第7話 彼女の気持ち

あれからしばらく佐藤さんとは喋ってない。

バイト先でも必要最低限な会話のみ。川沿いにも彼女は姿を表さなかった。




「それじゃ皆がんばってね」


今日から3日間文化祭。一般客も交えての大きな学校行事がはじまる。

しかし、僕はあの時の佐藤さんの言葉が忘れられなかった。


『私がこれまでどれほど寂しい思いをしてきたか、あなたはわからないでしょ!』


彼女のこの言葉があの日からずっと頭を離れないのだ。




準備中、


「「おぉ〜」」


クラスの人たちの声が響き渡った。


「綺麗〜」

「美人〜」


そう言われているのは佐藤さんだった。


うちのクラスはお化け屋敷のため皆が仮装をすることになり佐藤さんは雪女の仮装をしていた。


「ありがとう」


佐藤さんはどれだけ褒められても今までと同じ対応だった。


「佐藤さんは変わりない...か」


佐藤さんはいつもと同じように見えた。


「佐藤さ...」

「佐藤さんこっち来て」


僕が佐藤さんに話しかけようとしたが佐藤さんはクラスに人に呼ばれて行ってしまう。

僕は露骨に避けられているような気がする。


せめて、言い過ぎたことだけでも謝りたい。

と、思うがなかなかタイミングが見つからないのだ。


そうして文化祭1日が終わり、気づけば2日目も終わって片付けに入っていた。


このままずっと考えながら、生活するのは良くないと思った僕は行動に移すことにした。


『明日の文化祭閉会式のときに屋上の南口に来てほしい』

『話がしたい』

『嫌だったら来なくても大丈夫です』


今僕ができる最大限の勇気を出した行動。

僕はダメもとでメッセージを送った。

そして彼女からは『考えとく』だけが帰ってきた。


返信が来ただけでも嬉しいが明日、佐藤さんが屋上にくるなんて確証はない。

それでも僕は彼女には謝らないといけないような気がしたのだ。




『これから文化祭閉会式をはじめます』


校内放送が流れ、大体の生徒が体育館へ移動した。

僕はその放送を屋上で聞き佐藤さんが来るのを待っていた。


14:30


閉会式が始まった。

外には人はいなく、校舎にもほとんど人はいない。

こんなに静かな学校を僕は知らなかった。


14:45


閉会式が始まって15分がたった。閉会式は豪華に行うらしく大体1時間近くするので時間には問題ない。しかし、佐藤さんは姿を表さなかった。

やはり彼女はこない。 僕はそう思っていたとき、

屋上の扉が開いた。


「遅くなった」


そう言ってやってきたのは佐藤さんだった。


「あ、佐藤さ...」


「話しって何?」


佐藤さんは急いでいるように見えた。


「えっと」

「こないだのことで...」


僕はなかなか言いたい言葉が出なかった。

佐藤さんは僕が言いたいことを待ってくれている。


「ごめん、あの時は僕もイライラしてて佐藤さんの事なんて知らないまま自分勝手なこと言って...」


僕は下をむいたまま顔をあげられなかった。


多分、いままでいじめられてきた時毎回下を向いていたときの癖なのかもしれない。

それでも僕は顔を上げることができなかった。


佐藤さんが歩いてくる。


「それだけ?」


佐藤さんはまだ怒っているみたいだった。


「うん」


「わかった」


僕は覚悟した。どんな事を言われても、なにをされても仕方がないと。


「ねぇ、あなたは怒ってないの?」


「え?」


佐藤さんから言われた言葉は想定外のことだった。


「私こそあなたの事をロクに知らず勝手なこと言ってたでしょ?」

「なのにそのあと私は逆に怒って」

「だから私あなたは今も怒っていると思ってたの」


佐藤さんが言っている事に僕はおどろいている。


「いや、僕は佐藤さんがずっと怒っているから川沿いにも来なくなったと思って...」


「あのときは頭に血が登ってたからしばらくしたら君に謝ってまた行くつもりだったよ」


どうやら僕は勘違いしていたみたいだ。


「だって君あのままだと意地を張ってひとりで死ぬんじゃないかと思ったし」

「でもそれも私の勘違いだったみたいね」


彼女はこのときまで僕と一緒に死ぬことにこだわっていた。


「なぁ、どうしてそこまでして僕と死ぬことにこだわっているんだ?」


僕は聞いた。このタイミングでも彼女は僕と一緒に死ぬことにこだわる理由がわからないから。


「わかった」

「ちゃんと説明するね」


彼女の話しは僕とは違う形での苦しみの話しだった。

彼女は小さい頃に大好きだった家族を亡くし、そのあと親戚中をたらい回しにされた。そこで彼女は何回も自分のことが原因でおじさん、おばさんが喧嘩しているのを見て何度も何度も「自分なんかいらない」「私は人を不幸にさせる」と思った。実際に言われたこともあったらしい。


僕は彼女が小さな頃からこんなに苦しんでいた事を初めて知った。

僕とは違う意味での苦しみを彼女は味わっていた。


「私ね、この町にいる親戚にお世話になる予定だったけど今までの話しを聞いてその人たちが自分たちと関わらないようにって私をひとり暮らしさせることにしたの」

「それで、あの新学期の前の日に君に会ったの」

「あのときの君は何もないような私と似てる人だと思った」

「だからそんな君が死ぬなら私も死んだって変わらない。そう思ったの」


この時の僕は何を言っていいのかわからなかった。


「それで、こないだの事なんだけど」

「ごめんなさい」

「私も君のことを何も知らず自分勝手のことを言って」

「ごめんなさい」


彼女は2度謝った。


「あのときは私イライラしててそれで君に八つ当たりしたんだと思う」


佐藤さんは正直に話してくれる。


「なんでイライラしてたか聞いてもいい?」

僕はなぜか聞かないと思った。この話も彼女の大切な話だと思ったから。


「あの日ね」

「クラスの子が親の悪口をいっていたの」



その日のお昼休憩、

「まじで親がうざいんだけど」

「妹の方が成績優秀だからて妹を見習いなさいって」

「それで言い返したら」

「そんな子に生ん覚えはありません!って」

「こっちは生まれたくて生まれてきたわけじゃないっつうの」


私はこの話を聞いて思った。

家族がいるからそんなことが言えるんだ。羨ましいと。


「生んだからには私が幸せになろうがならまいが最後まで面倒みてくれよな」

「えー、それは無理でしょ」


私もそれは無理だと思う。


「だって、私は生まれたくて生まれたんじゃないのに最後まで面倒見てくれないのは無責任でしょ?」


「そう?」


「そうだって、最近のニュースで責任もないのにそういう行為をして赤ちゃん生んだやつあるじゃん。育てられないってのが無責任なら私達も最後まで面倒を見てくれないのは無責任でしょ」


「こっちはあんたらの一時的な幸せのために生まれてきたんなら生んでほしくなかったっつうの」


「それは言い過ぎだって〜」


私はこの話に苛ついた。ここまで家族の悪口を言っている事に私は許せなかった。持ってる人だからそんなことが言えるんだと。持ってない人のことも考えたことのないくせに。


でも、彼女の言っていることに私は少し共感してしまった。


私も幸せになりたかった、家族と一緒に。

それができないなら生んでほしくなかった。

『無責任』だ 

と。



僕は彼女の気持ちがわかる。全部ではないがわかるような気がした。


【有る人こそ無い人の苦しみはわからない】


【責任があるなら最後までちゃんしてほしい】


その通りだと思った。



「そっかそんなことがあったのか」

沈黙になる。

僕も何を言って良いかわからないから。


「そろそろ戻らないとね」

彼女が先に言ってくれた。


彼女が屋上から去ろうとする。


「佐藤さん」


「何?」


「僕やっぱり死ぬよ」


僕は今決意したことを彼女に告げる。


「無理しなくてもいいよ」

「あなたが死なないなら私も死なないし」


無理などしてない。


「大丈夫、今も変わらず生きる意味なんて物はないから」


今は楽しいかもしれない。でも、どうせまたイジメは再開するだろう。

また苦しい生活が返ってくるなら今の楽しい時間をすごして死んだほうがいい。


「だから僕と一緒に心中してくれませんか?」


なぜか告白みたいになった。


「いいよ」


佐藤さんはとても笑顔でそういった。


僕等は教室に帰っていった。



教室に帰る途中、


「それにしても告白みたいだったね」


「そ、そんなことないよ」


「いつにするか決めてるの?」


「いや、特にはきめてないけど今年度中にはって思ってる」


「そう」

「そしたら死ぬまでにいい思い出ができたらいいね」


「そうだな」


僕等は物騒な話の割には楽しく話していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る