第5話 バッグとキャンティ

「……ooo……oo……oo…………o……………………o……」

「……」


 アタシは、ノイズを出し続ける残骸キャンティを見てフリーズしていた。


 あんなに眩しく笑っていたキャンティが、人間みたいに楽しそうにしていたキャンティが……ただの壊れた置物となった。電子頭脳を破壊されたから、再起動は不可能だ。


 アタシも……もしも50年前に胴体じゃなくて頭部を破壊されたら……


 もしもネズミ形兵器に囲まれた時にキャンティが助けてくれなかったら……


 こんな感じに……なっていたのかな。




「ッ!」「早くこっちへッ!!」


 突然左腕を掴まれたかと思うと、バッグがアタシを引っ張って窓へと体当たりした!?











 ガラスの破片が飛び散り、アタシとバッグが家の中へと転がり込んだ瞬間……!




 後ろではワシ型兵器が降りてきていた! 一歩遅かったら、キャンティのようにアタシも破壊されていたところだった。


「「……」」


 ワシ型兵器は窓の外からアタシたちを鳥を模したカメラで見つめると、やがてどこかへと飛び去っていった。




 アタシたちが転がり込んだのは、リビング。

 人の気配もないその空間の壁には、所々にヒビが……その隙間から植物が生えていた。


(……!)


 50年前の記憶が、再生される。


 ここは、アタシが暮らしていた家。

 マスターとともに暮らしていた……家だった。




「……ッ!!」


 その壁に向かって、ドンッ! と、バッグが拳を叩きつける。

 小刻みに腕を振るわせしばらく動作音を鳴らしていると、小さく男性の声を再生していた。


「……ごめん。疑似人格の制御わき上がる感情を抑えることが……難しくてね」


 改めてその姿を見ると……身長は2m超えてる。

 人型をしているものの、顔は牛をモデルにした機械の頭。人間の姿というより茶色の装甲に包まれたロボットだ。いわゆる人工皮膚を使用しないタイプの人型AI。

 こちらに振り向くその鉄の顔は表情を変えない。だけど、一瞬だけノイズが走るそのカメラからは、悲しみの感情が読み取れた。


「……キャンティとは、仲よかったんだな」

「まあね……そういうキミは、彼女が見つけた50年前の人型AIだね。」


 ふとその時、アタシはバッグの左腕についてようやく気づいた。


「バッグ……だったよな? 左腕、だいじょうぶか?」

「ああ、これね。ネズミ型AIの奇襲でやられちゃってね」


 そう言ってバッグは、左肘部分から先がなくなった左腕を見せてきた。その断面からは断線したコードが力なくぶら下がっている。

 ……よく考えれば、その大柄な体格なのにキャンティに押し出されたのって、左腕がないから重心バランスが不安定だったんだ右腕を押すだけで塀から落ちたんだ


「心配しなくていいよ。ちゃんと左腕は回収してきた」


 そう言いながらバッグはお腹に手を伸ばす。


 そのお腹には、把手がついている。バッグがそれを掴んで引っ張ると……タンスの扉のように開いた。ハッチと呼ばれる蓋になっていたんだ。

 中はレンチやスパナといった修理道具に、複数のフレキシブルアーム関節の多い細長い機械の腕が収められていた。


「あんた、自力で修理できるのか? ……なんだか、お医者さんのカバンみたいだな」

「だから“バッグ”なのさ。おじさんの名前はね」


 一瞬だけノイズをこらえる音が聞こえたけど、バッグは声で笑って見せた。

 言われてみれば……バッグの姿はまるでカバンの擬人化だ。牛をモデルにしたその顔もカバンの素材繋がりかな。


「さて、さっそく修理したいところだけど……ネズミ型兵器がまだいるかもしれないし……」

「じゃあ、アタシのマスターの部屋に行こうぜ。マスターの部屋は2階にあるんだ」


 案内するためにアタシは駆け出すと、「そっか、そういえばこの辺りでキミを見つけたんだ」という呟き声とともにバッグが後に続いた。




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 2階のマスターの部屋も、同じようにヒビと植物に包まれていた。


 窓の外に映る満月が、マスターのいないこの空間とアタシたちを照らしている。


 ふと砂だらけのベッドを見れば、5歳のマスターがアタシの手を掴んでいた。でも最後に見たマスターはもっと大きかったし、あれから50年は経っているってキャンティは言っていた。

 そのことに気がつくと、ベッドの上のマスターはノイズとなって消えた。アタシの電子頭脳のバグで、過去の映像が流れただけだった。


 ……どうしてマスターが死んでいるようなことを考えているんだ?

 マスターはきっと生きている。ここにいなくたって……必ず探さねえと……




 でも視界は、感情の高まりによる負荷でノイズが走っていた。




「……やっぱりここ、ダメかな?」


 声を聞いて我に返る。横を見れば、バッグが左腕を抱えながらベッドの側に立っている。


「あ、いいや! 使っていいぜ!」

「そうかな……でも、ここはキミの家だろう? なんだか悲しそうな表情してたし……」

「大丈夫大丈夫! アタシは元気だぜ! 部屋がこうなるぐらいに年月が経ってたら、おじいちゃんになったマスターの顔ってどうなってるのかなーって考えただけだし!」


 バッグだって、仲のよかったキャンティを失ったんだし、アタシがメソメソしていたら余計に悲しくさせちまうからな。


「それじゃあ、お言葉に甘えて失礼するよ……ちょっと手伝ってもらってもいいかな?」

「おうっ!」


 アタシはバッグのお腹からシーツを取り出すと、ベッドの上に敷く。その上にバッグは左腕を置いた。




 バッグはお腹の中にあるフレキシブルアームで修理道具を持ち、あっという間に左腕を修理してみせた。

 掌を閉じたり開いたりして、動作に問題ないことを確認している。


 そういえば、アタシを修理したのはバッグじゃなくてキャンティだよな?

 その腕があればバッグが修理したって言われても驚かないけど……


「彼女のことは気にしないで。おじさんが彼女とともにキミを運ぼうとした時、誰かの気配がして、調べるために残ったのがいけないんだから……」


 やっぱりバッグは、破壊されたキャンティのことに負い目を感じているみたいだった。

 ……このふたりの関係って、なんだろう? アタシが「なあ」と聞くとこちらに振り向いてくれたから、聞いてみようか。


「バッグとキャンティってさ、どんな関係――」










「ッ! 後ろだッ!! よけろ!!」










 バッグの声に振り向くと、窓ガラスの向こうにワシ型兵器がいるッ!


 その爪に握られているものを……こちらに向かって投げてきた!!










「ッッッッ!!!」




 思わずアタシは横に飛び退いた瞬間、飛んできた自動車が窓ガラスを突き破る!!




 あの日、飛んできた自動車に押しつぶされた時の光景が蘇って、思わず体を見る。

 ……よかった。今度は無事だったみたい……


 そう思った瞬間、アタシの体が後ろに倒れる。

 もたれかかっていた壁が、さっきの衝撃で崩れた……!





 アタシは2階から庭へと落ちる!!




「――!!」


 背中に大きな衝撃が入り、一瞬だけ電子頭脳がフリーズする。


 気がつくと、ワシ型兵器は上空へと飛んでいて、アタシを見つめていた。

 きっとこの時をアイツは待っていたんだ。その巨体は狭い場所には入れない。だから、家の中に逃げ込んだアタシたちを諦めて別のところから自動車を持ってきて投げてきたんだ……


「ユアちゃん!! 早く逃げるんだッ!!」


 バッグの声が聞こえてくる。


 ワシ型兵器は、キャンティの頭部を破壊したその爪でアタシを狙っている。


 逃げなきゃ。

 アタシはすぐに立ち上がろうとして……










 そばにあった“ソレ”を見て、思考を止めた。










「……」

「ユアちゃん!? 何してるんだ!!?」




 バッグの声が、後ろから聞こえる。


 でもアタシはその場から立ち去らずに、そばにあった“ソレ”の頬に手を当てた。




 忘れるなんてしない、見間違えるはずなんてない。


 そのパーカーは……




 アタシが水色のパーカーを来た“ソレ”を抱き上げると、視界がノイズに包まれていく。








「……マスター」











 水色のパーカーを気に入って、普段はいつも着ていたマスター。


 まさに人間と呼べるような、眩しい笑顔を見せていたマスター。


 アタシが機能停止した後も、きっと生きていて大きくなっているって、


 信じ続けたマスター。











 50年経っても変わらない背丈のマスター。




 下半身がなく、上半身だけになったマスター。




 肉も朽ちて、もう笑顔も見せない骸骨となった、マスター。











 骸骨となったマスターはその空洞の目で、アタシを見つめていた。





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