびしい、思いをさせてしまった。】

わたくしも、あなたも、彼も。いずれ消えゆきましょう。それは、どんなことよりも残酷で、あるいは優しすぎること。しかし、それでも再びこうしてあなたに会えた。そのことこそが物語っています。願い手を伸ばせば、巡り巡って手に入る。少なくとも今は、そうだと思える。

【でも、彼はもう…】

ええ、確かにあのとき、彼は消えました。しかし、あなたがそうであったように…

【もしかして…】

そうです。あなたと同じように、彼もまた、新しい人生を送っています。

【本当に。本当に、よかっ、た…。】

本当に、よかった。

【私の家、毎年木を植えるプロジェクトに参加しててね。新しい木を植えて、また新しい自分を、来年も創っていこうって気合いを入れるの。その習慣はとても大好きだけど、不思議に思うこともあった。…そういうことだったのね。彼と、あの約束をした時から、今まで、そうして繋がれてきたのね。】

ええ。そう。こうして命は切れることなく、ずっとずっとつながれてきた。

[私と木は、彼を、そうして互いを想いながら、こう、ほとんど同時に言った。

〈嗚呼、願わくはその先に、永遠の時が約束されますように。巡り巡る世界の中で。〉と。]…🔚…


以上、初投稿でした〜次回作もよろしくお願いします🙇‍♀️


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