名もなき詩

赤麦雅屋

序・名もなき詩を幻影の世に捧ぐ

 廃屋と化した古びた教会。森の奥に隠されたように存在した、彼の建物に足を踏み入れてみたのは、ほんの僅かな好奇心に過ぎない。

 そう。好奇心に過ぎない。

 いつ、どこで、この教会は建てられ、教えは求められ、そして朽ち果てたのか。それは誰もがわからずに、それは誰もが気付かずに、ひっそりと生まれそして滅びた空間に、私は一人、導かれた。

 空っぽの教会に、独り寂しく取り残されていたのは、蒼い布で表紙を装丁された一冊の本。誘われるように、その本を手に取ってみたのも、その本を開いてみたのも、ほんの微かな好奇心に過ぎない。

 そう。全ては好奇心の産物により、隠された物語は表舞台に立たされてしまった。不幸な事故だと、今なら確信できる。

 それは私の罪であり、私はこの罪を贖わねばならない。

 名もなき詩を幻影の世に捧ぐ。



 ──放浪の旅人、ウカイ・グカイの手記より。

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