第2話 JMGF決勝戦

「さぁ、すべての音楽ゲームの日本一を決定する全国大会、『ジャパン・ミュージック・ゲーム・フェス』。次がいよいよ最後の試合になります!」

「うおぉぉ!」


 会場には、たくさんの若者が集い、タオルやらうちわやらを掲げてステージの上に注目している。


「決勝戦、選手入場!」


 司会のその声と共に、私は一歩一歩前へと進みだす。足に伝わる感覚は、バネの重いボタンを押す感覚に近かった。


「その精密さは機械のごとく神! 三連覇なるか!?『デウス・エクス・マキナ』MAKI選手!」


 私が客席に向かって手を振ると、大きな歓声が沸き起こる。


「対するは、目指すは三連覇阻止! 三度目の正直になるでしょうか!? 『天高く舞う青龍』SKY選手!」


 コツコツと規則的な足音共にステージに上がってきたのはいつも見慣れた顔のイケメン。お互いに、今さら緊張している様子なんてない。


「今年の決勝戦もこの二人の対戦となりました。このマッチアップを制するのは一体どちらか、運命の課題曲の発表です!」


 会場も、私も、SKYさんも、全員静かになる。そりゃそうだ。課題曲は今から戦うステージのようなもの。戦局を大きく左右する、気にするのは当然だ。

 選手二人で振り向いて、ステージ中央のモニターに注目する。


「決勝課題曲は、これだ!」

「えぇぇぇ!」


 観客たちは叫んでいるが、私は皮膚から感じる熱に気を奪われ、曲名を認識するのが一瞬遅れた。


『決勝戦・課題曲:Growing』


 選ばれた曲は、Growing。千以上の曲が収録されているこのゲームの中でも、自他共に最も難しいと認める一曲だ。

 普通、このような大会の場では一発勝負なので少し優しめの曲が選ばれるのが通例だ。このような難しすぎる曲だと熟練のプレイヤーでも何十回、何百回と挑んでようやく一回クリアできるような代物である。


「今年のJMGFJapan Music Game Fes、本気で選手を殺しにかかっていますねぇ」

「そりゃ前人未踏の三連覇がかかる試合です。MAKI選手は過去二大会でも一度たりともミスをしませんでした。大会のレベルとしてもさらに上げなければ、という大会運営側の判断でしょうね」

「それにしてもやりすぎじゃないですか?」

「いや、今回も決勝に挑むのはいつもの二人です。きっといい勝負になるでしょう。」


 実況席からのトークを片耳に、二台並んだゲーム機の前へと立つ。


「さて、試合の準備ができたようです。それでは『ジャパン・ミュージック・ゲーム・フェス』決勝戦。五秒前、四、三、二――」


 さて、サクッとやっちゃいましょうか。私はボタンの上に手を置いた。


 電子音のピコピコ音から始まる曲。

 縦長のディスプレイの上部から白い丸が落ちてくる表示が。ノーツと呼ばれるそれが画面下部に表示されている横長の線に触れた瞬間、手元のボタンを押す。

 ボタンを押したときの効果音をつなげると、曲に合うきれいな合いの手になる。

 ルールはこれだけ。音楽ゲームっていうのはこんなにも単純なのに、奥が深いものだ。


 ボタンを押す度に表示される『Perfect』の文字。これは、タイミングの正確さを表している。完璧なら『Perfect』、少しずれると『Good』となりスコアが少し減らされ、大きくずれると『Bad』となってゼロ点となる。


 さて、そんなことを言っている間に曲はサビに突入した。

 ハイテンポな曲の中、ひっきりなしと降ってくる大量のノーツ。その場所に合わせて、ただ無心で六個並んだボタンを叩く。時にはボタン二個の同時押しも交えながら、淡々とPerfectを重ねていく。

 曲は流れているが、私の中では無音に感じられる。この没入感こそが、私の強みだ。


 アウトロでも激しいノーツは降りやまないが、そこを切り抜けると画面に表示が。


『All Perfect! 』


 曲は終わったのだ。無事、一度も失敗せずに曲を乗り切った証だ。

 SKYさんの画面をチラ見すると、違う表示が見える。


『Full Combo! 』


 あー。この表示はBadを一度も出さなかったときに表示される。――でも、Goodは出してしまったということだ。

 トッププレイヤー同士の対決は、一個のBadどころかGoodさえも勝敗を左右する、一瞬たりとも気を抜けない真剣勝負なのだ。



「……ます」


 私はステージの中央に立ち尽くしていた。


「聞こえていますか? おめでとうございます!」

「あ、ありがとうございます」

「宿命のライバル、SKY選手を倒して前人未到の三連覇を達成したということで、今の感想をお聞かせ願えますか?」


 三連覇し、機械のごとき正確性を得て、境地へと至った私の感想を答える。


「私、『デウス・エクス・マキナ』なんて呼ばれているじゃないですか」

「そうですね!」


 私はこの時、とんでもないことを言ってしまったようだ。


「機械仕掛けの神、という意味でしたっけ。私がしたいのは、そんなマシンの真似事じゃないんですよ」

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