五 人生の戻り方
気がつくと自分の部屋のベッドで眠っていた。何か夢を見ていたんだと思った僕はふとスマホを取り出した。
〜2023年 4月5日〜
入学式の日だ。スマホの日付が入学式の僕が夢で選んだ日付に変わっていた。夢じゃない…?なら早く学校に行かなければならない。いやでももし、今までのが全て夢だとしたら…そんなことを考えていると扉を叩く音が僕の部屋に響いた。
「恵吾、珍しいな。朝だぞ」
兄の声だ。そこからはいつもと変わらない朝を迎え、新しい学校に向かった。学校は本当に入学式の日だった。いまいちまだ時間が戻ったのか、夢を見ていたのかよくわからないが、前と同じように入学式を過ごした。
夢だとしたら長すぎる夢を見ていたことになる、その場合もっと長い時間寝ていなければそんなことはありえないと思った。それに夢にしては鮮明に覚えているし、体の疲れや感覚も残っている…。
でもやり直せるということはクラスでの立ち位置や友達関係も変わってくる自己紹介でも失敗しないようにし、隣の席の凛堂くんにも声をかけて友達になった。前と違う、自分で自分の過去を変えている、これは本当に時間が戻っているのだと感じた。
そしてその日の帰り、また彼女に出会った。僕は感情が抑えられなくて、気がつくと涙が溢れていた。
「えぇ!?どうしたの?大丈夫〜?」
彼女は僕にハンカチを渡して僕を心配してくれた。嬉しくなった僕は彼女に向かって口を開いてしまった。
「夢見さん、僕は君ともっと話がしたいんだよ…!」
もちろん今会ったばかりの人に話しかける変な人だと思われているに違いない。彼女の顔をみると驚いた顔でニコッと笑った。
「よくわかんないけど、初めて会った気がしないからいいよ!今日から友達ね!」
やっぱり彼女が好きだ。こういう気さくなところ、変な僕にも優しくしてくれるところ。久しぶりにこの気持ちを感じた。それからの僕は、彼女に孟アタックをし続けた。もちろん人生でそんなことをしたのは初めてだった。毎日のように彼女に連絡をして、彼女から教室に来てくれることもあった。この調子で彼女の自殺した日を超えれば、きっと僕たちも付き合えるし、僕の気持ちもしっかり伝えられる。そう思って毎日学校へ足を向かわせた。
…そう思っていた。簡単な話だと思っていた。でも違ったんだ、彼女は前回と同じ日に自殺をした。学校に行って気がついた、メールが返ってこなくて、何かあったのかと思っていたけれど、忙しいだけなのだろうと思っていた。家に帰って僕は部屋の中で叫んだ、泣き叫び、声が枯れるくらいまで叫んだ。そして…あいつの名を呼んだ
どこにいるかもわからないクロノスの名前を僕は叫び続けた。
クロノス!!クロノス!!!クロノス!!!!
「はいはい、そんなに叫ばなくても俺はすぐそばにいるからさ〜」
クロノスは指を鳴らし、僕をまた真っ白な世界に連れていった。なんで、どうして、やり直したのになんで変わらないんだ。クロノスは僕の顔を見て事情を説明した。
「あんなことで彼女が死なないと思ったら大間違い。しっかりと、大きく変えていかないと」
大きく、大きく変えると言われて思いついたことは、彼女の自殺を行った場所に行き、自分の手で彼女を止めるという方法だった。
でも不安なのは本当に彼女は死なないでいられるのかというものだ。人生とは、人間とは、ここで死ぬと決まっているとその人が死なないという運命になることは少ない。いや、ほぼないと言っても良いだろう。“運命”は変えようとして変えられるものじゃない…それに、運命を変えてしまえば、どこかで支障が出る。彼女がいない世界の選択肢が消えて彼女が存在することになるのだから。過去を変えることは同時に、未来を帰ることにもつながるのだから。
…そんなことはわかっていた。そんなことに大切なものをどんどん捨てていけるのだろうか。
「やってみるしかないんじゃない〜?」
そうだ、やってみないとわからない、じゃあ次の大切なものを……何かあるだろうか…?自分にとって大切なものなど人生であまり考えたこともなかった。昔から外に出たり、友達と思い出を作ってこなかった僕には何もない。そう考えていた時だった。
「大切なものは命でもいい。悠木恵吾、お前の命を削る代わりに鍵を一つやろう。」
命を削る…自分の命なら、誰かが傷つくこともない。自分だけが傷つくなら何も問題はないだろうと思った。僕は即答で自分の命を削ると声に出してしまった。クロノスは必死な僕を見て面白がりながら僕に近づいてくる。僕の胸に手をかざすと一瞬意識が飛んだような状態になった。ピカッと視界が白飛びすると、目の前に鍵が置いてあった。
「一年分もらったよ。この鍵で行っておいで」
勢いよく目の前の鍵をとり、扉に差し込む。前と同じように消える鍵を横目に、扉の中へ飛び込んだ。
朝だ、またあの日の朝に戻ってきた。急いで支度をし、走って学校へ向かった。全て変えてみようと思っていた、入学式の日、彼女に出会ったのは帰りの廊下。今から探して先に彼女に出会っておく、そして彼女の死んだ日の死んだ場所で、彼女を待つ。
その日になるまでは前と同じように猛アタックをし、彼女との関係を深めた。
やっとだ、階段を駆け上がり、座って屋上で待っていた。
「なんでいるの…?」
そんな言葉が背後から聞こえた。彼女だ、彼女の方へ体をむけ一歩一歩足を進めていった。
「どうして自殺したいの?」
自分も自殺を経験した身として彼女の気持ちを知りたかった。自殺には必ず“理由”がある、家庭の事情、学校でのいじめ、世界の生きづらさ人によって理由は違ってくると思う。だから、彼女の自殺の原因を僕が解決できるのなら、僕の手で、この命を削って助けてあげたい。無責任で、考えなしの一言かもしれないが僕にはそう聞くことしかできなかった。
彼女は僕が今まで見たことのないような表情でこちらを見つめ、口を開く。
「全部だよ。恵吾にはわからない…さよなら」
彼女が自分の前で飛び降りようとした瞬間に咄嗟に体が動いて彼女の手を掴もうとしていた。気がつくと僕の体は彼女と一緒に舞っていた。ぐっと目を瞑り、一緒に落ちる準備をした…が、落ちもせず、ただその場所に止まっているようだった。
変に思った僕はゆっくりと目を開けてみた
「なん…で…?」
体も動かず、宙に浮いている僕は何もわからないまま、ただ地面を見つめるだけだった。するとクロノスが現れ、僕の目の前で笑い転げた。
「まさか自分の身まで捨てるとは!あっぱれだけど、死んだら意味ないだろう?」
この状況はクロノスのおかげだった。このままいくと僕も彼女も地面に叩きつけられ、そのままきっと死んでしまう。クロノスに訴えの目をむけると、やれやれという目で僕をいつもの空間に戻した。息を荒げる僕の前で馬鹿にするように僕を見下すその目はまるで悪魔のようだった。急いで立ち上がり、クロノスにもう一度、もう一度と何度も何度もお願いした。自分の命なんてどうでも良かった。自分の中で失敗をすることが一番怖くて、一番不幸な人生だと思っていた。
「なんでもいい、何年でもいいからもう一度!!」
クロノスはニヤッと笑い、また一年僕から奪って行った。そこからの僕は狂ったように彼女のために人生を尽くした。
それでも不可能に近かった。何度やり直しても彼女の死ぬ日は数日変わるだけ、物によっては早まることもあった。自分のこの人生がどれだけあるかもわからないのに、乱雑に捨てるような余裕も僕にはなくなってきていた。
何度自分の命を削っただろう、何年失っただろう、命を減らす前よりも体が動かしにくくなっている気がした。
それに、自分には何が正解なのかわからなくなっていた。ふと僕は考えてしまったのだ。
「これは本当に彼女のためになっているんだろうな…?正解はあるんだろうな!?」
自分勝手なことをクロノスに聞き出した僕は、何を考えているのだろうか…
「そんなことを聞かれてもねぇ〜?誰がどこで成功するかなんて僕にはわからないしなぁ」
当たり前だ…自分の命を捧げてきたのは自分自身なのに、クロノスに何を言っているんだ。何かヒントはないのかと何もない空間をただうろちょろとしているだけだった。
ふと、彼女ともっと早く出会っていたらどうなるだろうかと考えてしまった。そのためには彼女の中学、どこに住んでいるのかなどがわからないと始まらない
そこから彼女の情報を集めるためにもう一度だけ同じところから人生をやり直す必要があった。
クロノス…!
そういうとクロノスは分かったかのように僕の命を代償に鍵を渡した。鍵を受け取るとすぐに僕は行動に移した、体が勝手に動くくらいだった。
「あーあ、そんなに急がないでも彼女は逃げないのに、何度でもやり直せるのにねぇ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます